第三章：１２【隠れた太陽】
何しろ、極秘のお仕事だ。
外部の無関係な人間に協力を頼むなど、了承は出ないと思っていた。
それが、
『うん、いいよー』
「えぇっ！？」
予想外の快諾に、思わず変な声が出る。
場所は再び、恒例の夜の旅館休憩スペース――周りに他の客がいなくて良かった、とほっと胸を撫で下ろした。
『渡りに船だ。派遣調査に於いて、その土地の空気に馴染んだ協力者ほど値千金なものはない。十から二十の間を目安に活動費の方から出しちゃっていいから、正式に彼へ助力を依頼してくれ。持っていった荷物の中に書類はあるね？』
「そ、れは勿論……ですけれど、」
話が早いというか、躊躇が無いというか。
気のせいか。
どうにも昨夜までとは事件に対する積極性が、
『事情がどうにも変わってね。無論、君が事件関係者に直接的な恫喝と暴行を加えられたということも大きいんだが、嫌な話、それよりもっと決め手になった悪報がある』
「――何が、ありました？」
『天照大神様の行方が知れない。連絡も一切繋がらない。どうやらそちらも――【幽霊城】事件発生と同時期から、だ』
寒気を覚え、息を飲む。
『普段からおいそれと拝謁が叶う御相手ではなく、直接に姿を見られる参拝が隔月毎なのが災いした。前回に話をした二ヶ月前から――あの方の住まう神宮は、もぬけの殻だったというわけさ』
「……課長」
『こちらにも、証拠はない。直接的に関連付ける決め手は不十分だ。だが、嫌な符合であるということだけは、残念ながらどうにも否定できなくてねえ』
【二ヶ月前】。
からの、
【行方不明】。
『そういうわけだ。各地の神社庁とも連携しているが、現状決定的な事実が明らかになっていない以上、異世界転生課が公的に可能なアプローチは限られている。うちらはあくまで世界と世界を繋ぐ業務の公務員であって、宗教行事を執り行う神職の人間ではないからね。管轄、領分の違う分野は如何ともし難い』
「正式な調査協力要請は無いと」
『向こうさんにも面子やら立場ってものがあるからなあ。ただでさえ異世界転生課は、“神様と接する”ことについて本職の権威を損ないかねないし』
異世界転生課は業務の性格上、創造神に留まらず他様々な神々と交流を持ち、言葉を交わす。
何の神秘性も、特別な血筋も、経験や研究、信仰を持つこともなく――審査に面接、研修といった実にあたりまえの段階を経たぐらいのもので。
それは、元々その役割を担い、いくつもの手順を踏む過程と覚悟の上で行ってきた神職の立場からすれば、やはり田中たち、【信仰ではなく、公務として神と付き合う連中】の印象は複雑なのだ。
口さがなく言っしまえば、『本来自分たちのものであった領分が侵されている』のだから。
『歯痒いが、難しい。異世界転生課と世暦神社庁の関係の面倒臭さは、もうかれこれ三世紀続く筋金入りだ。一朝一夕でどうにかなるもんじゃあないさ』
「……天照大神様は。あちらの神様であるのと同時に、異世界転生課の責任者です」
『勿論。こちらとしても、無関係では断じて無い。無いが、今はこれ以上の規模で解決に乗り出せない。申し訳ないが田中くん、君だけが頼りだ。僕個人の裁量でやれるだけのフォローはする。【松衣の幽霊城】――その奥にまで、踏み込んでみてくれ。ただし無論、』
「度の過ぎた無茶だけはしないように。……わかっていますよ、精々おっかなびっくり怯えながら、肝試しをさせて頂きます。幸いに明日からは、腕も立つし器量もいいボディーガードが付きますので。今日より強気で大胆な調査のほうに乗り出してみますから」
『――成程。それは心強いですね、田中さん』
肝試しで心底驚かされた時のような声が出た。
「すっ、く、く、っく、工藤さんっ！？」
『どうも私です。今晩は私、課長と共にこの一件についての作戦会議をしておりましたところで。しかし慣れませんね、小洒落た雰囲気のバーというのは。フードメニューにジャンクさも火力も足りません。キープしているボトルも一人で空けると勿体無いし味気ない。……どうしてこんな夜にいてくれないんですか、貴方は』
「あ、え、えと、うん、それは、どうも、申し訳ないね……！？」
驚きと混乱のせいか、何とも理不尽な悪態にも関わらずぺこぺこと一人電話の向こうに頭を下げてしまう田中。
『課長から聞きました』
「え、」
『悪い癖が、出かけたとかで』
一気に血の気が引くのを感じる。
魔が差しての暴走を目撃された瞬間のような――目敏い先輩にまずいところを見られた後輩みたいな、罪悪感。
『田中さん』
「――」
『此処は、そんなに退屈ですか？』
「――」
『私の相手は、御不満ですか？』
『――』
『今その手にあるものが、どうなってもいいと思うほどに？』
深呼吸。
逃げられはしない、隠れも出来ない。
同じ世界にいる以上。
向き合わず、無視していられることじゃない。
『足りないものがあるのなら。胸に抱えたままでなく、どうぞはっきり仰ってください』
「きっと、お土産を買って帰るよ」
松衣、観光、宿場町。
今日、聞き込みを続ける中で。
ガイドブックの常連に、隠れた穴場の名店も、いくつも候補を見つけてある。
「謝罪と弁解は、その時に改めてさせてくれ。……ありがとう。事件の内容が内容だからかな。ちょっと、よくない熱が入ってた」
『了解しました。楽しみにしておきますので、そちらもお覚悟の程をよろしく』
「うん。あらかじめ、酔い潰される準備もしとくよ」
『グヤンヴィレド――オウルにも言っておいてください。くれぐれも、ご主人から目を離さないようにと。尤も、彼ならばもう薄々、あなたの危うさには勘付いているかもしれませんがね、田中さん』
電話を終え、少しだけ旅館の中庭に出た。
夏といえども、夜は冷える。
池に映った己の顔を、田中は暫し眺めていた。
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