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第四章(破):02【異世界公安】


「――――ふぅん」


 レポートを読み込んだ田中は、喜ぶでもなく、驚くでもなく、ただ静かに頷いた。


「これはまた、剛毅で大胆な話だね。異世界の、世暦という時代の秩序を守る為とはいえ――【神々の連盟】が、あれほどまでに慕われる大創造神ハルタレヴァを、言うなれば【世暦常識定着の功労者】を、こうもあっさりと切り捨てようだなんて」

「理解出来ませんか?」

真逆(まさか)


 いっそ、酷薄に口を歪めて、


「わからないはずがあるかい。なんて当然だ。まったく神様って奴は、嫌になるほど人間味がおありでいらっしゃる」


 侮蔑に染まった目線。

 納得を、し尽くしたからの明確な姿勢。

 言い訳のように連ねられた――【大創造神ハルタレヴァを除去せねばならない理屈】。 


「その心は?」

人間(おきゃくさま)からの大評判。それが必ずしも――神様(どうぎょうしゃ)からの大人気には繋がらない、って話だろう?」

 

 ――そも。大権力を有する人気者は、同じだけ疎んじられるのが、いつの世も、どこの世界でも変わらぬ常である。


 世暦から新しい世界を始めたぽっと出の創造神が、あれほどの信仰を集めている――それを決して快くは思わない手合いが少なくないことなど、笑えるぐらい容易に想像がつく。


 そんな情念が、機会を得られぬまま埋蔵されており。

 そこに、格好の口実(ひだね)が与えられれば、どのように燃え広がるか。


 大義名分と、薄汚い理屈。

 それらは、互いを補完・肯定して交じり合う。

 区別がつかなくなるほどに。

 最早分離も出来ないまでに。


「反吐が出ますか」

「いいや、別段。世の中なんてのは、一皮剥けば何処も彼処もそういうものだ。美しいだけの理想郷なんて在り得ない。だからこそ、偽物だろうと作り出そうとする。偽物とわかっていても、そうやってお膳立てしなければ、絶対に、自然に存在なんて、してくれることはないんだから」


 神様に対する、理想も、期待も――希望も、祈願も、希求も夢も、とうの昔に一度、徹底的に枯れている。


 底を見て、その認識を手に入れている。

 こういうものか、という理解を。

 田中は、二十と一年前に済ませている。


「道理で、松衣出張の帰り辺りから会わなかったわけだ」


 調査報告書に、記載された名前。

 それと田中は、目の前の顔を見比べる。


「本業の方が忙しくなっていた、ってことかい。敏腕異世界コンサルティングの工藤さん――いいや、【異世界公安】ネフティナ・クドゥリアスさん」


 ――この世には。

【あらゆる世界を跨いで渡り秩序を守る】、【神の犯罪を取り締まる人間の組織】が存在する。


 それこそが通称、異世界公安。

 世界同士の交流を支える異世界転生課とは、別の指揮系統、別の存在目的、別の特別人員で構成された、世暦という時代の維持に自らの五体を捧ぐエキスパートの集団である。


 各世界から選別された有能にして稀なる技能を備えるエリートたちは、共通項目としてその素性を決して公に(・・・・・・・・・・)明かさず社会に(・・・・・・・)溶け込んでいる(・・・・・・・)。公的に別な身分を持ち、異世界公安の一員であることを一般人に悟らせることはない。


 数々の世界を特権と共に渡り歩き、現地事情を把握する仕事から得た情報をフィードバックする異世界コンサルタントとしての側面を持つ、工藤貞奈のように。


「仲介役が入り用か――とは、まあよくも、お為ごかしに言ってくれたよ」


 これ見よがしに息を吐く。

 その対応は既に、気の置けない同僚に向けるものではない。


 警戒と。

 戦意の混じる、油断無き応対。


「僕に、それをやれってか?」

「あら。ぴったりと適切ではないですか?」

「ほざけよ、猛禽」


 不愉快げな舌打ち。


「何を評価しているんだか。僕はただの凡人だぜ。一般の社会で生きる、型に嵌った、箱に入った、慎ましやかで等身大な、喧嘩も弱い人間だ。君らみたいな【人工神意調律者】とは根本から訳が違う。何なら一丁、腕相撲でも試すかい?」


 挑発的な素振りで、へらへらと笑いながら、田中はいかにもな不貞腐れかたをした。

 工藤――ネフティナは、

 笑った。


「ほざかないでくださいよ、神殺し」

「――――――――また、そうやって。とっくに終わった昔の、どうでもいい話を蒸し返す」

「笑わせてくださいますこと。凡人。へえ、凡人ですか。並の人、と来ましたか。それ、単なる希望でしょう? こうであってほしい、こうありたいという願望を、一人ノートに書き連ねているだけならまだしも、現実に持ち出さないでくださいよ。ねえ、正体不明の凡人さん」

「……過度で、覚えも無い期待ほど。うざったくて重苦しくて、身の丈に余るものはない。僕が、そんな大層なものじゃないってことは、君が一番よく知ってるはずだよな、ネフティナ」

「いいえ? 自分ほど貴方の価値に気付いている人間はそういないと、普段より豪語しておりますが」


 どの口が、と田中は心底吐き捨てる。


「他でもない、十二年前の事件の時――僕をとっ捕まえに来て、僕をぶっ倒した君が、なんでそういうことを言えるんだ?」

「そりゃあ、実績(・・)があるからでしょう」


 面白そうに、

 噛み締めるように、 


人に負ける少年が(・・・・・・・・)神を殺せない(・・・・・・)とは限らない(・・・・・・)。異世界公安は発想を狭める意味での予断を持たず、あらゆる可能性の、その真相を探る組織です」


 結局はそうなる。

 ぐうの音も出ない一刀両断、それを持ち出されてはお手上げだ。


 観測されて、認識されて、そういうことになった【事実】は。

 今更、どうにも覆せない。

 そこから派生してしまった、誤解のほうも。


「田中さん。本人がどう考えてようとも、あの頃から既に我々は、貴方に多大なる危険性と、そしてほんのわずかにそれを上回る有用性を、同時に見出しているんですよ」

「……人をまるで、兵器みたいに言ってくれるね」

「違いますか?」


 軽口には付き合わない。

 本当は断固として反論したい決め付けだが、そこから田中は恩恵も得てしまっている、というのが言葉を飲み込ませる理由となる。


 田中の素性を、異世界公安が神々の連盟に明かさないよう隠蔽していなければ、これまで平穏に、異世界転生課で働いていることも出来なかったろう。


 尤も、それは同時に未知の因子たる田中を自分たちの監視下に置き、かつてのように危険な思想の素振りを覗かせる・欠片でも怪しい動きを見せたのならば即時抹殺されるという緊張と殺伐の日々でもあったわけだが。


 ――無論、そうなった場合田中を処理する役目は、同僚として間近で彼を見張っていた、ネフティナ・クドゥリアスが負っていた。


「君らとしては、これまで温存・秘匿し続けてきた手駒を、【対・大創造神】っていうここ一番でこそ使いたいのだろうけれどね。……必ずしも、期待通りの役割をこなせるとは限らないよ。性能評価が、再現性の無い曖昧なデータに基づいているなんて場合では、特に」

「逆に聞きますが」


 平然と、ネフティナが問う。


「では貴方は、本当に“あんなことはもう二度と出来ない”と思っているのですか、田中さん?」

「それは、」

「つまり、畢竟――葬世神アンゴルモアを、ハルタレヴァの手から奪還することを、諦めて受け入れると」

「彼女を」


 歴然と、田中が応える。


「そんな名前で、呼ぶな」


 その言葉。

 その目線。

 向けられたネフティナが、身を震わせた。

 表情に、畏怖と快感を入り乱れて浮かばせながら。


「――――宜しい。少なくとも、【意思有り】と確認出来ました。ここまでに進めておく段階は、予定通りです」


 新幹線が緩やかにスピードを落とす。

 アナウンスが告げる。

 守月草へ向かわれる方は、七番ホームからお乗換えください。


「さて、大人しく付いて来て下さいね、田中さん。あともう少しで、懐かしの地元(ホーム)です。歓迎の店も、予約を済ませてありますので」


 席を立つ工藤に続く。断る選択肢は無いし、抵抗する意味も無い。

 改めて、車内を見渡す。


 例年決まって酷く混みあう、神迎神楽祭中の、雲集出雲国発の新幹線には――この便に限って、全座席、誰一人として、他に乗り合わせている人間がいなかった。


                 ■■■■■



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