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第一章:07【責任者は土台を称する】


 市役所の開庁時刻は午前八時三十分。

 正面玄関が開き、職員は訪れた市民を「おはようございます」の挨拶で出迎える。

 その用件は様々で、こと異世界転生課も忙しく、日々舞い込む膨大な量の業務に当たる。


 他の世界へと転生する申請。

 他の世界から転生希望の受付。

 書類作製資料作成他の異世界転生課との打ち合わせに自分に合った異世界がわからない人へのアドバイス。

 転生に伴う財産整理や異世界間運送業者の手配仲介、各種手続契約解説諸問題の相談窓口。


 そして本日。

 案の定の、来訪神。


「おはようございますっっっっ!」


 声も、姿も、よく目立つ。

 午前八時三十一分、本来なら発券機で最初の受付を行いその時点で空いている窓口に割り振られる。


 の、だが、異世界転生課に朝イチで駆け込んできた語り草の有名神(・・・)を目にした途端、フロア内に待機して発券機の使い方等やどこの係で順番を待てばいいのかを説明する案内役の女性が素早くかつ優雅な姿勢で歩み寄り、抜群の笑みと共に諸問題相談窓口の一番へ向かうよう願う。


「私ですよ、田中さんっっっっ!」 


 そうして、プライバシー保護のパーティションもまったく意味を為さないテンションと声量が、真正面から飛び込んできた。

 その瞳は爛々と。

 えも言われぬ、期待と希望の輝きに満ち溢れている。


「え、え、えーえーえー! ほ、本日はその! お日柄もよくっ!」

「はい。おはようございます、女神様」

「!? っは、」

「どうやら実にお元気そうで。気力を取り戻されたようで、何よりです」

「……っは、はははははははははいっ! おかげさまで! えぇそれはもうおかげさまでございまして! そ、そ、その、田中さんが相談に乗ってくださったので、私、私はそれでどうにか落ち着いて、きのっ、昨日はぐっすり休めましたから! いつまでもめそめそしているわけにはいきませんし! 今日が! 今日がありますから! 大事なのは今日ですから! 今日がんばる為に、力を蓄えておきましたから!」


 視線をびゅんびゅん暴れさせながら、捲くし立てる女神は気付かない。

 田中の眼の下、注視すればわかっただろううっすらと残るクマの跡。つまり、彼が昨夜、数十分程度の軽い仮眠しかとっていないこと。


 それも致し方ないとも言える。田中が今朝市役所に出勤してからいの一番にやったのは、工藤に頼み込んで化粧道具を借りることだった。


 職務上人前に出る者としてみっともない姿は晒せない――というよりも、彼の意識にあったのは、向かい合う相手に不安や負担を覚えさせたくない一心だったが。


「では、その御心にこちらも全力で応えねばなりませんね」


 抜け切っていない疲労を微塵も見せない、まるで普段通りの対応。相手を安心させる為の微笑、芯の通った語り口。


「あちらにおかけになって、少々お待ちください。引継と外出等の手続と、準備をして参ります」

「え、」

「昨日、女神様に色々とお話を窺って。一晩時間を頂きまして、自分なりに、考えました。これから、私たちのやるべきことが、何なのか」

「……私、“たち”の?」

「まずは。女神様の世界の、異世界転生課。そちらに参りましょう。詳しい話は、またその時に」


 フロアから出る直前、振り返る。

 身を縮こまらせるようにしてソファに凭れ掛かった女神は、田中と話していた時の慌て方やうろたえ方は幻であったと思えるほど、静かに天井を見詰めていた。


 口さがない言い方をすれば、ああしているほうが余程落ち着いていて、神々しくて、場所を除けば神様らしい。


 けれど。

 田中にとって、あの名前の無い女神様は、自分自身の感情を持て余して振り回されているときのほうが、ずっとらしく(・・・)思えるのだった。


「――いやいや。昨日が初対面の僕が、あの方の、何を知っているつもりだっていうのかな」


 思い上がりに苦笑する。

 そうとも。

 何も知らないからこそ。

 何もわからなかったからこそ、自分はこの対応を選んだのだと――足早に廊下を歩きながら、今一度、田中は自らに確認した。


  

                 ■■■■■



「課長。御忙しいところ申し訳ありませんが、こちらに判を頂けますか?」

「いやあ、時の人。はいはいいいよお安い御用だ。その代わりさ、こっちにはサインを貰えるかな?」

「からかわないでくださいよ」

「本気だぜぼくは。サインってのは、すごいことをした偉人にして貰うものじゃなく、これからすごいことになりそうな相手を予約(マーク)しておくってのが昔っからの趣味でねぇ。自慢だけど、ぼくの部屋にはそういう黎明期以前のサインがいくつもあるのさ。確か、きみも見たことあるだろう?」

「……さて、どうでしたっけ。では、今度機会が取れた時にでも、本当かどうか確認しますか」

「そうそう。大変なことに挑むコツってのはね、御褒美を用意しておくことだ。どんなことをやるにせよ、モチベーションが土台を支える。ぼくがきみのそれになれるなら、上司としてこれほど喜ばしいことはないねえ」


 課長は、田中から受け取った書類に、自らの意志も載せるように判を押す。


「ほい、押した。はりきってやりきりなさい、田中くん。きみの決断、きみの決心の先にあるのはそりゃあ容易じゃあなかろうが、誰かには愚かだと笑われることもあるだろう冒険だが、だとしても、ぼくはきみを、ぼくがきみは、かっこいいと素直に思うぜ。背中(フォロー)は任せろ。こういう時にケツ持つ為に、責任者ってのはいるんだよ。判押すぐらいが仕事のおっさんだが、精々有効に使ってくれ」


 課長室を出る。

 通り過ぎる背に掛かる声を、振り切って歩く。

 自分の中に。

 ほんの少しあった、気付かなかった、気付かない振りをしていた躊躇と、怖気が、キレイさっぱり削ぎ落とされた感触。



 そうして。

 公務員は創造神を伴って、彼女の世界へ再び向かう。

 その胸に、晴れた決意を抱きながら。



                 ■■■■■



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