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夜、枕に頭を預けて考えた。
テツが入部する。
それは俺の中でちょっと驚きの展開だった。というのもテツはどちらかというと、やる気のない方の学生だったと俺は思っていたからだ。
いつもどことなくぼうっとしていて。何かやりたいことがあるのかと聞いても、特にないよ、みたいな感じで。
俺と同じだと思った。
俺もやりたいことを見失っていて、やりたいことは特にない学生だった。
そんなテツが、ディベートやりたいと宣言をしたのだ。
俺は、目を閉じた。
テツは何かを見つけたらしい。俺も何かを見つけられるだろうか。
ディベートも悪くなさそうだ。
そんなことを思っていると、いつの間にか眠っていた。
「ありがとうございました」
「いやいや、見学ありがとう。でももっとゆっくりしても良かったんだよ? それともボドゲ楽しくなかったかい?」
「まあまあ。一回生君も忙しいだろう、引き留めるなよ。……ごめんな、とどめ君」
「いえいえ」
ボドゲ部の見学を本当に見学だけですませた俺は、そのまま別の所に足を運んでいた。
ボドゲ部は悪くなかった。悪くなかったが、兼部でもいいかなというか、余り熱中するようなものじゃないと思ったというか、とにかく俺にとっては疲れたときの遊び場という感じであった。
だから、入部するかどうかは後回しでいいかなと思った。
そう言えばボドゲ部にテツはいなかった。
本当ならば生物部とか数学研究部とかも調べてみようと思ったが、今日は生憎活動日じゃないらしい。
(じゃあやっぱり、今日もここに行くべきだろうな)
弁論部。
俺は柄にもなく少しだけ緊張した。何で緊張しているのか自分でも分からなかった。
部の活動教室を開けてみる。
「ーーつまり、昨日のディベートでいうならば、私たち女子チームの勝ちだな」
「いや、最後の反駁スピーチ(賛成反対賛成反対反対賛成、でいう後ろの反対賛成のスピーチ)が無かった。勝負はわからなかったぞ」
「ふふ、まくりの女王を相手に大きく出たね」
弁論部の教室は今日も白熱教室であった。
俺を見つけるや「あ、とどめクン!」ととく先輩は駆け寄ってくる。アキラ先輩は「やあ」と一言。
テツは「よう」と一言。以降何も言ってこない。
何となくだが、テツに避けられているような気がしなくもない。今日もそうだった、教室でテツに話しかけようとしたら何故か外に出ていたり宿題やってたり。今日は珍しく昼休みの昼食を一緒に食べなかったのだ。
何か怒らせるようなことを言っただろうか。思い返すが思い当たらなかった。
「こんにちは、今日も見学に来ました」
「うん、ありがとうとどめクン」
俺の挨拶に、腰に手を当てて笑顔を返すとく先輩。こういう仕草が似合うとく先輩は、きっと仕事の出来るキャリアウーマンとかになるんだろうなあとか思ったりする。
テツの視線が厳しくなった気がした。何でだよと思ってしまった。
「さて、じゃあとどめクンも来たところだし、昨日のディベートの復習をしよう! 土曜日の練習試合まであと三日しかないからね!」
とく先輩は立ち上がって黒板の前に移動した。
チョークを使って色々と書き殴っている。
「まず、我々弁論部がする即興ディベートの種類は!」
「はい! NAスタイル、BPスタイル、Asianスタイルの三つです! 昨日したのはNAスタイルの反駁スピーチがないバージョンです!」
「その通り!」
テツが元気よく答え、それにとく先輩が正解と言った。
NAスタイル、とは North American スタイルのことであり、2(賛成①②)on2(反対①②)の戦いとなる。
立論スピーチ(賛成①→反対①→賛成②→反対②)それぞれ七分、反駁スピーチ(反対①→賛成①)それぞれ四分で構成されるディベートだ。
何故賛成反対賛成反対、ときて最後が反対賛成なのか、というと「その方が平等だろう?」とのこと。
どうやら後ろの人ほど有利らしい。今までの意見を参考に出来るから、という後出しジャンケンの理屈らしい。
「特に君たちには、NAスタイルを練習してもらおうと思う!」
「君たち?」
「ああ、テツちゃんととどめクンだ」
テツと組む。そのことに一抹の不安が生まれた。
ちらとテツを見た。特に何も感じていないらしい。なら俺も気にすることはないか、と開き直る。
「さて、どちらがリーダーをするか決めないとな」
リーダー?
俺が分からない表情だったのを見咎めてか、テツが「二回喋る奴のこと」と解説を入れてくれた。
二回喋る、つまり賛成①、反対①の人のことを指すらしい。スピーチの順番は賛成①②、反対①②と番号をつけるならば、賛成①→反対①→賛成②→反対②(立論終了)→反対①→賛成①、という順番だから、都合上賛成①、反対①の人は二回喋ることになる。
なるほど。
リーダーは俺とテツどっちが相応しいか、ということなのだろう。こんなの決まっている。
テツだ。
「リーダーはそうだな……」
「それならテツがーー」
「いや、とどめクンだ」
「えっ」「えっ」
俺とテツの声がハモった。
昨日のディベートを見ても、どう考えてもテツの方が上手かったじゃないかと思えてしまう。それともあれか、もしかして俺の方が上手かったのか。
あれ俺強いのかも、と微かに、本当に微かに期待を抱きつつ続きの言葉を待った。
「実は上手な人に立論②をやって欲しいんだ。じゃないと最後の立論チャンスを不意にしてしまうことが多いからね」
ああそうですか。一瞬で期待がしぼんだ。
「……」
無言のテツが、鬱陶しいぐらいのどや顔を披露してきた。
俺は無視した。
どや顔を崩すとき、テツの表情に何か複雑な陰りがあったような気がしたが、俺は何も気に留めないことにした。わざとらしいどや顔で誤魔化すような心境なんか、察しない方がいい。
「どうした?」
「いや何でもないっす」
「……大丈夫っす」
俺たちを覗き込むとく先輩は「ん、なら良いんだが」と良いながら、黒板に続きの文章を書き連ねた。
「さて、用語だけ軽くおさらいしておこう」
NAスタイルの役割分担。
賛成第一スピーカー:Prime Minister(首相)
反対第一スピーカー:Leader of the Opposition(野党党首)
賛成第二スピーカー:Member of the Government/Deputy Prime Minister(与党メンバー/副首相)
反対第二スピーカー:Member of the Opposition/Deputy Leader of the Opposition(野党メンバー/野党副党首)
反対反駁スピーカー:LO
賛成反駁スピーカー:PM
黒板に、見慣れない単語が複数散見される。
しかし即興ディベート(議会ディベート/Parliamentary Debate)はこの用語を伝統的に用いているという。
「議会ディベート。そう呼ばれるこの即興ディベートは、英国議会にちなんで作られたディベートゲームだ。そのため、スピーカーの名前も英国議会にちなむものになっている。賛成派は与党、反対派は野党。賛成派が首相PMと与党員DPM/MGで構成されている。反対派は野党党首LOと野党員DLO/MOで構成されている」
「はい」
「一般に言われることだが、リーダーとなる第一スピーカー、PMとLOは、立論をしっかりと組み立てることが求められる。反論は最悪第二スピーカーに任せても良い。でも立論だけはしっかり立て切らないと駄目だ」
黒板に続きが書き足される。
賛成第一スピーカー:Prime Minister(首相)
……直前にスピーカーがいないため反論しなくていい、その分立論と定義(あるいはモデル)をしっかりさせないといけない。
……現状分析・プラン後・正当性の三原則
反対第一スピーカー:Leader of the Opposition(野党党首)
……PMに対し反論。やはり立論をしっかりさせないといけない。再定義、カウンターモデル、カウンタープランも説明可能。
……現状分析・プラン後・正当性の三原則
「いまは用語が分からなくてもいい。とりあえず第一スピーカーのとどめクンは立論命、と思って欲しい」
「はい」「はい」
「よし、じゃあ次はメンバー、第二スピーカーの話に移ろうと思うが……」
そこで一旦言葉を切ったとく先輩は、「あきらクン、出番だよ」と呼びかける。
アキラ先輩は「ようやくか」と待ちくたびれた風を装って出てきた。