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君の夢の裏側  作者: 鈴鯉
第9章 対峙するということ
18/21

 一階のロビーを横切り、出口を出てから左に向かい、病院の建物に沿ってぐるりと裏手の方まで連れて行かれた。

「もういいだろ」

 手を離されたのは人気のない駐輪場だった。建物の表側に新しい駐輪場ができたため、今はほとんど使われていない場所だ。

「あの……、何ですか?」

 自分が貴城の怒りと関係あるのか分からず、何か用なのかと聞いてみた。すると貴城は白い髪の下からギッと幸野を睨みつける。

「お前、引きずられそうになってただろ」

「は?」

「親友の妄想を正してやらずに、その世界に飲み込まれようとしてただろ」

 図星を突かれて、幸野は口をつぐんだ。

「お前が踏みとどまらないと親友はずっとあのままだぞ。瑞己だけじゃない、他の人間にも迷惑かけるんだぞ? それでいいのか?」

 幸野は答えられなかった。あの時、誰かに迷惑をかけるなんてどうでも良かった。智と自分と、二人の世界が守られていればそれで良いと思った。

 貴城は胸の前で腕を組み、幸野を見下ろした。

「お前、もしかして親友があのままの方がいいと思ってんのか?」

 幸野は不意を衝かれて貴城の顔を見た。

「親友をあの状態にしておくとお前に何かいいことがあるのか?」

 幸野は慌てて、意味もなく周囲を見回した。

「ちょ、ちょっと待ってください。何でそこまで首を突っ込んでくるんですか? 先輩、関係ないですよね?」

 貴城の目が一段と細められた。

「俺のことはどうでもいいんだよ」

「何ですか、それ。おかしいですよね。ぷ、ぷ、プライバシーってやつですよ」

 貴城は、心底嫌そうに舌打ちをした。

「うるせえな。あー、その、なんだ。これ以上瑞己に迷惑かけられたら困るんだよ。うん」

「でも、智の相手がずっと安藤君じゃないかもしれませんよ。これまでだってすぐ相手が変わってきたし……」

「いいんだよ、うるせえな! お前、なにか? そんなに親友の目を覚まさせてやるのが嫌か?」

 話が元に戻って、幸野はまた言葉を詰まらせる。貴城の問いに、『そうではない』とは言えなかった。問われる度に胸を衝かれる。

「私は……」

 幸野は気づいていた。自分の中に、智にあのままでいてほしいと願う気持ちがあることに。

「先輩には関係な……」

「いい加減にしろ! もう関係あんだよ!」

 一喝されて幸野はびくりと体を震わせる。貴城はふうと息を吐いた。

「やっぱり親友が今のままの方がいいと思ってんだな」

「私は……」

 幸野はぽつりと言った。

「智と前みたいに一緒にいたいだけです」

「『前みたいに』?」

「一緒にいて……、いえ、いなくても、私が智を守ってあげるんです」

 貴城が僅かに首を傾けた。

「でも、このままにしとくと親友は本当に現実を見なくなるぞ。瑞己の言葉じゃないけど、現実と向き合うように助けてやるべきじゃないのか、親友なら」

「でも……それじゃ」

 貴城の言に違和感を覚えて、幸野は必死に言葉を探す。

「それじゃ、智を守れない……」

 貴城は眉を顰めた。

「まさかお前……。現実を見てない親友なら、自分より弱い立場だから守るって言ってんのか?」

 幸野は目を見張る。貴城の言葉が胸を刺し貫いた。確かに――確かに幸野はそう思っていた。その言葉は自分の気持ちを明確に表していた。

「親友が現実を見たら、自分より優れた人間になって守れなくなるって、そう言ってんのか? お前は」

 幸野は思わず手で口を覆った。瞳から涙があふれそうになるのを止められなかった。

 なんてことを思ってたんだろう――そう思うと同時に、解ってもらえたという嬉しさもこみ上げてくる。

 不意に貴城が幸野の両腕を掴んだ。光を反射する白い髪が触れそうなくらい近づいて、真っ直ぐな黒い瞳が幸野を捉える。

「お前こそ現実を見ろ。親友に、いや人間に上も下もねぇんだよ!」

「でも……でも……」

 幸野の口から嗚咽が漏れた。

 確かにそう思っていた――幸野は智を見下していた。自分より弱い、劣っていると、心の内で思っていたのだ。それを見抜かれて、自分の傲慢さに呆然とする。だが、それが支えだった。

「それがダメなら、私はどうやって生きればいいんですか……?」

 智を守れるから自分には価値があった。智が肩を並べて――いや、先に歩くのなら、あっという間に置いて行かれる。何の取り柄もない幸野は、価値のないものとして捨てて行かれる。

 貴城が幸野を引き寄せた。何か堅いものに幸野は頬を押しつけられる。肩に掛けた鞄が落ちそうになって、慌てて持ち手をぎゅっと握った。

「守らなきゃいけない親友なんていないんだ。お前はそのまま生きりゃいい。親友だったら、そのうち並んで歩くはずだ」

 貴城の低い声が耳元で聞こえて、ゆっくりと幸野にしみこんでいく。頬を押しつけられたところが温かい、と思ったら、急に胸の鼓動が激しくなってきた。もしかしてこれは――そんなことを考えると、幸野の顔も熱くなる。

「あ、悪ぃ」

 貴城がぱっと身を離した。ばつが悪いのか、両手を振ったり腕を組んだりしている。

「か、勘違いすんなよ。お前が、なんか犬みたいだったから、ってだけで。俺、他に好きなやついるし」

 何故か睨みつけられて、幸野は瞬いた。

「はあ……」

 幸野の頭は展開についていけなくて、とりあえず顔に伝っていた涙を手で拭った。

「お前……、一応女なんだから、タオルとかティッシュとかないわけ?」

「あ、えーと、あります。ありました」

 肩に掛けた鞄から慌ててハンドタオルを取り出した。はあ、と深い溜息が聞こえる。

「とにかく、お前のその思い込みも間違ってるからな」

「……はい」

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