第四章(序):21【灼熱と極寒 -リメンバー・オブ・ハルタレヴァⅠ-】
――――灼熱を覚えている。
――――極寒を覚えている。
あの背反の瞬間を、ハルタレヴァは忘れない。
そういうものがある、というのは、当時でさえ噂話に過ぎなかった。
管理及ばず自分の世界を破滅させただらしのない神々の、いつからともなく共有され始めた定型文。
【世界殺しの神】。
彼女はそれを、まったく信じていなかった。
そんなことをしている暇があるのなら、一秒でも多く、考えるべきだと思っていた。足掻くべきだと憤っていた。
自らの世界を救う為に。
破滅を運命と呼ばせぬ為に。
――――ハルタレヴァの異世界は、ほんの小さなものだった。
創造神にも多々ある。
優れたものもいれば、劣ったものもいる。
彼女はその中で言えば、後者だった。
華やかならぬ加護を与えられない。特別な喜びを与えられない。
ハルタレヴァ、という世界のことを、そういう名をした少女神を、殆どの創造神は知りもしなかった。
だが、そんなことは彼女にとってどうでもよかった。
自分が成すべきは、自分の世界に生まれた者たちを、見守り、導き、幸福とすること。
それが自分の役割で、
不器用な彼女にはいつも余裕がなく、
外の世界の神々とは積極的に関わる事もなくて、
だから、
だから、
だから、
だから、
彼女には。
助けに呼ぶ相手も、どうしてと問う相手もいなかった。
【世界が消される】。
噂話に語られる抽象的な光景の、その真実を、ハルタレヴァは特等席で目撃した。
無論、抗った。彼女は繰り広げられることに、事前の知らせも、心の準備も、する筈の無い承諾も、何一つ済んではいなかったから。
もう少しで、今少しで、突如自らの異世界に生じ始めた異変も――【太陽が徐々に光を失い、地上でどれだけ明かりを灯そうとも周囲を照らせず、気温が異常に低下していく】という謎の現象も、きっときっと解明し、そうだ、すぐに解決し、また元通りの平和が、この世界へと戻るはずなのだから。
愛すべき子らがまた、青空の下で幸せを生きられる日が、来るのだから。
そんな願いは、叶わなかった。
本来。
何処かの世界の中で、その世界を創った創造神を超える能力を発揮出来るものなどいない。これは、どの異世界でも変わらない共通の法則だ。創造神ハルタレヴァは小さな神だったが、相手が自分より優れた神であろうと、自分の世界でならば追い払うことも出来る。
手も足も出なかった。
足掻くことすら許されなかった。
対面を果たしたその一瞬で、何もかもが【統治】された。己の持つ権限の、ほぼ全ての部分が奪われたのを感覚として理解した。
そして。
そいつは、一歩も動けない、声さえも出せないハルタレヴァの前で、
己の奪った【創造神の権能】を用い、世界を解体し尽くした。
まるきり、【作業】でしかなかった。
表情ひとつ変えもしない。無駄な行動を挟まない。最小限の動作、最大限の効率で、ハルタレヴァが守りたかったものが、愛していたものが、根こそぎに分解されていく。
それを、ハルタレヴァは見届ける。
奪われる権能のうち唯一、彼女は【視】だけを守り切った。それだけが、守り切れてしまった。
戸惑い。
嘆き。
怒り。
諦め。
六十万の消滅を、ハルタレヴァは見送った。
迫る滅亡の中、最後まで希望を信じ、立ち向かい続けてきた人々の、無念の様を目の当たりにした。自分からは何一つ――言い訳も、謝罪も、感謝も、悔しさも、伝えられぬままで。
そうして。
今から二百九十九年前、異世界ハルタレヴァは、リセットされた。
世暦制定、神々の間で【救世交換の時代】と密かに語られる年月の始まる、その直前に。
その絶望。
その憤怒。
神さえ狂う、神の身勝手。
灼熱を覚えている。
極寒を覚えている。
ハルタレヴァは、忘れない。
そうして彼女は、それらの感情で再起動した。
まさしく、生まれ変わった――転生したのだ。
新しい目標、生の意味が、小さき神を突き動かす。
そうとも。
――神が人の世に降りる時代が来たというのならば。
――わたしは、神すらこの世界で弄んでやる。
他の世界の人間が他の世界の神を知るなら、その全てを【魅力】で侵す。自分の生み出した世界の子らに、自分より信仰する他の世界の神がいる屈辱を、こんなくだらない制度に賛成した奴らに教え込んでやる。
三百年の時を経て、その思惑は、悪意は、芽を結んだ。
彼女は今や、押しも押されぬ大創造神であり、ついに、かつての自分を殺した葬世神までも手中に収めた。地球で確認した時は、やはり膨大な信仰を集めた自分にも手に負えないと感じたが――この為の布石、送り込んだ間諜と、引き合わせた駒を利用することで、ついに、自らの世界へと連れ込むことに成功した。
今度は、失敗しなかった。
ちゃんと操ることが、出来た。
三百年越しの達成感が、全身を貫いた。
「――――ふふ」
まるで、あの時のような無表情。
その顎を撫でさすることに、創造神――否、“大”創造神ハルタレヴァは、何の恐怖も覚えない。
素晴らしい。
絶望は足元に蹲り、輝くような希望のみが自分に方を預けている。
「ようやく手に入れたわ。わたしの灼熱、わたしの極寒」
今少しの処置を重ね、その掌握を完全なものとしたら、やることは決まっている。
【世暦の終結】。
【異世界和親条約の破棄】。
それが出来る。
こいつがいれば出来る。
かつて。
自分の世界を、もっともらしい正論で切り捨てた、【神々の連盟】を、塵も残さず壊滅させてやれる。
それが楽しみで堪らない。
夢があるのは気持ちいい。
そうだ。
自分の治める以外の、全ての世界を破壊して。
その時こそハルタレヴァは――唯一の無二の、創造神となるのだ。
それこそが、本当の――最後まで彼女を信じ続けてくれていた、あの六十万人への、手向けだった。
「待っててね、みんな――――」
悼むように。
捧げるように。
彼女がそう呟いた、
瞬間だった。
警報が、高らかに鳴り響いたのは。
「――――――――――――へえ」
顔が上がる。
そちらを向く。
遠く、遠く。
その瞳は、距離を越えて、把握する。
「ああ、なんて、面白いのかしら。まさか、創造神に、想像もしなかったことを見せてくれるなんて!」
警報の種別は、第一級異常事態。
それが指すことは、
この世暦時代だからこそ、厳密に管理され、有り得ない――――
――――【異世界間侵入者アリ】。
「うふっ、ふふふふっ、あはははははははははははっ!!!! あなたはやっぱり、一流の道化師ね! いいわ、そのお誘いにのってあげる! 遊びましょ――――たーーーーなーーーーちゃーーーーーーーーーーん!」
自らの世界、自らの神処、何処までも広がる青空の下で、何処までも続く墓標の中で。
ハルタレヴァは、手を叩いて笑った。
残酷に。
冷酷に。
そこに、一切の容赦なく。
創造神は、自らの世界への許可無き不法な侵入者に際し、一切の行為を許される。
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【第四章(序)】
【公務員と大創造神、了】
【続――――第四章(破)】
【(元)公務員と皆々様】




