プロローグ:02【出逢い、世界の変わる相談事】
朝礼を終え、各自が各々の持ち場に着き、準備を済ませて開庁。
田中が座ったのは【萬相談窓口】一番の席だった。
慣れた業務ではあるが、いつも朝のこの瞬間、新しい仕事が始まる時は得もいわれぬ緊張がある。
無理もない。自分の、萬相談窓口の業務は、大袈裟な誇張などでは決して無く、これからの相手の人生と世界を左右する。
それを思えば、気が引き締まる思いがある。朝の、本来はこの世界に存在しなかった少女の顔を思い出し、より一層意識する。
世界と世界と世界の為に。
それが“出る”にせよ、“来る”にせよ――【遠き地の異邦人】に、涙を流させぬ為に。
そこに、笑顔がある為に。
≪一番の札でお待ちの方、一番の窓口までお越し下さい≫
アナウンスが響き、案内板に電光表示が映し出される。
今日の最初が、すぐそこに迫っている。
(――――よし)
もう何度目かの、この職場での春。
どれだけの案件を繰り返そうと慣れも油断も出来ない仕事に、田中は密かに、今日もまた、強い覚悟と、信念を以て臨む。
田中は立ち上がり、自らが先導となるように、そして、緊張と不安を抱いているであろう誰かを安心させるように、柔らかな笑顔を浮かべて手を上げた。
瞬間。
ひとつの【物語】は。
ひとつの【世界】は。
予告も無しに、開幕する。
まるで、有り触れた、地続きの日常のように。
「あのッ!!!!!!!!!!!!」
フロアが。
一瞬、静まり返るほどの、声だった。
切迫し。
緊迫し。
差迫った、焦りの声。
「本、日は、ひっ、とつっ! 相談したいことがあって参りましたっ!」
足早にやってきた。
早足で近付いてきた。
目線は足元。
表情は伺えない。
おやと思うことがあるならば、
その服装がなんともどうにも、
異世界的だなということで。
「はい。大丈夫ですよ。ゆっくりとお聞かせ頂きますので、落ち着いて、ゆっくりと、お話しくださいね」
聞いてなどいなかった。
届いてなどいなかった。
その人は机に勢い良く手を突いた姿勢で、息も荒く俯いており、ブツブツと何か、聞き取れないながらも何らかの言葉を繰り返し、
突然、その顔を上げた。
そこで初めて、ようやく田中は、相手を真正面から見れた。
あったのは、思わず息を飲みそうになる女神の如き美しさ。
そしてそれを台無しにする焦りと混乱に強張りきった表情。
彼女は。
周囲の驚きも困惑も場所も状況も何もかも、
構わずに叫んだ。
構う余裕など、そこには無かった。
「私、創造神なんですけど! 人間の方に、自分の世界へ転生って、どうすればして頂けるんですか!?」
テンパり、十割。
恥も外聞も遥か彼方にすっ飛ばした、それはそれは清々しい、腹の底からのド直球お悩み相談。
開け放たれた窓の外には春がある。
出逢いと始まりと、変化と挑戦の季節に、今、人知に負えない無理難題が世の片隅で放たれた。
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世暦二百九十九年。
【異世界和親条約】成立から早三世紀弱。
人が他の世界へと移住することが、手軽で人気で当たり前に――役所の取り扱う業務の一端として、普通に認められた現代。
人と。
世界を創りだす創造神との距離が、かつてとは比べ物にならないほど身近になった、“広さ”と“多さ”の新時代。
地方市役所の異世界転生課で、萬相談窓口に勤める男、田中。
何の変哲も無い只人間である彼に、かくして、神様の神様による神様的な、前代未聞の爆弾が投げつけられたのだった。
そう。
つまり、忘れてはならない。
どれだけ距離が縮まろうと。
ユーザーフレンドリーになろうとも。
神とは元来人間に、
試練を齎すモノである。
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【プロローグ】
【境界線上の公務員、了】
【続――――第一章】
【公務員と創造神】