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第一章:08【そして、創世は始まった】


 首が向いた。

 眼を丸くした。

 口が開いて、

 頭が下がった。

 耳が、ずっとぴくぴくしっぱなしだった。


「たっ、たたたたたたたたたたたっ、だっ、タ゛ナ゛カ゛ッッッッ!!!!」


 昨日と同じスーツ姿の、自分が手を引いている最中にこの世界から掻き消されてしまった相手を見た瞬間、天使は驚くのと笑うのと安心するのと強張るのがいっぺんにきたちぐはぐ(・・・・)な表情をした。


「い、いや昨日はな、うん、その、自分にも落ち度があったと認めざるをもしかしたら得ないかもしれないな? タナカにも我が女神にも、もしや取り返しのつかぬことをしでかしてしまったのではないかと考えていたものなのだが、ぁ、ぁは、ははははは、まぁまぁよかったよかった無事ならそれで! それに君も君だ人が悪いぞ、代わりの身体で来ているなら早めに言っておくべきだろう! まったく、自分が昨日どれだけ焦ったと思ってる! 以後このようなことがないように十分そちらも気をつけるよう、」

「天使?」

「誠に申し訳ありませんでしたッ!!!!!!!!」


 一言からの反応(レスポンス)が、それこそ秒を切っている。

 反射的な低頭。定規で測ったみたいな角度。

 スイッチでも押されたように、天使は田中に謝った。


 ……二人が揃っている状況は初めてだが。

 なんとなく、女神と天使がどのような関係なのかわかった気がする。

 

「す、すまなかった、迂闊だった、謝って済むことではないとわかっている、自分も覚悟はしてあるさ、いざ相応しい罰を与えろ、なんなりと好きにしろ……!」


 断っておくと、女神は意地の悪い天使に対して、威圧めいた態度を見せたわけではない。

 ただ、ほんの少し。

 悲しげなふう、不安そうな声を出しただけだ。

 それだけで何もかも察し、最大速度で動いた。

 女神の望む方向へと、全力で自らを修正した。

 その愛たるや、過保護たるや、並大抵のものではない。


「も、もう、天使ってばっ。今日はそういう用件で来たんじゃないからっ。そ、それに田中さんはそんな、恨みとか罰とか思ってません!」


 慌てたように焦るように、天使と田中の間で視線を往復させる女神。

 フォローはありがたい。誤解はこじれぬうちに解くに限る。

 ただ、どことなくそれ以外のニュアンスがあったような気がするのは田中の気のせいだろう。

 ともあれ。


「はい。今日私は、自分の所属する役所へ正式に要請を出し、それが承認された結果、異世界転生課の職員としての――責任を伴ってここに来ています」

「異世界転生課の、職員として……?」


 同じ質問を、さっきからずっと女神も考えていたに違いない。

 彼女は天使の質問に、我が意を得たりと頷いた。


「そのお話をする為に。こちらおかけしてもよろしいでしょうか?」


 先日の訪問を受けて用意されたらしい、来客用のソファ。示されたそれに、天使と女神が揃ってぶんぶんと首を振る。


「女神様。こちらを御覧頂きたい」


 鞄の中から取り出した資料。

 言われるがまま、対面に座った女神がそれに眼を通す。

 呼吸だけの、静かな間。


「……はい。読み、終わりました」

「これを、して頂くことは出来ますか」

「……、」

「わかっています。今、自分が何を口にしているのか」


 腿に手を置き、背筋を伸ばし、視線は真っ直ぐ、相手の目を見る。

 田中は、女神と向かい合う。


「要するに。私は今、貴女に――『世界を壊せ』と言っています」


 その言葉に。

 女神より、天使が劇的に反応した。

 来客用にと用意しかけていた紅茶を、トレイごと引っ繰り返す。

 嫌な音。

 針の刺すような、空気。


「失礼を承知で申し上げます。このままでは、この世界は、どこにも行けない。……あなたに、どれほどの思いが、願いが、夢があり。あそこに篭められていたとしても。まず、そこを否定しなくては、何も始まらない」

「おい、タナカ!? おまえ、一体何を、」

「申し訳ありませんが」


 干渉を、断ち切る口調。


「今は、私と女神様が話をしています。口を挟まないで頂きたい」

「…………っ、わ、我が女神!」


 助けに入るように、或いは助けを求めるように、天使は女神を見る。

 果たして。

 女神は、心、此処にあらずといった表情で、目の前にいる田中でもない、どこか、真っ直ぐ前を向いたまま、余所のほうを見ていた。


「如何なさいますか、女神様。私は、異世界転生課の異世界派遣調査員であり、相談窓口担当勤務の人間です。こちらから申し上げることの出来るのは、提案まで。そこから先、どうなされるかを決定するのは、あくまでもあなたです」


 その。

 空ろな様子に向かって、田中は話す。

 話を、続ける。


「嫌だと思えば止めて結構。あなたの思う、あなたの守りたいものの、その全てを私は知っているわけではない。もしかしたら私の提案は、あなたの心の中にある真に侵してはならない領域に踏み込んでいるのかもしれない。であれば、躊躇うことはない。人間風情が調子に乗るなと、一言言って下さればいい。私は心より謝罪し、別の方法を考えるでしょう。また、ご希望であれば、私よりも余程優秀な、他の者を担当に変えることも出来る限り検討を、」

「いえ」


 漏れ出たものは、返事ではなく。

 彼女が。

 自らの内から、掘り出した解答(もの)


「ありがとうございます、田中さん。私はあなたに――教わってばかりです」


 感謝のように、合わせた手を。

 女神が開いた、その間に現れた。

 不思議な質感の、一枚の紙。

 机の上に《《ふわり》》と舞い降りたそれに、女神が手を添えれば、そこに立体映像のような、球体が浮かび上がった。


「……【世界球】」


 田中も、実物を見るのは初めてだった。

 それは、創造神のみが扱う事の出来る――世界の縮図で、設計図。

 おそらく永劫人智の及ばぬ、遥かに遠き神秘の真髄。


「やります、私」

「……いいんですね」

「はい。昨日、あなたに言ったことは――あなたのおかげで言えたことは、決して、嘘なんかじゃあありませんから」


 世界球へ。

 たおやかに、その指が触れる。

 そこで行われていること。それが働きかけていることには、田中の理解は及ばない。


 けれど、この世界の一部であり、女神とも深く関わりを持つ天使には何かがわかるのだろう。

 主のやっていることを、彼女は、息を飲んで見守っていた。


 やがて。

 その指が、世界球から離れた。


「――終わりました」


 時間にして、一分にも満たなかった。

 だが、そこに起こった変化は、去来したであろう万感は、決して軽いものではない。


「……あの、田中さん。間違いなく、ここに書かれている通りには出来ました。でも、こんなことを言うのは恥ずかしいのですけれど、私、自分が何をやったのか――これで何がどうなったのか、ぴんと来ていないのです。申し訳ありません、何分、不勉強なもので、」

「知らないことは、学べばよろしい」

「、」

「わからなかったことを知り、やったことのないことをやる。これ以上に楽しいことは――――どんなに異なる世界だろうと、そうそうございませんよ」

「……楽、しい?」

「何よりも、大事なことです」


 田中は。

 そう言うなり立ち上がって、そして、扉の前に行った。

 そのノブに、手をかけた。


「タナカッ!?」


 突然の行動に困惑するのは天使だ。彼女は、昨日、それで何がどうなったのか、現場で、当事者として体験している。

 それを開けたら。

 その先は。


「そうですとも」


 止める間もあらばこそ。

 天使と女神の困惑を余所に、田中は一切の躊躇無く、

 異世界への扉を開け放った。



                 ■■■■■



「楽しさがあると信じるからこそ、行動出来る。新しい場所へ、踏み出せる」


 そして。

 今、ここに繋がった。


「尊敬する上司の言葉です」


 室内に。

 その時ふいに、風が入った。

 外からの息吹。

 澱んだ空気を一掃する、それまで無かった、通り道。


「――――な、」


 天使は、信じられないものを見る眼でそれを見ている。

 昨日は。

 その瞬間、この世から消え去ったはずの青年が。

 今日は、何も変わらず立っている。


「四大元素分類法、五行連環組成法――――ウチの世界の配合ならば、窒素八割、酸素が二割。先程、女神様にはそのように、この世界を【再創造】して頂きました」

「……あ、」

「申し訳ありませんが、世界を限り無く清浄に保つ為の純エーテルは、要りません。差し出がましい指摘ではございましたが、何分、あのままでは何処の世界からも、他の転生者を招くことが出来ませんので。……いやあ、それにしても良い景色(ながめ)だ。ここの異世界転生課は、高台の上にあったんですねえ」

「田中さん」


 手を額に当て、外を見渡していた視線を戻す。


「あなたは、ここを、」

「沢山の客で、賑わしましょう」


 屈託の無い笑顔。

 迷いの無い言葉。


「誰もが転生したくなるような、魅力ある世界。“異”世界としてではなく、自分の住むところとして、愛される故郷。そのような地を創るお手伝いを、不肖、異世界派遣調査員・田中がさせて頂きます」

「――っ、」

「作業は地道で、膨大でしょうが。それ自体も、その先にある結果も、楽しんで参りましょう、女神様」

「……はいっ! どうか、どうぞ――ふつつかな女神ですが、よろしくお願いします、田中さん!」


 そうして。

 創造神が公務員に、全力見事に御辞儀する。


 本当に。

 なんとも奇妙であべこべな構図だが、この場でそれを笑うものは誰もいない。ただ、二人を横から見ていた天使が、一人、俯いて涙ぐんでいる。


 かくして。

 一介の地方公務員田中と、誰もいない世界を治める創造神は――

 ――地を幸福で満たす為、思考錯誤を開始する。


「そうですねぇ。これはごく個人的な意見なのですが――やっぱり、ここにしかない特産なんかも、バッチリあると嬉しいかなあ」


 田中が冗談交じりにそう言うと、女神は大きく頷いて、早速それをメモに取った。



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【第一章】

【公務員と創造神、了】

【続――――第二章】

【公務員と皇帝陛下】

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