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トドメの哲! ~ディベートで青春を!~  作者: Richard Roe
2:即興ディベートと立論 ~中学生以下の携帯電話の使用は禁止されるべき~
5/10

「待たせたな。俺だ」


 ハードボイルドな声で現れるアキラ先輩、何やっても様になるイケメンボイスはやはりずるいと思ってしまう。「ああああ、待ってました! もう一回お願いします!」とかテツがうるさい。

 とく先輩は苦笑しながら「早くしたまえ」と先を促している。それを受けてアキラ先輩はすっと身を正した。


「さて、俺は長い間とくのメンバーを務めてきた。メンバースピーチについては彼女より百日の長があると思う。そんな俺が語るのはこれだ」


 メンバースピーチの役割。

 賛成第二スピーカー:Member of the Government/Deputy Prime Minister(与党メンバー/副首相)

 ……反論、再反論、立論を担う。

 ……パートナーの補強も行う。比較などがあるとなお良い。

 反対第二スピーカー:Member of the Opposition/Deputy Leader of the Opposition(野党メンバー/野党副党首)

 ……反論、再反論、立論を担う。

 ……パートナーの補強も行う。比較などがあるとなお良い。


「立論、反論、再反論。このややこしい三つを改めて整理しよう。補強とか比較はまあ、今はメモするだけで良い」


「はい」「はい」


「まず立論」


 例題:制服を廃止すべき

 賛成派主張:制服を着たくない生徒が困る

 ……理由:制服により表現したいものを表現できないから

 ……例:インド民族性をサリーで表現したくても出来ない、など


「立論は主張、理由、例、の三つで成立すると思って欲しい。プレゼンテーション技法のひとつにAREA構成というテクニックがあるが、Assertion(主張)、Reasoning(理由)、Example(例)、Assertion(主張再び)という伝え方は受け手に分かりやすい。というように、主張、理由、例、を意識して立論をしてもらいたい」


「はい」「はい」


「立論における主張は、~~から、の形式に落とし込みやすい。制服を廃止すべき、何故なら制服を着たくない生徒が困るから、というようにな。……そういう大きな目で見ると、主張も理由の一種とみなせるだろうな」


 そこまで言ってアキラ先輩は「まあいい」と切り上げた。


「とにかく、『制服を廃止すべき』賛成なら、その賛成の主張(制服廃止賛成です。~~だから)、理由(『主張』の論拠、不要な場合もあるが大体入れたほうが良い)、例(具体例、大体入れたほうが良い)を意識してもらおう」


「はい」「はい」


「では少し、良い例悪い例みたいなものを挙げておこう。……本来、ディベートに言いも悪いもないのだが、参考程度にしたまえ」


 アキラ先輩はそういって、黒板に『独断で決めた良い立論構成、悪い立論構成』と書いた。

 例題:制服を廃止すべき

 ◆良い立論構成

 ①

 賛成主張:制服は筋トレにつながるから

 ……理由:制服の重さは普通の服より重い

 ……例:普通の服よりボタンが大きい、生地も分厚い、など

 ◆悪い立論構成

 ①

 賛成主張:制服は人の自由を侵害するから

 ……理由:自由は大事である

 ……例:衣食住の自由

 ②

 賛成主張:そもそも教育は自由であるべきだから

 ……理由:人の自由な思想によって社会は発展してきた

 ……例:古典自由主義者ジョン・ロック

 ③

 賛成主張:制服は軍国主義の発想であるから

 ……理由:デザインが軍服由来だから

 ……例:


「先に言っておこう。私は制服が断じて筋トレにつながるとは思っていないし、それがこのほかの三つの主張よりも優れているとは思わない。構成上の問題で、筋トレ立論が優っただけだ」


 そりゃそうですよね。俺はそう思った。


「悪い立論構成①からいこう。これ自体は別に悪いというほどでもない。だが構成のせいで結構脆弱な理論に見える。何故かわかるか、とどめ」


 脆弱な理論に見える。何故か。そんなことを急に聞いてくるアキラ先輩だったが、残念ながら俺には分からなかった。


「え、何ででしょう……自由を侵害って大げさだからですか?」


「惜しい……じゃあ、テツちゃん」


「はい。制服が自由を侵害する理由が分かりません」


「正解」


 黒板に続きが書かれた。

 賛成主張:制服は人の自由を侵害するから

 ……理由:自由は大事である ←(自由が大事である、だから何? 自由が大事だったら制服は人の自由を侵害するのか?)

 ……例:衣食住の自由 ←(自由が大事である例を出されても困る。制服が自由を侵害する例を出すべき)

 書きながらアキラ先輩は「理由はあくまで主張の理由だ。自由が大事であるとかはどうでもいい。理由にこういう謎理論をぶっこむ奴は大体、ヒステリックな奴らに多い」と切って捨てていた。


「この悪い立論構成①を改善するのは簡単だ、何のことはない、理由が要らなかったのだ。理由が不必要だったというレアケースであった」


 賛成主張:制服は人の自由を侵害するから

 ……理由:

 ……例:着たい服を着る自由、着たくないものを着ない自由など、が侵害される。


「では次に悪い立論構成②。そもそも教育は自由であるべきだ。これは実はむしろ良い立論だろう。しかしかなり弱い。説得力はかなり薄い。分かるか、とどめ」


「えっと、いやロックと制服関係ないでしょって感じですか」


「まあ、正解だ」


 賛成主張:そもそも教育は自由であるべきだから ←(そもそも教育は自由であるべきだから、じゃあ制服を廃止するのか、時間割を廃止するのか、必修五科目制度を廃止するのか、よく分からない)

 ……理由:人の自由な思想によって社会は発展してきた

 ……例:古典自由主義者ジョン・ロック ←(関係ない)


「そもそも教育は自由であるべき、などのこういう美しい理屈を述べていると、だから何? という疑問に殺される。教育が自由であるべきだから、じゃあ何故制服なのか、の説明にはなってない。こんなことを言い出したら何でもかんでも自由にしないといけなくなるのだ」


「なるほど」「はい」


「もちろん、何故制服なのか、という理由を述べている立論と一緒に、そもそも教育は自由であるべき、という主張をするのならば全然大丈夫だろう。それはむしろ俺たちもよく使っているテクニックだ。まあ今は覚えなくていいがな」


 少し逸れた話を戻しつつ「さあ、最後だ」とアキラ先輩は語った。


「悪い立論構成③。制服は軍国主義の発想であるから。これは何だ? とどめ」


「えっと、例がない、ですか?」


「まあ、それもあるが。それ以外だ」


「……えっと、別にいいじゃん、みたいな」


「……ちょっと惜しい。じゃあテツ」


「はい!」テツは自信満々に口を開いた。「軍国主義の発想だからどうして廃止なのかが分からない、です」


「正解だ」


 賛成主張:制服は軍国主義の発想であるから ←(制服は軍国主義の発想であるから、だからどうなのか。だから褒め称えたいのか、だから禁止したいのか、だからダサいのか、が分からない)

 ……理由:デザインが軍服由来だから

 ……例:


「軍国主義、というと無意識のうちに悪いことのように扱いがちだが、これは非常に危険な思想だ。何故悪いのか、という理由を説明しない理屈は説得ではない、洗脳だ」


「えっと、じゃあどうすれば改善できますか?」


「こうすればいい」


 尋ねるテツに、修正版を書いてみせるアキラ先輩。

 賛成主張:子供を軍国思想に順応させてしまうから

 ……理由:制服はデザインが軍服由来という、軍国主義の発想の産物。毎日それを着ていると、軍国思想に順応してしまうから。

 ……例:


「これでもなお少し疑問が残る。子供を軍国思想に順応させることは悪いことなのか。『良い!』『悪い!』という個々の価値観は数あるだろう。それでもまあ構成としては分かるようになった」


「なるほど」「……悪いんじゃないですか?」


「まあそれはどっちでも良い。良い悪いを判断するのは個人もしくは法律だ。それを人に押し付けることは良くない。せめて、理屈で説得すべきだ」


 手に付いたチョークを払いながらアキラ先輩は、「さて、ここまでは分かっただろう。次は反論に移ろう」と咳払いした。


「反論は主張か理由を切れ。以上。再反論も、反論の主張か理由を切れ。以上」


「えっ」「えっ」


「それよりディベートだ」


 明らかに雑になっている。多分疲れたのだろう。「また今度教える、こっちはディベートをしたい」とかわがままを言い出すこの人は、何と言うか自由な人だなと思ってしまう。

 とく先輩に注意してもらおうか。

 そう思って彼女を見ると、なんと彼女も「ディベート!」と飛びついていた。犬かよ。


「実際にディベートをしてみるほうがいい。一日にたくさん教えすぎて詰め込みすぎても成長しない。むしろ実践を通してゆっくり身に着けるものだ。こういうものはな」


「まあ、そうですけど」


 何というか、理屈は分かるのだが、単にディベートをしたいだけではないのだろうか。アキラ先輩もとく先輩も両方とも、何というかディベートジャンキーなところがある。面白い人たちだと思う。


「さあ、ディベートをするぞ。チーム分けからだな」


「はい、私アキラ先輩と組みたいっす!」


 私。一瞬テツから私という言葉が聞こえてびっくりしてしまった。何度か聞いているのだが未だに聞きなれない一人称だ。いつもは俺と言ってるくせに。

 とく先輩はそんなテツに、ちょっと待ってと手を挙げた。


「いや、君たち二人の練習だから、私はあきらクンと組むよ。君たち二人で組んで欲しい」


「えっ」「えっ」


 それってつまり。

 俺とテツが組んだ場合、相手はとく先輩とアキラ先輩だ。明らかに負ける。体の良いサンドバッグではなかろうか。


「さて、そろそろ鬱憤を晴らさせてもらおうか!」


「ちょうど色々溜まっていたからな」


 鬱憤晴らすとか言ってるし。俺たちをサンドバッグにすることを全然隠す気がないな、この人たちは。

 アキラ先輩は「じゃあ、論題適当に探すから」といって黒板に向かった。

 やがて書きなぐられる論題文。

 論題は「中学生以下の携帯電話の使用を禁止すべきである」であった。

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