1
あの智の『クセ』が、安藤にも出たのだろうか。それは十分に考えられる事だったが、それにしては幸野にまで『付き合ってる』と言ったりストーカーだと言い募ったり、何か様子がおかしく思えた。
訥々と今までの事を語った後、幸野は考え込んで口を閉ざした。
「それって……」
安藤が口元に手を当てて声を漏らす。貴城も唇を噛んで唸った。
「どうなんだ? お前から見て今回の事は、昔みたいな親友の勝手な勘違いに思うか?」
聞かれても幸野は答えられなかった。そんな気もするし、何かが違う気もした。
「待って。俺、そういうの聞いた事がある」
安藤が声を上げた。
「聞いた事がある?」
「うん。妄想とか幻聴とか、そういう病気の人がいるって。自分の悪口とか言われてないのに、言われてるって思ったりするんだって」
「ん、ん……? 誰にだってそういうのはあるんじゃないのか?」
「いや、実際になくても、その病気の人には聞こえてたり、見えてたり、それで確信しちゃうんだって」
貴城は難しい顔をする。
「だからって、こいつの親友がそれかどうかは分からないだろう。正直、俺はまだ、瑞己を陥れようと嘘言ってる線を捨ててはないんだが」
「うーん、俺も病気の事は聞いただけだからよく分からないけど……」
前置きしてから、安藤が慎重に言った。
「木原さんの感じを思い返すと、嘘ついてる感じには見えなかったよ。むしろ、本気でそう思ってる剣幕だったような……」
「うーん……」
二人の言葉が途切れた時、
「智は……病気なの?」
ぽつりと幸野が言った。
病気かもしれない。『幸野なんて嫌い』と言われた時の姿は、普段の智から想像のつかない、何か別のものになってしまったような姿だった。あれが病気なのだと言われれば、幸野はすんなり納得するだろう。
「……沢渡さんは、どう思う?」
静かに安藤に問われ、幸野は目を閉じ手で顔を覆った。
「――分からない……!」
ふうっと貴城が息を吐いた。
「病気かどうかは、今ここで言っても仕方ないだろう。現実的に、これからどうするかだ」
一拍の沈黙が降りた後、安藤が口を開いた。
「俺は、誤解を解いて謝りたい。怪我をさせてしまったのは事実だから……。でも、話を聞いてくれるかな……」
「そうだな、お前はそうしなきゃな」
貴城は視線を、顔を伏せたままの幸野に転じた。
「お前はどうする?」
幸野は体を震わせた。
智の側にいたい――今すぐ智の元へ駆けつけて、労って慰めて安心させたい。でも、智の言葉が真実でなく、他人に迷惑をかけているとしたら――。
「俺たちはこれから、瑞己の誤解を解くために向こうの親とかに会いに行く」
「ありがとう、兄さん。でも病院には木原さんもいるし、会ってくれるかな……?」
「弱気になってねぇで、行くしかないだろ。とにかく、わざとじゃなかったって話して、被害届けが出てんならそれを取り下げてもらわねぇと」
「う、うん……!」
「お前も協力して証言してくれんなら、俺の車に乗れ」
降ってきた貴城の言葉に、幸野は顔を上げた。
「やっぱり親友の話の味方をするっていうなら、勝手に行ってくれ。まあ、俺たちの邪魔はしないでほしいけどな」
薄く笑った貴城の顔を見、次いで困った顔の安藤を見た。
「私は……」
幸野は迷った。
「智を、助けたい。私が智を守るって決めたの……」
貴城は、冷たい視線を幸野に送る。おずおずと話しかけたのは安藤だった。
「俺が言える事じゃないかもしれないけど……。病気かどうかちゃんと調べてもらったらどうかな? 事実と向き合うようにサポートするのも、友達なんだったら大事だと思う」
安藤は考えながら言葉を継ぐ。
「今のままじゃ、木原さんにも良くないと思うよ。きっと普通に生活できなくなっちゃうんじゃないかな」
幸野が貴城に目を転じると、貴城は無表情のまま、
「時間がない。早く決めてくれ」
それだけ言った。
「――分かりました」
幸野は頷き、立ち上がった。




