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第三章:17【異世界VVV】



 十二人の行方不明者の内、唯一【失踪】扱いの、観光旅行者。

 事情を聴いて回る訪問の中で、既に松衣にいなかった為に、会うことの出来なかった家族。


 彼らは、異世界より地球へ転生してきた異邦人であり。

 居なくなった娘の名を、【クェロドポリカ-レジサ-ネフネフルミタン】と言った。


 年齢、否、稼動年数(・・・・)、九年。

 機械神ヴァルサ・ヴォルグ・ヴェルダの治める世界の、無機と有機の溶け合った人型機械生命体(ライフアンドロイド)――自律思考と変形機能を持ち合わせ、地球文明に於ける過剰技術(オーバーテクノロジー)の体現でありながら、それらは彼女という個人の切り離せぬ一部であるが故に特例として持ち込みを認められた、言うなれば【生きた異世界和親条約の裏口】である。


 ――夕刻。

 担ぎ込まれた病院で意識を取り戻した田中は、旅館から取り寄せたデバイスで転生者アーカイブにアクセスすると、先程の襲撃者の正体を割り出した。


「何処へ行くおつもりですか、タナカさん」


 病院服から異世界転生課の正装に着替えようとしたところで、オウルに問われた。

 ここまでは許した。

 だが、この部屋から出るのは断固許可出来ないと目付きが語る。

 襲撃を受けた後、倒れた自分を即急に運んでくれた点には感謝するが、それは聞けない相談だった。


「もしや、責任を感じておられますか」


 話半分で聴いている。

 情報収集を行う傍ら医師から聞き出したが、田中が意識を失ったのは即効性の麻酔ガスによるもので、現状体内に残留している成分は無く、後遺症の心配も無いとのことだった。


 ただし、使われたガスが異世界VVVヴァルサ・ヴォルグ・ヴェルダのライフアンドロイドが体内で精製したものであれば、地球上の医学では検出が出来ない成分が関わっている恐れがある。“異世界科”のある病院で、改めて検査を行ったほうがいい――それらの言葉を田中は、そのようにしますと答え退院の準備を始めた。

 別の理由、目的を抱いて。


「どいてくれないか、オウル」

「幽霊城を、探しにいくのでしょう」

「違う。天使さんを助けに行くんだ」

「彼女より遥かに脆弱な貴方が?」

「だからおとなしく寝てろって?」

「無駄な犠牲を私は憎むと言っています」


 激しさなど、何処にもなかった。

 オウルは優しく、それこそ姫を救う王子のようないたわりで、田中を再びベッドへ押し戻した。


 明らかに加減されているというのに、田中はそれに、ろくに抗うことも出来なかった。

 ――先の、天使が攫われた瞬間と同じに。


「…………頼むよ、オウル。僕を、行かせてくれ」

「私一人行かせるのでは、安心出来ませんか」

「…………」

「――――仕方がありませんね。出来ればこれは、貴方にも隠しておきたかったんですけれど」


 ふう、と息を吐き。

 オウルは自らの胸に手を当てると、


「【祓えよ 光】」


 七色の発光を伴いながら、引き抜いた。

 ……開いた口が、塞がらない。

 今、現れたものに。

 彼が、自らの体から取り出したものに、田中は見覚えがあった。


「それって、」

「神剣、グヤンキュレイオン。異世界グヤンドランガに伝わる、世界の宝にして、世界を救った神々の武器です」

「なんで、それが地球に?」

「なんというか、止むを得ずと申しますか。冠は滞りなく譲渡出来たのですが、ちょっとした事情から、こちらは私の魂そのものと同化していまして。渡すに渡せなかったのですよ――何せ、これの所有権を返還すると、一緒に命も失ってしまうので」


 本来。

 そうした貴重品、世界の歴史や文明、理に関わるものは他所の世界に運べない。

 だが、これもまた、つまり、例外というわけだ。


「無論、異世界転生を執り行ってくださいました私の担当、グヤンドランガ側でも地球側でも正式に把握はされておりますのでご心配無く。ただ、帯剣事態は許可されても、本来この世界にあるべきものでも、みだりに用いてよいものでもない。地球では仕舞いっ放しの代物だろうと思っていたのですが――どうやら、今回は事情が違いますからね」


 手の中のそれを、彼は一振りする。

 虹の光が尾を引く軌跡は、それだけで言い知れない神々しさを感じさせる。


 不思議な感覚だ。

 まるで不安な夜半に潜り込んだ毛布の温度、暗闇の中の道標、どのような思考をも越えて胸の奥に染み入ってくる、根源的な安心感。

 ――個人的な闘いの為に用いられていた、地下闘技場での様子とは、何もかもが異なっていた。


「夜というなら、都合がいい。グヤンキュレイオンは、闇の中でこそ輝きを際立てる希望の具現だ。相手がどのような、異世界概念を用いる暴徒だろうとも遅れは取らないし、それが真なる悪で無いならば、決して危害を及ぼすこともありません。相手はまだ子供ですからね、傷付けずに無力化すると約束しますよ、タナカさん」

「そちらさんの揉め事ァ纏まったかね」


 わざとらしいアピール。

 扉の向こうから、丁度いいタイミングで差し込まれた第三者の声。


「んじゃあまあ、入らしてもらいますよ、と」


 ノックはしないし返事も待たない。

 何の遠慮も無く病室内に入ってきたのは、二人組の男たちだった。



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