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ヴェノムファクター  作者: がらんどう
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深淵より這いずるは

SF:「S:スパイスとしての F:ファンタジー要素」として書いています。


  ヴェノム・ファクター





                    がらんどう



















     0 深淵より這いずるは



 突然の衝撃とともに、ウサ・セイジ中尉は右腕を食いちぎられた。身体は宙に舞い、地面に酷く叩きつけられた。右足も負傷した。本来曲がってはならない方向に折れまがり、脛から骨が飛び出している。 

 大洞穴内は大混乱に陥っていた。突然の来襲だった。何の予感もなく、ソレは襲ってきた。

 大洞穴内に轟音が響き、閃光が辺りを照らした。

「ギシャアアアアアアアアアアアアアアアッ!」

 と、奇声が響いた。手榴弾だ。随伴する兵士が咄嗟に攻撃に転じのだ。手榴弾の直撃を受けて、ソレは身体をうねらせてもがいた。

 その姿を見て、一同は驚愕した。それはあまりにも不可思議な、そして異形のものだったからだ。

 それは巨大な節足動物だった。体高にして二メートル。全長は十メートルはあろうか?

 ソレは、奇声を上げながらも未だ生きている。手榴弾の直撃を受けてもその外骨格は未だ破れず、表皮にわずかな焦げ色と破砕物による傷を受けた程度だ。

 ソレは、手榴弾の爆発のショックから立ち直ると、首をもたげ、体制を持ち直し、身近に居る人々を次々と襲っていった。

 作業員と研究員は逃げ惑うが、身にまとった防護服はソレから逃げおおせるにはあまりにも重く、鈍重な彼らは真っ先にソレの餌食となった。ソレは手当たり次第に、近くの人間を襲い続ける。

 兵士たちはなんとか自動小銃や軽機関銃、手榴弾といったありとあらゆる携行兵器で応戦を始めた。少数随伴していた高度強化外骨格を纏う特殊機械化兵の二十ミリ口径の機関砲がかろうじてソレの外骨格を貫徹することができた。しかし、決定的に火力が不足している。

 兵士たちは、尚も持てるだけの力を注ぎ込み、どうにかソレを沈黙させることができた。百に及ぶ手榴弾と、一万を超える弾丸によって。

 兵士たちはソレの活動の沈黙を確認すると、直ちに現状確認に入った。作業員並びに研究員、兵士の損耗率は五十パーセントを超えていた。あまりにも大きな損耗率だった。衛生兵は忙しく負傷者の手当に奔走しているが人手が足りない。

 負傷し、動けないウサ・セイジ中尉を部下が担架に乗せた。

 衛生兵がウサ・セイジ中尉に応急手当をする。麻酔も打たれた。

 ウサ・セイジ中尉は朦朧とする意識の中、ベースキャンプへの撤退命令を出した。生き残った研究員、作業員、兵士が、その指示に従い、負傷兵を兵員輸送車に乗せ、ベースキャンプを目指す。


 ウサ・セイジ中尉は二個中隊の指揮を任されていた。ベラム共和国に存在する大洞穴、高射砲の森の更に奥深くにあるそこは、異次元とつながっていた。少し狭い産道のような洞窟を抜けた先には広い空間がある。そこは、地球内空洞などではない。空もあり大地もあり、海もある別世界、別宇宙だった。

 ベラム共和国は、その存在を世界から秘匿し、秘密裏に調査をしていた。ウサ・セイジ中尉が率いる二個中隊はそこで作業する者達達の警備に当てられた。

 ウサ・セイジ中尉が率いる二個中隊がベースキャンプに常駐してから最初の数日は大した異変もなかった。しかし、一週間も経つと、その状況は加速的に悪くなっていった。

 ソレの襲撃には周期があることが判明した。それは約七十二時間に一回というペースで彼らを襲ってきた。

 最初のうちは、地上のソレと同じ大きさだった。靴底で踏みつければ簡単に駆逐できる。その程度のものだった。しかし、襲撃を重ねるに連れ、ソレは恐ろしいスピードでその姿形を巨大化させていった。地上のそれと同じ大きさだったそれは拳骨大になり、子犬大になり、ついには猪ほどの大きさにまでなっていった。

 この事態に対し、ウサ・セイジ中尉は何度も撤退の打診もしくは増援を要請したが、ベラム共和国陸軍特殊部隊大洞穴担当本部はその要請を聞き入れなかった。

 それには理由があった。ウサ・セイジ中尉が、軍隊が大洞穴内に常駐するまでは、洞穴内生物の人間に対する攻撃性というものは確認されていなかったからだ。


 ウサ・セイジ中尉が護衛任務に着任する十年ほど前からベラム共和国政府は、秘密裏に調査発掘チームを結成、派遣し、様々な調査を行なってきた。

 大洞穴内に広がる世界は、異世界そのものだった。環境は、地上に比べ若干高温高圧であり、酸素量が幾分少ないが、地球の環境と告示していた。しかし、不思議なことに大気の粘度は高く、水中と空中の中間といった程度の粘度が見受けられた。

 また、奇妙なことに、大洞穴内の環境と地球の環境の境界は、はっきりと区切られていた。徐々に地球上の環境が大洞穴の環境とすり合わさっていくのではなく、ある地点を境に、急激に大洞穴内の世界の環境に切り替わるのだ。研究者はそれを〈境界面〉と呼称することにした。こちら側の世界とあちら側の世界を隔てる壁。すなわち、生態系だけでなく、因果律そのものが異なる世界であると考えたのだ。

 人類は既に月面都市を建設し、火星のテラフォーミング化技術も実用段階に進んでいる。そんな中での発見だった。宇宙という存在はあくまで我々の既存の因果律の支配する世界である。しかし、この大洞穴内に広がる世界は全くの異世界である。人類が、到達、観測することが不可能であると考えられてきた、因果律そのものが、世界を構成する最小の単位そのものが違う世界。誰もが簡単に宇宙に進出する事ができるようになった現在における次なる未到達地点。

 ーーーそれがこの大洞穴内世界なのだ。


 ベラム共和国麾下の調査発掘チームは、その境界面から半キロメートルの場所にベースキャンプを設置した。

 ベースキャンプを設置した彼らは、調査を開始した。防護服は宇宙服に使われている技術があれば十分対応できるものだった。調査が進むと、宇宙服ほどの防護技術はいらず、地球環境下での化学防護服レベルのものに、耐圧・耐熱性を持たせれば必要にして十分であることがわかった。調査チームはさっそく、大洞穴内世界の大気の組成を分析し始めた。その組成は、地球のソレより酸素が少なくその代わりに窒素、水素、ヘリウムの割合が若干高いものであると測定された。また、我々の存在する宇宙の物理定数とさほどの違いがないことが確認され、十分な対策を取れば人間が長期間活動可能な組成であることが先遣隊の身を呈した実験により実証された。しかし、その中には測定できない未知の物質も多々含まれており、全容は未だにわかってはいない。

 とはいえ、大洞穴内世界の組成は、我々の宇宙のそれと共通するものを持っていた。それ故に、調査が比較的迅速に進めることができたのであるが、それでも、安全な活動方法が確立されるまでには多くの犠牲を必要とした。

 調査初期には多くの被験者がその身をモルモットとし、生体実験を重ね、死んでいった。その屍を積み重ねた上に、研究者達はどうにか大洞穴内世界で人間が活動できる方法を見出したのである。

 大洞穴内世界での比較的安全な活動が可能になると、本格的な調査が開始された。様々な未知の物質を採取し、生態系を調査する過程で、特に研究者達の目を惹いたのは、レアメタルや希少物質の潤沢さだった。我々の宇宙におけるレアメタルや希少物質が大量に存在し、そして、ある程度自分たちの宇宙の組成と近似しているということに対し、研究者達は歓喜した。何故ならば、この大洞穴内世界が自分たちの世界と共通の祖をもつ世界であると裏付けられる根拠になりうるからである。原始生命体の存在を見出すための大きな、しかもドラスティックな研究の端緒となりうるのではないかと考えたのだった。

 大洞穴内世界の、高温高圧であるが人間がなんとか活動できる程度であるという環境は、原始の地球の組成や現在の地球環境になる過程とも共通している。天には雲も、そして恒星も存在し、雨も降り、雷も落ちる。つまるところ、有機物の堆積並びに、遺伝子の変異要素といった生命の起源の要件として考えられているものがそこはあるのである。

 未知の部分が多く、防護服を纏わなければ未だ人間が長期において活動ができないという制約はあれども、我々の世界の外宇宙、真空に置いて生命を維持するよりはたやすい方法で生命を維持できる環境は、我々の住む世界の宇宙空間よりも地球の環境に、つまり、人間の活動により適した法則が見受けられるのだ。

 因果律が異なる世界ではある可能性もあるが、共通性も見受けられたというその観測結果は、元々大洞穴内世界と我々の世界が一つであったのではないかという思索にまで及んだ。先に述べた、原始の地球の環境との相似である。

 しかし、研究者たちのそのような学術的、哲学的テーゼとは関係なく、ベラム共和国政府が目をつけたのは未知の物質ではなく既存物質であり、我々の世界では希少物質とされるレアメタルの潤沢な鉱脈であった。

 大洞穴内世界でのレアメタルは地球上のそれと違い、まとまった形で、それも抽出、精製しやすい形で現れていることがわかった。

 そのため、ベラム共和国は、調査研究を並行しつつ、レアメタルを採掘するプロジェクトを開始した。資源の掘削という経済利益が絡んだことにより、プロジェクトの進行速度は飛躍的に高まった。そして、あっという間に採掘場が完成し、若干のパワーアシスト機能をつけた防護服を着用した陸軍工兵による発掘作業が進められていった。

 ある民族が、他民族の地を侵略するかのようにその作業は進められていった。それは、大洞穴内世界に取っても同じであった。開拓と言う名の侵略が進んでいくと、次第に、大洞穴内世界の生物たちは侵略者達にとって邪魔な存在となっていった。

 昆虫様のそれが、作業員を襲う事件が度々起こるようになったのだ。襲う、というのは語弊があるかも知れない。彼らはただ、抵抗をしているだけなのだ。自分たちの世界を荒らす者達に、ただ抗っているだけだったのだ。

 研究者の中には、昆虫そのものがこの世界からの流出物であって、この世界は昆虫の起源が隠されているのではないか?などと話題にもなったが、それは実務上、ベラム共和国には何の関心もない出来事だった。最大の関心事は、その昆虫様の生物によって、作業が円滑に進まないといった実に現世利益的なことだった。

 そのため、ベラム共和国は作業員の警護要員としてウサ・セイジ中尉が指揮する二個中隊を派遣したのだった。

 

 命からがらベースキャンプに戻ってきた一行を待ち受けていたのはさらなる惨劇であった。

 ベースキャンプ内は混乱に包まれていた。あちこちで銃声が鳴り、爆発音が轟いている。

 ーーー奴らが居た。それも一匹ではない。十数匹のそれが、あの巨大な節足動物がベースキャンプを蹂躙していた。

 兵士たちは撤退戦を余儀なくされた。手持ちの弾薬と手榴弾の数は知れている。そもそも、こんな生物を、あまりにも巨大で頑強な生物と戦うことを想定した装備をしてはいないのだ。殲滅するには、少なくとも、対戦車、対装甲人型戦車兵器が必要だ。しかし、ここにはそのようなものはない。荷電粒子砲やレーザー兵器はおろか、古くからの兵器であるロケットランチャーすら携行してはいなかったのだ。

 ベースキャンプには、三個機械化歩兵小隊と一個特殊機械化小隊、二個整備班、そして本部兼通信隊が常在していた。彼らは掘削現場に視察に出た指揮官であるウサ・セイジ中尉の帰還を待ち、懸命に応戦していた。撤退命令が出ていない以上はベースキャンプを死守せねばならない。その使命感から出た行動であった。また、それは、指揮官であるウサ・セイジ中尉の人望がなせるものであった。

 しかしながら、それは裏目に出てしまった。強化外骨格によって身体機能を強化された特殊機械化兵がいるとはいえ、たかが一個小隊である。彼らが携行する二十ミリ口径の機関砲は一般歩兵のそれより遥かに攻撃能力は優っていたが、携行弾数が少なすぎた。   

 彼らは六匹を仕留めた所で、手持ちの弾薬が尽きてしまった。

 弾薬を使い果たした彼らにできることは何もなかった。しかし、撤退命令は出ていない。接近戦を余儀なくされた。隊員自らが「お飾りだ」と常日頃笑っていた、腕部に搭載されたパイルバンカーを用いた白兵戦闘が始まった。


 ウサ・セイジ中尉らがベースキャンプについた頃には、既に動くものは奴らだけだった。特殊機械化歩兵と奴らの死骸がウサ・セイジ中尉の目に映った。彼らは弾薬が付きた後も白兵戦闘によって尚も勇敢に戦い、四匹を仕留めていた。その生命と引き替えにして。

 ウサ・セイジ中尉ら、生き残った者達は数にして十五名。装甲兵員輸送車二台と軽装甲指揮車一台のみであった。

 ウサ・セイジ中尉は、朦朧とする意識の中、撤退命令を出した。それを聞いた途端、装甲兵員輸送車のドライバー達はアクセルペダルを底まで踏み込んで急加速した。奴らから逃れるために。一刻も早くこの大洞穴内から離脱するために。境界面を目指してひた走った。

 それを逃すまいと奴らの群れは彼らを追ってきた。兵士たちは装甲兵員輸送車に備え付けられていた機銃を使い、遁走しながら応戦する。大気の粘度が高い影響と重装甲であることも相まって、最高速度は時速にして七十キロメートルが限界であった。しかしそれも、平坦な道ならではの話であり、未整備地を進むそれらはどんなに速度を出しても時速五十キロメートルが限界であった。鈍重な機械の塊は一台、また一台と奴らにとりつかれ、破壊されていく。

 唯一、残っているのは一台。ウサ・セイジ中尉を乗せた軽装甲指揮車だけだった。

 次々と奴らにとりつかれ、喰われていく様子をウサ・セイジ中尉は軽装甲指揮車の後部座席からずっと見ていた。自らの部下の身体が奴らの前足による一撃で宙に舞い、身体は引き裂かれ、強靭な顎で噛み砕かれている様子を見ていた。

 奴らはウサ・セイジ中尉を乗せた軽装甲指揮車にも追いつこうとしていた。軽装甲指揮車にはウサ・セイジ中尉と衛生兵、ドライバーの三人のみしか居なかった。ウサ・セイジ中尉と衛生兵が後部窓から小銃を付き出し応戦する。焼け石に水であることはわかっているが、それでも応戦せずには居られない。

 しかし、応戦虚しく、奴らの前足が軽装甲指揮車を捕まえた。屋根は衝撃でひしゃげ、奴らの前足が食い込んだ。それでもなお、軽装甲指揮車は走り続ける。取りついた奴らを引きずりながら境界面を、出口を目指して。ひたすらに、ただひたすらに。

 とりついた奴らを振り払うために急ハンドルを切った軽装甲指揮車がバランスを崩し、横転した。その勢いでウサ・セイジ中尉は外に放り出された。奴らは軽装甲指揮車内に取り残されたドライバーと衛生兵に狙いを定め、執拗に攻撃を加えている。ウサ・セイジ中尉は眼中にないようだ。奴らに知能があると仮定するのならば、負傷度合いの高いウサ・セイジ中尉は攻撃優先度が低いと判断されたのかもしれない。

 ウサ・セイジ中尉は一瞬逡巡した後、境界面に向かって逃げ出した。折れた右足は応急処置を受けていたが使い物には到底ならない。

 小銃を松葉杖代わりにしてジリジリと進む。打たれた麻酔が徐々に効いてきたのか頭がぼうっとする。「よりにもよってこんな時に」とウサ・セイジ中尉は思ったが、それは彼にとって幸いであった。普段の彼ならば、部下を見捨てて逃げることはしなかっただろう。たとえ自身がいかに無力であったとしてもあらん限りの手をつくして奴らに応戦したはずだ。

 しかし、負傷と麻酔により、理性より自己保存本能が刺激されたことにより、奴らから逃げおおせるという選択ができたのだった。


 ウサ・セイジ中尉は境界面を越えた。それからしばらく歩いた後、ガクリと地に伏した。境界面の向こう側を見やる。

 奴らが、十数匹もの奴らがこちらを見つめている。しかし、境界面からこちらには入ってこようとはしない。

 奴らはしばらくウサ・セイジ中尉を見つめ続けた後、その場から去っていった。ギチギチギチギチギチギチギチギチ。奇怪な音を立てながら。

 遠くから声と足音が聞こえる。先に退避した研究員や作業員といった一般人がウサ・セイジ中尉に駆け寄ってきた。ベースキャンプに居た彼らは、彼の部下の指示によって先に脱出させられていたのだった。彼らは境界面を越えた後、すぐさま軍に状況を報告し、救援を要請していた。

 ウサ・セイジ中尉は救援隊に保護され、一命を取り留めた。しかし、彼の失ったものは大きかった。彼の右腕、右足だけでなく、彼の部下。二個中隊のすべてを失った、いや、見捨てたのだ。そのことに対し何度も何度も医療センターのベッドの上に横たわりながら何度も嗚咽を繰り返し涙を流した。


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