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ヴェノムファクター  作者: がらんどう
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ヴェノムファクター



     7 ヴェノム・ファクター



 大洞穴研究開発機構での三ヶ月の取材期間が終わって、半年が経った。私は、その取材結果をまとめ、ようやく最終稿に入っていた。取材を終えた私に対し、知り合いのジャーナリスト達が話を聞こうと次々と訪ねて来て、その応対に大変苦労した。訪ねて来られても、私の口からはまだ何も言えないのだ。この、原稿が発表させるまでは何も言えないのだ。そのため、あれからというもの、私は大洞穴研究開発機構が用意したホテルを転々として原稿を書いていた。いっそ、ヨミのあの前線基地の私の借り部屋に缶詰にしてほしい気もしたが、契約上それはできないとのことだった。お役所仕事というものは、全く苦労するものだ。私は辟易しながらも、各地を転々としながら原稿を書いていた。原稿の内容に関しては、大洞穴研究開発機構のチェックが入った。研究員のハタ・ヒビチカ氏と、マキ・イロハ女史によるチェックだ。

 この仕事を受けた当初から、ある程度の情報制限はかかるだろうと予想していたし、実際、そういったチェックを通すという契約のもとでこの仕事をとりつけたのだから、この点に関しては不承不承ながらも受け入れざるを得ないものだった。しかし結果として、大洞穴研究開発機構はさほど私の原稿に関して手を入れず、殆ど修正といったものなど皆無に等しいものだった。取材中に原稿の装甲を構想していた際に〈フェアリー〉という新しいアガルタの存在に関する記述が引っかかるかと思ったのだが、その存在は、私が取材を終える頃には大洞穴研究管理機構が公式発表をしていたため、さほど問題にならなかったというのもあるだろう。

 それに、一般人である私を招聘した時点で、大洞穴研究開発機構は覚悟をしていたのだろう。いや、〈覚悟〉ではない。ヨミの世界の現状を、より世界に知ってほしいという〈願望〉のようにわたしには思える。

 大洞穴内世界では、数多くの人間が従事している。そして、名も無き作業員や兵士たちがアガルタと対峙し、命を落としている。しかしながら、その実情はこれまで仔細には発表されていなかった。大洞穴研究開発機構の報道官すら、死を忌避しているのだ。マキ・イロハ女史が言っていたように、我々人類にとってヨミは忌避の対象になる死の世界であるとすれば、あの世界で仕事を続ける事自体が、現場の人間に限らず、死と常に対峙し続けることにほかならないのではないだろうか?

 私に、一般人の私にこの役目が、割り振られたのも、大洞穴研究開発機構が〈死〉に対峙し続けることに疲れたからなのかもしれない。死の解放者、伝聞者として、私は供物のように選ばれたのではなかろうか?いや、選んでくれたのは他ならぬ私の友人である故ウサ・セイジ少将だ。

 ウサが命を落とした戦闘は、大洞穴研究開発機構が今まで体験した戦闘の中でも苛烈な戦闘に入った。フェアリーが、初めて人間の戦術思考を真似て実践し始めた戦闘でもあった。しかしながら、重症を負いながらもその生命の火が消え入るまで的確な砲撃指示を与え続けたウサと、ユーリ・サハロフ機による自爆攻撃によって、損耗率を低く抑えることに成功した。このことは、クグツシのユーリ・サハロフと、彼に強制退避させられるまでウサを守るために奮戦し続けた、二人のデクの証言によって証明された。ウサがいなければ、あの戦闘はより悲惨なものになっていただろう。マキ・イロハ女史によれば私の取材記事に対し、大洞穴研究開発機構があまり手を入れない理由として、ウサに対する尊敬の念が見受けられるとのことだ。ウサはそれほどに、皆から慕われていたのだ。大洞穴内世界開拓の初期から軍人として従事し、多くの戦果を上げ、同時に多くの部下と作業員の命を守り続けた勇敢なる戦士。そんな彼の友人であることを私は誇りに思う。

 大洞穴研究開発機構のチェックは思ったよりもなかったが、一つだけ情報制限を受けた項がある。ーーーキリシマ・トウマとカストルのことだ。

 キリシマ・トウマとカストルは、ある日突然、姿を消した。私がまだ大洞穴内世界に居た時に。彼らはどこにいったのだろうか?アダプテーターのキリシマ・トウマはこの地球上では既に生きていられないというのに?

 そのことに関して、マキ・イロハ女史は私見でありオフレコであると前置きして私にこう言った。


「失踪したキリシマ・トウマの部屋からは首輪が発見された。あの、アダプテーターの発狂を防ぐために付けられている首輪だ。それに、カストル。あれはキリシマ・トウマにとても懐いていた。そして、カストルは人間に興味を持っていた。そして、ウガヤ………機械と人とフェアリーの融合体。あの計画は結局アレっきりで頓挫してしまったが………まあそれはさておき、私の私見だが、アレらは、キリシマとカストルは、我々の地球に出奔したんじゃあないだろうか?元々、アガルタはアダプテーターと違い、大洞穴内世界から出ようとすればいつでも出られる存在だった。アガルタは、ただ単に、自分たちの世界における異物を排除してきただけにすぎない。だから我々の世界にまで、境界面を越えてこようとはしなかった。その必要性を感じてなかったからだろうね。しかし、カストルらは境界面を越えてきた。ーーーフェアリー。人の形を模して創られたアガルタ。それ故に、人を、何故自分がこのような姿で生まれたのかを知るために、似姿として、鏡像として、人間を捉えるようになった。双子のポルックスは未だ敵として人間を見ているがね。しかし、彼女にも人間に対する興味が生まれているようにみえる。ウサ・セイジ中佐ーーーいや、少将とウガヤが残したデータからそれが読み取れる。近いうち、フェアリーは、こちら側に、境界面を遥かに越えて、地球側を侵略してくるかもしれないね。まあ、それも人類の業だわな。やられたことをやりかえされるだけさね。」


 ーーーフェアリー。人の形を模したアガルタ。彼女たちは何故人の形を模して創られたのか?単に、ヨミ内で死亡した人間の遺伝子を読みとってたまさか創られたものなのか?それとも、ヨミの世界も我々の世界も始原を同一にしているという仮説に基づけば、アガルタが人の形をして現れたのは必然だったのかもしれない。マキ・イロハ女史は続ける。


「カストルはキリシマと共に生きる事を選んだ。それ故の出奔じゃあないかね?首輪が部屋に置いたままだというのは、ある種のメッセージなのかもしれない。『自らを縛るものを捨て去り、新しい世界を目指せ』とね。未来は不確定だ。しかし我々は、色々なもので自分を縛り、様々な可能性を、未来を殺し、選択の幅を狭めている。キリシマとカストルは、そんな我々にとっての〈希望〉そのものなんじゃあないだろうか?」


 ーーー〈希望〉。マキ・イロハ女史はそう言った。私はパンドラの匣を連想した。開けてはならない匣を開けてしまったパンドラ。これは大空洞内世界を、ヨミの深淵を覗いてしまった我々人類とその姿がかぶって見える。パンドラの箱を開いたがゆえにもたらされた様々な災厄。それが〈ヴェノム〉ではないだろうか?我々人類が好奇心と利己心に取り憑かれ、開いてしまったヨミへと続く道。ヴェノムはそんな我々に科せられた業ではなかろうか?

 しかし、我々は未だパンドラのようにその匣を、大洞穴世界への入り口を閉ざしては居ない。これから先、更なる災厄が人類に振りかかるだろう。しかし、希望はある。そう思いたい。不確定な未来であっても、私達は自らの業を受け入れ、生きて行かなければならないのだ。

  

     ◆


 ユウ・トヴァレグの書いた本は〈ヴェノム・ファクター〉と表題され、上梓された。その最初の一ページには、次の一文が書かれていた。〈亡き友、ウサ・セイジと今もヨミの世界で作業に従事する名も無き者達に捧げる。そして、K.TとKの行く先に幸あれ。〉と。

 とある国のとある書店で二人の男女がそれを手に取り、その一文を見て笑った。そしてそっと本を閉じ、雑踏に消えていった。





                     了


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