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君の夢の裏側  作者: 鈴鯉
第1章 図書館で遭った白い嵐
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 静まり返った空間に、木製の机の上で振動音が響く。

 沢渡(さわたり)幸野(ゆきの)は慌てて、自分の携帯電話に飛びついた。

 ここが図書館で、いつまでも携帯を鳴らしておくのは迷惑になる、という意識もあるが、幸野はずっと着信を待っていた。しかし画面を見ると顔をしかめて、落胆の溜息を吐く。

「新商品五十円引きクーポン、って……」

 会員登録しているファストフード店からのメールマガジンだった。

「五十円って。微妙……」

 ごく小さく呟いて、頬杖を突いた。黒いショートボブの横髪が右手に当たる。

 このファストフード店の会員登録をしたのは、高校時代に親友とよく行っていたからだ。

 幸野が大学に入学して一ヶ月と少し。親友と一緒に行くどころか、彼女からの連絡がほとんどない。

 その事実を思って、また溜息を吐いた。幸野はずっと、進路が分かれた親友の木原(きはら)(とも)からの着信を待っている。

 メールも電話も全くない。

 忙しいのだとは思う。実際、大学に入学したばかりの時期は幸野も、分からない事や慣れない事が多くて、学校の用事だけで精一杯になっていた。

 智の学校の状況は幸野のそれとはまた違うのだろう。幸野は四年制の理系大学、智は製菓の専門学校に進んだ。しかも智は、幸野と違って四月から一人暮らしを始めた。

 四月の初めに、智の一人暮らしの部屋に遊びに行った。すごく楽しく過ごして、智が気分を害した様子など全くなかったのに、その後、メッセージを送っても返事がなくなった。自分が何かしてしまったかと問いを送ってみても、それすら返事はなかった。

 意を決して一度、智の部屋まで行ってみたのだが不在だった。部屋の前にいる、とメッセージしたところ、『いつ帰れるか分からない。また連絡する』とだけ返ってきた。短いメッセージに、部屋まで行ったのは迷惑だったのかと不安になったことを思い出す。

 携帯を手の中で弄びながら、五月の連休も結局会えなかったと思う。何度もメールやメッセージを送って、連休前日になってようやく『忙しいから予定が合わない』とだけ連絡がきた。

 自分に分からない忙しさがあるのだろう――幸野はいつものように自分を納得させて、図書館の机の上に携帯を置いた。

 深い息を吐きながら机の上に腕を乗せ、そこに顔を伏せた。ショートボブの黒髪が、机上にくしゃくしゃに広がろうとも、幸野は気にしない。

 面倒くさい――顔の下には、先ほどから一文字も書き進んでいないレポート用紙がある。そして顔を横に向けると、分厚くて暗い色の本が数冊積まれている。

 大体、今時ネットで調べるのダメってあり得ないでしょ――幸野が取りかかろうとしている課題のレポートは、全て本で調べるようにとの指示が出ていた。インターネットで検索するのは禁止、図書館で本を探して調べればすぐに分かる問ばかりだ――授業で教授はそう言い放った。どの本の何ページから引用した文なのかも併記するように言われており、噂によると、教授はゼミの学生を動員してその引用が本当に合っているのか一つ一つチェックするらしい。

 つまり、答えはネットで検索して引用元を適当に書くのはできない、という事だ。

 この指示が幸野を苦しめている。

 幸野はどうにも本が苦手で、調べろと言われてもどこをどう見れば良いのかさっぱり分からない。それらしいタイトルの本を持ってきて目次を開いてみても、今回のレポートのタイトルと同じ言葉は出ていない。他の本を見ても同じだった。

 高校の時の自由研究などは、ほとんどパソコンを使った。その方が教師の受けも良かった。パソコンがたくさん使えると思って選んだ学科だったのに、この面倒な指示はなんだろう。教授は馬鹿なんじゃないのか。

 やる気も出ないし、傍らに本を積んだまま胸中で教授にひたすら文句を言って、だらだらと時間を過ごしていた。

 そうは言ってもレポートの締め切りが近い。写させてもらえるような友人もいない――高校の頃も智と二人きりだったし、智がいれば他に友人もいらないと、入学してからも社交活動はしていない。自分でやらなければ単位の問題に関わってくるという事だ。

 溜息を吐きつつ、もっと他に読みやすい本があるかもと席を立った。

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