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第三章:20【ハロー、チルドレン】



「降ッ参ッ! しまっす!!!!」


 誰あろう。

 高らかにそう叫び、明らかに即興な、自分のシャツを破いて作ったらしき白旗をブン回している上半身裸少年は、あの藤間圭介だった。

 踏み込む前の緊張感、長い岩盤の通路を歩いてた時の緊迫感が、それでたちまち掻き消えた。


「なーんーだーよー! なんだよもぉーおーッ! アリか!? あんなんアリかぁ!? そ、そ、そこのおっぱいさっきアレなにしくさったんだよふっざけんなよぉ! もう違うじゃん! 勝負とかそんなんですらねーじゃん! バランスぶっ壊れゲーじゃねえの子供と大人のケンカに戦車持ち出してどうすんだよバッカじゃねぇのぉおおおぉおおおおぉッ!?」


 会った瞬間涙目だった。

 一体どんな方法でか、どうやら彼らは先程の、女神が力を振るった瞬間を見ていたらしい。藤間少年以下行方不明になっていた子供たちは、幽霊城に入ってすぐ、廊下を抜けた先の最初のフロアに全員が揃っていて、身を寄せ合っていて、そしてもれなく震えていた。


「あ、あの、」


 酷いものである。

 女神が何をしようと、笑顔であろうとほんのわずか手を差し伸べただけであろうと、即座に瞬間で悲鳴が上がる。


 これは間違いなく第一印象が完全に持っていった。悲鳴の中には「ごめんなさい」「僕たちが悪かったです」「もうしません」などのワードが少なくない数、入り混じる。


「そ、そ、そんなつもりは勿論なかったんですよ! あ、あ、あいつらだっておれたちが使わしてもらえる状態だったけど、絶対にそんな、誰かを傷付けたりは出来なくなってて! た、たださ、急に家が、予定でもないのに現世側に現れて、近づいてる奴がいるってわかって、一昨日のおれらを調べてる奴だったから、脅かして追い払おうとしただけで! む、ムシがいいっすよそう聞こえますよね、あぁぁあやっぱりもっとちゃんと止めときゃよかったッ!!!!」


 ……そう言ったのは藤間少年の隣に居た子供で、田中には見覚えがある。一昨日に絡んできた藤間少年たち五人の中に彼もいた。

 

「だからだからその、ゆ、許してくださいっ、罰ならおれら五人が受けますから、せめて、チビたちだけでも!」


 悲鳴に泣き声、年下を後ろに隠すその様子に、田中の心の中に広がるのは暗澹とした感情だ。

 ……どうやら。当たって欲しくない予想が、最も望んでいない形で的中した。


「大丈夫。安心して、落ち着いて。僕たちは君らに、乱暴をしに来たわけじゃないよ」

「う、……嘘だ」

「――そうだよね。大人を信じてくれ、なんてのは一番、君たちには残酷な物言いだ」


 藤間少年の顔色が、田中の言葉でわずかに変わる。ほんの少し、そこにはこちらの心を探る、共感を試みる興味が混じる。


「じゃあ、とりあえず話をしよう。僕たちはまずそれを、君たちから聞きたいんだ」

「……あんた、何なんだよ」

「田中。役職とか身分は、今は邪魔だな。そういうふうにだけ、呼んでくれ」

「――田中、」

「うん。よろしく、藤間くん。それからあと、ここにいるんだと思うんだけど、君たちが連れてきた僕たちの知り合いは、」


「リーダーッ!!!!」


 そちらを向くのと同時に、

 眼前には、全内蔵武装を一斉展開した、物騒の姿があった。

 まるでびっくり箱めいた放出。


 ハサミ。

 ドリル。

 カタナ。

 弓。

 槍。

 万力。

 鉄球。

 あと、何故か、虫捕り網。釣竿。スコップ。パラソル。


「リーダーに、なにすんだーーーーッ!」

「ちょっ、」


 待って、という暇も無い。

 既に目の前には、当たるとさぞかし痛そうな、バネ付きトンカチが迫っていて、


「えい」


 柔らかな声と共に、それが女神に弾き落とされ、


「え、」


 驚いているところを、抱きしめられた。


「な、」

「大丈夫。落ち着いて。この人は、いい人ですよ」

「う、うううぅっ、うるさい、放せ……!」

「お、落ち着けロボ子!」


 なおもじたばたと抵抗を試みる彼女――生体(ライフ)アンドロイドの異世界転生者、クェロドポリカの手を、駆け寄った藤間少年が握る。


「……リーダー、」

「な。おまえのやさしさは知ってるからよ、あんまりその、今日みたいなムチャはすんなって約束したろ。それとも何か、リーダーの言うこと聞けないってのか?」

「……そんな、こと、ない、です。リーダーは、マスターだから、わたし、いうこと、聞きます」

「そっれでよし! ――――たく、あんまヒヤヒヤさせんなよな」

「おーーーーいロボ子ちゃーーーーん! どこ行ったー、そろそろイベント進めたいんだがー! 回復もしといたから早くボス倒そうぜーーーー!」


 そこに。

 奥の通路から、能天気が顔を出す。


「あ」

「あ」

「あ」


 口にスルメを咥えた、ジャージ姿の天使である。

 ――それを、見て。

 胸の中の支え、安心し切れなかった懸念がいよいよ消える。


「心配したんだよ」と駆け寄る女神、「こ、こ、これはその、……っわ、和平交渉の為に単身危険を顧みず希望を掛けた勇気ある決断でありまして!」としどろもどろに弁解する天使、その様子を見ながら、田中はふうと息を吐き。


「――――アポイントメント無しの訪問、大変失礼致しました!」


 そして、叫んだ。

 ここにいない、姿の見えない――けれど、いるに違いない相手に向かって。


「た、タナカさん?」

「謝罪は後に正式な作法にて! 御休養の最中であると存じますが、是非今、拝謁をお許し願いたい! ――――聞こえておりますか、我等の、」


「聞ぃこえてるよぉ、田中職員」


 ふわり、と。

 彼女も、また。

 気がつけば、そこにいた。


「だからそんな大声上げないでくれないかい。こちとら、急に現世に引き摺り出されて、びっくりしての寝起きなんだから」


 横倒しにした茹で卵の上部分を割り、楕円状に刳り貫いたその中にふわふわのクッションを詰め込んだようなソファ。


 その中にぐでん(・・・)と身を沈め、見るからに大儀そうな顔をしているのは、長い長い黒髪の、太陽を模しているらしき何ともゆるいデザインのぬいぐるみを胸に抱えた、パジャマ姿の少女だった。 

 大あくびをして眼を擦り、田中たちへと手を振ってくる。


「まあ、とりあえず。ぼくの別荘へようこそようこそ、働き者の皆様方。今日も一日ご苦労様です。仕事はここらに致しましょう。どんな理由であれ、訪れた者はもてなす主義さ。遠慮せずくつろいでいくといい」


 ぱん、ぱん、と気の抜けた調子で打たれる手。


「折角陽も落ちてることだし、そうだねー、レイトショーでも見ていくかい? 話題の名作カルトな奇作、各世界の品々も脱法スレスレで可能な限り取り揃えてある。音響は完璧、シートも柔らか、ポップコーンも作りたて、何なら寝そべりながら見る為の座敷席にもご案内しよう。いつ寝落ちしてくれたって大丈夫だ。無論それだけじゃない、ここにはおよそインドア派が求める娯楽のすべてがあると、そう思ってくれたまえ」


 仰向けに寝転がったまま、卵ソファの中から取り出した小冊子を、彼女は田中に「はい」と手渡す。

 表紙には、このように書かれている。


【総合文化内包型万能娯楽保養施設 天岩戸(あまのいわと)案内図】。


「――――また、こういうところにばかり、お金を注ぎ込んで」

「むー? 人聞きが悪いなあ、田中君。言っておくがここの改装にはどの神社の賽銭も寄付も使ってないぞ。全てを例の保険やら私的な資産運用の結果で賄っている。はっはっは、ぼくの内向的自堕落を止めたかったらばね、君たち職員がまずもっとしっかりすることだな!」

「あ、あの、田中さん」


 行われていた会話に、女神が入ってくる。


「お知り合いなのですか、そのお方――いえ、神様(・・)と」

「……はい」


 実に複雑そうな表情で、田中が頷く。


「ご紹介します。彼女こそが、」

「やあ、異郷の御同輩。うちの部下がどうやら面白いのを世話をしているという話は課長からも聞いていてね、一度直接会ってみたいと思っていたよ。自分から行くのはとてもじゃないが面倒だったが!」

「え、え……?」


 すい、と。

 彼女を乗せ、中空に浮かぶソファが、女神の傍らまで独りでに移動した。どこからどう見ても、条理の科学・現象と掛け離れた原理と挙動で。


「はじめまして。このぼくこそが、異世界和親条約地球圏日本支部八百万組合長にして守月草異世界転生課主祭神、ついでに日ノ本の太陽神なんかもやってる天照(あまてらす)だよ。好きな言葉は【不労収入】、座右の銘は【果報は寝て待て】、大体のネトゲで使うハンドルネームは【O-HIRUME】だ。いつか何処かの世界で会ったら、是非是非仲良くしてくれたまえ」


 そう言って。

 この国でも指折りの凄さの神様は、仰向け逆さの姿勢のまま、異世界の創造神に握手を差し出した。



                 ■■■■■



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