刺客
「笑いなんて必要ねぇ。風鈴作りのこの生涯に一片たりとも笑いという要素が必要になったこたぁねぇ。」
そう啖呵を切る俺に、隣の工房を仕切っている安藤という仲間が一人の女を紹介してきた。「就職難のこのご時世さ、雇ってやってくれよ。笑わせてくれるぜ。」と突きつけてきたのだ。
その翌週から俺の工房には女が通うようになった。この女は、こんな薄汚ぇ工房によく来れるものだと、むしろこちらが恐縮してしまうほどの乙女だった。安藤のわりにはよくこんな女と円を持ったなと感心してしまう。むしろ、この女のどこに人を笑わせる、いや、俺みたいな野郎を笑わせるものがあるのか不思議でならなかった。
最初は見習いとして扱い、見習いには見習いの手伝いだけをさせる。といっても、相手は素人だ。素人だから見習いをさせ、素人だから俺が焼いている風鈴作りも見てもらう。素人だから焼いている風鈴に目の色変えて触ろうとしてきやがる。
「わぁ~~~~真っ赤なお餅ぃ~~~~」
「馬鹿野郎、死にてぇのか!」
この日から俺の工房に怒号が響くようになった。笑いどころじゃねぇ、安藤はこの俺に余計な癇癪を起こさせる女を寄越してきやがった。これでこいつが男なら、とっくに暴力沙汰にさせてクビにしていた。
何ヶ月かそんな日々が続き、危なっかしいとは思いながらも、いい加減この女にも風鈴を作らなければならない時期になった。早速、風鈴を膨らませ始めた。できた形は四角錐や立方体という、いかにも女らしい小洒落たものばかりで、むしろどうやってこんな形に作るのかが不思議で、こいつぁかなり奇抜な奴だなと改めて思った。
球体に膨らませることはできても、かなりいびつなものばかりだった。だが、そんないびつな風鈴を持った女の指先は、汚れを知らぬ美しさがあった。どの工程で入れたのか分からないヒビによって、風鈴は微妙に曇っていたものの、女が手の平の上で転がせばそれさえも可愛らしく見えた。
不意に俺の心の内に泡が煮え立つのを感じた。今まで感じてきた、血管の尾が切れそうな類のものではない。口元が勝手に震えだし、どうにもならないほど腹をよじらせ、途端にゲラゲラと転げまわりたくなるような癇癪であった。どうも分からない瞬間だった、もはや完全美とも言える女の指先にある、へなちょこな風鈴を見て、得も言われぬものが込み上がってきた。
以来、俺はこの女の指が触れるいびつな代物を眺めるのが何となく好きになった。女は、俺が自然と顔をほころばせようとするのを見届けると、我が意を得たりといった表情をして、一つ、また一つといびつな風鈴を側に置くのである。いびつな風鈴は、軽く100個は超えていた。売り物にもならない。だが、女が新しくできた不完全な風鈴をゴロゴロとたむろっている風鈴の群れに置くたびに、そいつらはクスクスとおかしな共鳴をするようだった。