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第二章:06【田中ドキドキガールズトーク】



 かくして。

 異世界転生課職員田中の、それなりに平穏な木曜日は終わりを告げる。


「あら。どうもこんにちは、田中さん」


 ころりと動じた。

 それもそうだろう。

 今日の訪問は予定に無かった。この二月ほど熱心に打ち合わせを重ね、連絡を密にし、二人三脚が出来てきつつあると思っていた田中にとって、こうした不意打ちはまったくの予想外で。

 してや。


「失礼します。本日は、異世界コンサルタント係の工藤様に用件がありますもので」


 元来。

 そう太いほうでもない彼の肝とデリケートな胃腸が、その一言と目の前を通り過ぎる女神のお辞儀でブレイクした。


 何か。

 何かとんでもない失敗をやらかしてしまったのだろうか。毎週土日顔を合わせている時はいつも元気で笑顔だったが実際の内心では気分を害させてしまっていたのだろうか。この間の言い方がそういえば配慮が足りなかった気がする。レポートでの指摘も過度に論い急かしてしまう文面であったような。


 何だ。

 何だ。

 何なのだ。

 自分は一体、何をしてしまったのか。


 不安が不安を呼ぶ堂々巡り。迷宮に迷い込んだ思考がいつもは気にもしない影に怯えては、その奥に本来なら入りきりもしない魔物を勝手に創り出し、自縄自縛のドツボに嵌る。


 それほどのダメージを、悩みを発生させてしまう程度には凄まじいパワーを持っていた。

 女神の冷静に落ち着いた態度と、自分以外を尋ねてきたという事実は。


 しかもその相手が、敏腕と名高い異世界コンサルタント。

 ――どういった異世界が人気を取れるか。人が求めるか。どのように改善すれば、成果が上がるか。


 今、女神に必要な異世界創造のあらゆるアドバイスを、田中よりも余程的確に知り尽くしている相手となれば、千々に乱れずいられるものか。


「……失望。憤慨。クレーム。問題。訴訟。担当変更の申請、公式の謝罪沙汰、懲戒解雇待ったなし……」


 止め処なく溢れ出すマイナスフレーズと冷や汗。

 工藤に連れられて別室へと席を移す女神を、そわそわを遥かに通り越したガクブルで見送る田中の様子を、


「いやあ、青春だねえ。青春はいくつになっても青春だねえ」


 フロア巡回中の課長が、ほっこりとした生温い眼で楽しんでいる。

 


                 ■■■■■



 異世界転生課、異世界コンサルタント用の別室にて。


「成程。そういう御用件でいらっしゃいましたか、女神様」

「はい。それで、その、工藤様……わ、私の考えたことは、」

「ええ、どうぞ御安心ください」


 力強い言葉と笑顔。

 その頼もしさに女神の頬が緩んだと同時、


「ヤバすぎます。ぶっちゃけそれ異世界和親条約の中でもとびっきりの禁則でして、実行はもとより持ち掛けた時点で準一級神罰が成立した実例さえございます」

「ひゅえぇぇぇぇぇえぇッ!? え、あ、わ、わ、私、えっ!? そ、く、工藤様、私はそのそんなつもりじゃ、ご、ごめんなさいごめんなさいすいません訂正します! 無しです無しです今の無しです、そう出来たらいいなって思っただけでまさかそんな大事だとは露とも知らず、」


 弁解の言葉に、針刺すように差し込まれる。

 追撃が。


「当然、知らなかったから許される、というレベルの話には収まりません。そういった要素を盾に減免を勝ち取ろうとしたケースがね、それはもう世歴制定直後に頻発して数多の異世界が大いに乱れた、ということもご存じ無い? そうですよね、堪りませんよね、参りますよね困ります。何処の神様も、招こうと思っているのはか弱き子らなわけですから。せっかく丹精篭めて創り上げた自分の庭を、紛れ込んだ猛獣に荒らされたいと思う方などいらっしゃいませんもの」


 見る見る青ざめる顔色。

 眉は寄り、口元が覚束なくなっていく。


「故に、この罪状は認識の有無、故意か過失か事故かの事情に関わらず裁かれることになっているのです、残念なことに」

「あ、あ、あわ、あわわわわひぇぇ……! う、ううぅ、わ、私、それじゃあ一体どうなってしまうのでしょうか……!?」

「どうもなりませんよ?」


 感情豊かな女神ならずとも。

 呆気にとられる、激しい転調。


「ええ、確かに女神様、貴女様が人間に持ち掛けたのは、やってはならない違法です。あってはならない反則です。――しかしそれは、それが本当に、“そうだ”と認められた場合の話です」

「……? え、えっと、工藤様……?」

「お任せください。えぇそれはもうお任せください。私は異世界コンサルタント、人であれ神であれ亜人種の方々であれ幽鬼・怪奇の類とて、相応しき者を相応しき世界へと御案内するのが私の仕事。その一環として――異世界コンサルタント連盟加入者のうち、一握りの者たちのみが共有を許されているネットワークデータベースを参照とする異世界の紹介や、信頼された免許所持者に資格が与えられるオープンワールド(・・・・・・・・)への受付代行も随時承っておりますとも」


 漲る力。

 女神の目に、再び熱が宿っていく。

 輝きが、その奥から光り出す。


「物事には多様なる側面がある。事実は見方でいくらでも変わる。こと、こうした場所に勤めておりますとね、それがもうわかって仕方がありません。故にもう一度申し上げます、女神様。どうぞ御安心ください(・・・・・・・・・・)。貴女の要望、貴女の冒険、貴女の勇気、貴女の決心――たとえそれが本来許されざるものであろうとも。この工藤、自らを名指しで訪ねてきた来客を何にも導かずに帰すことなど断じてありません。きちんと正面から、正式に、正当に、正解の方法で、無茶無謀が罷り通る口実を、着飾らせて頂きますわ」

「――工藤、様」

「どうぞよろしくお願い致しますね、女神様」

「あなたって、とてもいいひとで、わるいひとなんですね!」

「うふふ。創造神のお墨付きを頂けるなんて、私にもまた一つ、経歴に箔が付きますわ。では一緒に――存分に、あの朴念仁を困らせる作戦を練りましょう」

「おーーーーっ!」

 

 女性陣は盛り上がる。

 扉を隔てた向こうのフロアの、その当人の胃痛を知る由もなく。



                 ■■■■■



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