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「中学生以下の携帯電話の使用を禁止……」
「ハンデだ。好きなほうを選んでいいぞ」
そういって不敵な笑みを見せる先輩たち二人の態度を見ると、どうやらどちらを選んでも勝ち目は十分にあるフェアな論題なのだろう。
ということは、本来ならば俺とテツでも彼らに勝つことが出来る論題なのである。
勝てるはずなのに。勝つヴィジョンがどうも見えない。
「……分かりました」
俺より先にテツのほうが覚悟が決まったようであった。というかテツにしては珍しく、やる気に燃えているようなそんな雰囲気が漂っていた。どうしてなのだろうかという疑念が俺の脳裏を掠めたが、それよりもまずは返事だろう。
「じゃあ、胸を借りるつもりで挑ませてもらいます」
とりあえず口調は威勢よくしてみた。何となく格好を付けたくなったからだ。テツの前では格好を付けたいという心理がどこかにあったのかも知れない、だが自分の気持ちをこと言語化しようとしてみるといまひとつ分からない何かがあった。
それよりもはっきりしている気持ちがある。ほんの少しだけ、先輩とディベートをするのが楽しみなのだ。
「で。とどめはあ携帯電話禁止は反対したほうがいい派か」
「そりゃそうだろ」
俺たち二人は反対派に回った。
俺は半分以上確信していた。流石に中学生以下でも携帯電話禁止は、向こうが不利だろう。小学生でも不利かも知れない。
何故なら、禁止をしていい理由が全く思いつかないからだ。
「一応聞くけど、テツは逆の意見なのか?」
「いやまさか。俺もまあ、どう考えても携帯電話禁止はやりすぎだろって思ってるんだぜ? でもよ」
久しぶりにテツのだぜ口調を聞いた気がした俺は、テツに「どうかしたか?」と言われるぐらいに覗き込んでいたらしい。「いや、何でもない。続けてくれ」と先を促した。
「携帯電話を禁止しちゃいけない理由ってなんだろうな?」
「そりゃ個人の自由の権利だろ。あと安全」
「安全ねえ」
ふわっと考えを二人で纏めていく作業。
論題発表から数十分、準備時間が与えられる。NAスタイルの今回だと二〇分だ。二〇分あれば大体色んなことが思いつくなあと俺はぼんやり思った。
鉛筆の音がする。思いっきり先輩二人がメモを書きなぐっていた。
「……なあテツ。あれぐらい書き殴らなきゃいけないってことなのかねえ」
「……とどめ、一応自分たちもメモ作ろうぜ」
「ああ」
流石に危機感を覚える。先輩たちがあれだけ真剣、かつ必死な姿を見せるとなると、ちょっと後輩としてはもっと頑張らねばまずいのではという意識が沸いてくる。
ならば整理だ。
真面目にメモに向き合う。そして自分の中のアイデアをとりあえずアウトプットさせていくことにする。
先輩はまず何と言っていたか。
(リーダーは立論。そう言っていたな)
立論は三原則あったはずだ。SQ・AP・正当性とかあった気がするが、そっちじゃないほうがあったはずだ。確か主張・理由・例だ。
主張。~~から、という形で書き落とせるものらしい。
中学生以下の携帯電話を禁止してはいけない。何故か。何故ならば。
携帯電話がないと犯罪に巻き込まれたとき助けを呼べないから。携帯電話がないと友達とのやり取りが不便だから。携帯電話がないと計算機やアプリやその他諸々が失われて不便だから。
ぱっと思いついた主張が三つだった。そのうちどれが使えそうなのか分からないので、どれも主張してみる作戦で行こうと思う。
(まずはフォーマットに落として……)
主張:携帯電話がないと犯罪に巻き込まれたときに助けを呼べない
……理由:身近に公衆電話などがないから
……例:ちょっと遠くの塾帰り(夜遅い、帰り道が長い、けど道中に公衆電話とかがない)、など
主張:携帯電話がないと友達とのやり取りが不便になる
……理由:皆携帯を使っているから
……例:風邪で休んだ日の宿題、今度遊ぶ予定、など
主張:携帯電話がないと色んなツールが失われて不便
……理由:
……例:計算機やアプリやその他諸々、など
ざっと思いついたのがこの三つか。多分おおよそこれであっているはずだと思う。自分でもこれで上出来だと思う。
そっとテツの肩を叩いてこの考えを見せてみる。テツは「ああ、同じこと考えてた」とメモを手渡してくれた。そこには同じようなアイデアが三つあった。
「じゃあ俺がなるべく全部言うわ。言い零した部分をテツが拾ってほしい」
「おう、いいぜ。でもなるべく全部言えよ」
「まあな」
そう軽く返すが、ちょっと全部言い切る自信はない。あの先輩の反論をしなくてはならないのだ、時間がいっぱいいっぱいになるのではないかという予感が拭えない。
とく先輩。
あのダイナミックな語り口調の先輩。しかし一方でアキラ先輩ほど緻密で論理的というわけではないはずだ。そこが狙い目のはず。イメージトレーニングで、とく先輩の後を引っくり返す自分の姿を想像する。
時間が足りない、いや、何とか間に合わせてみせる。
(……本当にそうか? とく先輩はアキラ先輩ほど緻密で論理的ではない、というのは思い込みじゃないのか?)
一瞬だけそんな言葉が浮かんだが、そんなことを気にしても仕方がないとメモ作りに励んだ。
時間が刻一刻と迫る。
俺は書いた。自分の立論を書き殴った。
そうだ、立論は思い切りぶちまけろ、だ。
迷う時間はあまり無い。ならば今自分が出来る最善を尽くすのみ。
「そこまで!」
とく先輩の声が響いた。
「最後になって焦りだしたな。どうした、とどめクン?」
「いえ、最善を尽くすのみです」
「そうか」
ふっと、微笑んだとく先輩は前の教壇へと上った。そして真っ直ぐとこちらを見据えて「じゃあ、いくぞ」と俺とテツに向けて言った。
今からディベートが始まる。
俺は急に緊張が走ったのを自覚した。