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第四章(急):05【神々は人を見詰める】

「へぇーっ! そう来たかぁっ!」


 繰り広げられる衝突を、ハルタレヴァは晴れ渡る青空の下(・・・・・・・・)で見物していた。

 場違いに誂えられた、豪奢な寝台に寝転がりながら。


「異世界グヤンドランガの神宝――【同時多発異世界破滅】を防ぐ為、創造神が例外的に人類へと与えた、自らの持つ【創造神権能】の具現兵装。あのわんちゃん、とっときの切り札を出さなかったのはそういうわけだったんだ。そりゃあ出せないよね、事前に貸し出しを行っていたんなら」


 先程の戦い、否、一方的な蹂躙を思い出しながら、こめかみを指でとんとん叩く。


「ということは、あの子、自分と受け渡し先の魂を剥き出しにする為に、臨死近くまで互いを追い込んだってことかあ。くはは、そりゃあまた無茶な。そんなこと、ともすれば殺すし殺されるし――貸出先の人間が死んだら、諸共自分も死ぬってのに」


 随分とはりきっちゃって、とその命知らずに笑いを浮かべる。

 現状、彼女に世界との接続は出来ない。だが。この世界は映像の撮影と通信の技術に秀でた文明を築かせてある――彼女が何も動かなくとも、民衆の間で自動的にハルタレヴァへの崇拝が共有され増幅していく為に。


 離れた建物からのズーム撮影にも関わらず、くっきりとした、鮮明な映像と音声。対象は髪一本の流れまで、精緻に捉えられている。


「神剣にして神権、グヤンキュレイオン。その属性は【歪曲矯正】。本来、人の心と形を闇で侵食する怪物――原因不明のバグを、強引に取り除いて元の形に捏ね直す、あらゆる後付け・不自然への鉄槌」


 世界を滅ぼす、神にさえ御し切れなかった怪物。

 同じ地に立つ、【ヒト】でなければ――【完全】と【可能性】、二つの属性を混ぜ合わせることで、ようやく対抗し得た概念。

 

 照らし上げ、塗り替えるは、【かく在れ】という祈り。

 あるべき姿、正常なる世界を願う、希望への修正力。


「参ったなあ、そぉんなもの持ち出されちゃったら、いくら分霊保険状態同然の反則親衛隊連中だって形無しじゃない! ほんの一閃で、じっくり施した改造が元通りにされちゃうよ! こっちが反則してるからって、自分はそれよりもぉっとえげつないイカサマ持ってくるなんて……たなちゃんってば、大人げなーいんだーっ!」


 形勢の不利を十全に理解しながら、しかし、その口調は驚くほどに能天気だった。

 そうだ。

 彼女は、笑いながら、楽しみながら、見ている。


「今のわたしは、創造神としての顕現の、大部分を制限されている。普段なら【気に食わないな】と思うだけで拒める、異世界の創造神の権能兵装が自分の世界で申請無く振るわれている無作法を、強く咎めることも出来ない。そうね、或いは、その剣に斬られてしまえば、わたしがとびっきり念入りに【支配】しているお姫様も、正気に戻ってしまうかも」


 見ている。

 映像を。

 田中を。 


 その足運びも。

 呼吸も。

 僅かな癖、好み、何を嫌いどう選ぶか、右と左で同時に襲い掛かられた場合、年齢体格武装別対処方法、基本とするのは“隙の無さ”、多対一を成り立たせる心得の実践、涼しげな表情の奥に潜む感情を手に取るように想像する。


 ぞくぞくする。

 喜ばしい。


「うふ。うふふ。うふふふぷぷぷっ。どぉぉぉぉおぉおでもいいところで切り札がばれちゃったねえ、たなちゃん」


 意味の無いことなど無い。

 手駒は迎撃されることで立派に捨て駒としての役目を果たした。余所から転生してきた連中なんぞ屑で芥で滓で塵だが、それ相応の、邪魔としての使い方がある。しかも、どれだけやられようと逆に胸が透くだけだというオマケ付き。無価値だからこそ浪費が心地良いというのは、中々に皮肉な逆説だ。


 警戒すべき要素は知れた。

 しかし、これで終わりではない。


 田中という男の油断ならなさも。

 そして、

 自分の嗜虐と、楽しい遊びも。


「ここからだよ、面白いのは。もっともぉっと待ってるからね、気持ちいいのが。うふふ、どこまでやれるかな。何を持っているのかな。さあ、存分に抗ってごらん。届かない願いに、分不相応に手を伸ばして、人が、夢を、どれだけ見れるか教えてよ」


 わたしが、

 それを、

 何から何まで潰すから。


「あなたの努力。あなたの願い。全部全部剥ぎ取って――丸裸にして手折ってあげる。苦しむ為に進んできなさい、無意味で無価値な屑人間」


 いっそ、苛烈なまでに愛するように。

 暗く淀んだ情念が、決して届きはしない映像の向こう、大勢を前に戦い続ける一人の男に囀られた。


 ――そして。

 ハルタレヴァは、自らの傍らで、共に映像を見ていた――眉一つ動かさず、まるで無関心な様子で、かつて自分の担当者であった青年の奮闘を眺める女神の手を握る。


「ねえ、アモル。わたし、怖いわ。このようなおそろしいものが、わたしたちの閨に押し入ってきたらと思うと」

「御安心下さい」


 即答し、跪いた。

 隷属の女神アモルは、寝台に横たわる主の手の甲に、恭しくキスをする。


「ハルタレヴァ。貴女の心には、何人たりとも立ち入らせはしない。その瞳を曇らせし者には、この私が全霊を以て百万の呪いを与え、億年尽き果てることの無い後悔を報いとさせてみませしょう」

「ありがとう。とてもとても嬉しいわ。わたしの極寒。わたしの灼熱」


 二柱の創造神が、睦まじくじゃれあう。

 ――――その遠く。

 主たちの様子を、天使と呼ばれた従者が、遠い眼で眺めていた。


 

 映像の向こう。

 現在を、未来を、知らぬ男が戦い続ける。

 自身が進む先に待つ、大いなる者の残酷も知らぬまま。

 ただ、煌々と――その手、その眼に、恐れ無き光を灯して。



                 ■■■■■



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