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第三章:15【揺らぐ幽霊像】


 降って湧いた疑念は、今日、行方不明になった子供たちの家を巡っての聞き込みによって、ある種の確信へと変わった。


「……家庭内での、不和。家族との軋轢の存在、ですか」


 行方不明者、十二名。

 そのいずれもが、日々の生活の内側に悩みを抱えていた。


 親との関係。

 兄弟の齟齬。

 身に余る期待、一方的な落胆、不当な扱い、愛情の不足。


 一朝一夕の、事前の承諾も取り付けていない聞き込みで肝心な部分が全て聞けたわけではない。現在の田中に異世界転生課の調査員であることや捜査の目的を語ることは許されていない。


 地元・松衣の異世界転生課から協力を要請されたとは言っても、そもそもこの件を正式な犯罪事件と看做すか事態が灰色の境界にあり、世暦神社庁との折衝も含めその扱いが非常に微妙な状態だからだ。


 なので、殆どのところでは突っ撥ねられた。そも田中たちが踏み込もうとしたのは、おいそれと他所に知られたいはずもない、多くの家人が決まって自分たちだけで解決しようとする、あるいはただ只管に恥と感じてひた隠す家庭内問題だ。


『ご家族の仲は良好でしたか。いなくなったお子さんにとって、自らの家は辛いことがあった時に帰りたいと感じる場所だったと思いますか』――田中たちが知りたいのはその点だったが、そのままこれを口にすることなどまさか無い。


 時に迂遠に、時に雑談に織り交ぜるようにさりげなく。

 引き出した反応から要点を探り当てるように会話しながら観察する。


 結果から言えば、まともに取り合ってくれたケースからして稀だった。

 罵詈雑言を浴びせかけられるならまだいいほうで、空の酒瓶を投げつけられ、あわや殴られそうになれ、「これもご縁」と物を売られかけ、終いには、


『別にどうでもいいんですけど。ヒマなんすか、あんたら?』


 と、紛々たる香水の匂いがする男に笑われ、「タバコ買ってきてくれたらなんか思い出すかも」とぬかされた。

 丁寧に頭を下げて辞退し、田中たちは藤間圭介の家を後にした。


「…………、」


 蕎麦を啜る音が、一寸乱暴になる。

 あの時。

 あの場に。

 オウルと天使がいてくれて、よかったと思う。

 自分が舵を取る立場で無かったら――何をしていたか、わからない。


「ぴんと来ない。そう顔に書いてあるな、オウル」


 そう言ったのは、天使だった。

 その通り。

 確かに彼は、どうにも釈然としないふうだ。


「いえ、その。――私は自覚のある世間知らずで、グヤンドランガにいた頃よりどうにも、間が抜けている、とぼけている、感覚が皆とズレている、との苦言を賜ってきたのですが」


 それはまた、フランクな皇帝陛下だったんだね――という、話の腰を折る台詞を、田中は蕎麦と共に飲む。


「どうして彼らは、そのような、自らにとって劣悪な環境に居続けたのでしょうか。御し切れぬ不満があるならば、すぐにも抜け出せばいいだけの話だというのに」


 それがどうにもわからないのです、と彼は言った。

 やはり、何の嫌味でもなく、韜晦でもなく、心底からの真直ぐな疑問として。


「――――そうだね、」


 彼を。

 グヤンヴィレド・ベル・オウルを、無神経で傲慢な人間だと罵るのは実に容易い。さすが元皇帝までやっていらっしゃった御方は、この世に出来ないことなどないと思っておられる――皮肉はいかにも楽に滑り出よう。


 そうした言葉を口にした瞬間、その本人こそが無神経で傲慢な奴になる。

 それは、彼がどういう人間か、どういう過去を持ち、どのように生きてきたかの、その上辺だけを掬い取り、何もかも知った気になる恥知らずの態度だ。

 先日の、オープンワールドの後日。田中は彼の遍歴を、工藤の口から聞いている。


 その命を誰にも祝福されなかった捨子。

 大切な相手がいないのではなく、誰かを大切に感じる意味すら教えられなかった孤独。

 人の居られぬ苛烈の地で、名前の無い子供は、自らを獣と思った。

 ただ他を食らい、いつか死す為に呼吸する、当ての無い爪と牙だと。

 

「それはきっと、工藤さんに出会う前の君なんだ、オウル」


 瞳が。

 獲物を捕らえる猛禽のように、田中へと向いた。


「この世の、誰もが。自分が欲しいものをきちんとわかっているわけじゃないし、足りないものがあることに、気付いていない場合もある。どうにかしたい気持ちが、どうにもならなさの前に挫けることは珍しくなくて、」

「失礼」


 言葉を遮るようにして、突然オウルは立ち上がった。


「一走りしてきます。この熱情を、どうにか別の形に昇華しないと――思い込みの正しさに、身を任せてしまいそうだ。貴方に情けないところは見せたくないし、敵にだってなりたくない」


 言うが早いが、オウルは蕎麦屋を出て駆け出していってしまった。確かこの近くには、ランニングのコースに向いた河川敷があったっけ、と田中は頭で地図を浚う。

 

「止めなくて良かったのか?」

「僕も、彼と喧嘩をしたくはないよ」


 田中は最後の一口を啜り、天使は蕎麦湯を二杯飲む。その雰囲気だけで、オウルだけでなく彼女もまた、如何ともし難い不機嫌を抱えているのが窺えた。



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