触り三百
「まず、ここは魔法が軸の世界。あなたの世界は科学。でしょ?」
確認とでもいうようにサイルが聞いてくる。
魔法が普通に存在する世界だとは……最高じゃね?
科学で何も出来ない俺でも魔法が使えるようになるんだぜ?
「なぁ、ホントに俺も魔法って、使えるのか?」
「ええ。私の親も使えてたから、大丈夫なはずよ」
「親も使えてたって、どういうことだよ?」
「私、この世界とあんたの世界のハーフなの。今は向こうの世界でサラリーマンと専業主婦やってるわ。私はこっちの世界で生まれたからこっちの学校に通ってるの」
さすがに驚いた。
自分以外にも異世界とやらに飛んだ人間がいて、さらには結婚までして現実世界に戻っているというのだ。それはまさに異世界に迷い込んだ勇者が姫と結婚して現代生活に戻るという夢物語。
苦節十数年。彼女居ない歴を未だ更新し続ける俺の人生にも光明が。
ここが、こここそがきっと俺の理想郷。来るべき千年王国だったんだ。
ここなら、ここならば俺にも彼女ができるかもしれない。
いや、やはり一人では満足できん。
ハーレム王国、ハーレム王に俺はなるのだッ。
「ちょっと、時々なるその顔、本気でキモいんだけど」
結構ハートブレイクな言葉を受け、俺は本気でうなだれた。
いいじゃないか、いいじゃないか。少しくらい夢見たって、妄想に花咲かせたって。
冴えない男子中学生にとって、想像は最強の武器にして娯楽なんだぞ!
中二病と言われたって止められるものか。
「とにかく、そういう訳で、ここでは魔法が全てなの。この学校で魔法を習って、立派な大魔術師になるのが常道よ」
「へー。こっちの世界じゃそういうのが憧れの対象か」
「ええ。そして私は期待の新入生って奴よ」
とナイ胸張って主張するサイル。
その姿は年相応で、なんだか物凄く可愛らしく見えた。
思わず頭を撫でてしまう程に……
って、思わずっ!?
「ちょ、何すんのよっ!?」
いきなりの暴挙に驚くサイル。
ええぃ、乗りかかった船だ。毒を食らわば皿までっ。
俺は撫でた手を引かず、そのまま撫で続ける。
赤い髪はサラサラとしていて、非常に撫でがいのある頭だった。
背が高いので撫でづらくはあるけれど。
そして何かしら反応される前に、言葉で相手の行動を塞ぐ。
「いや、可愛かったので思わず」
「か、かわ……」
目を白黒させていたサイルだったが、即座に両手を俺に向ける。
……あ、あれ?
行動、止まらない?
漫画ならこのままキスしちまうけど、いいよな。みたいな流れになるのでは? あ、ちょ、タンマ。手が放電してるよサイルさん!?
「ラ・グッ」
刹那、俺の身体にかつてない衝撃が襲いかかった。
「ぎゃああっ!?」
全身を駆け巡る電撃に、あえなく崩折れる。
身体の芯が電撃に撃たれる感覚、これが……恋!?
なわけあるかっ。これは軽く死ねる威力だ。
何度も喰らう訳に行かな……がくっ。
「ば、バカにするのもいい加減にしろ。わ、私はもう、子供じゃないんだからなっ」
顔を真っ赤にして怒るサイル。
しかし、俺はそれに返す言葉を持たなかった。
危険だ。魔法で攻撃されるとか、魔法世界めっさ危険。主に命が……
電撃魔法を喰らった俺は、しばらく起き上がることもできなかった。
案内された部屋は個室だった。
右奥にベットが一つあり、それ以外は真正面にベランダがある程度。他には何もなかった。
「必要なモノは適当に買ってくるといいわ。お金に付いては明日校長に聞いて。後は……ああ、食事は食堂で取りなさい。今日は私が奢るわ」
と、矢継ぎ早に言うと、サイルは部屋を見回り始める。
「うん、問題はなさそうね。聞いときたいとことかある?」
「そうだなぁ。風呂とかって違いあんの?」
「そうね。蛇口から出るのが水だってくらいかしら? 炎の魔法で温めるの。それまでは水風呂」
「拷問か!?」
「安心して、覚えるまでは温めといてあげる。ちょっとビリビリするかもだけど」
あ、温める!?
サイルが裸で風呂に浸かって言うのだ。
――お風呂は私が温めといてあ・げ・る――
うおおっ、なんか、今一瞬凄い妄想がっ。
「私が責任もって面倒見ろって言われてるのよ。正直冗談じゃないけど私の失敗で喚んじゃったわけだし」
そ、そうだよな。ただの家政婦みたいな役割して帰るだけだよな?
承知ましたとか言ってどんなことでもしてくれる訳じゃないよな。ちくしょう。
「その荷物置いたら学食に行きましょ。昼まだ食べてないのよ」
「え? もう昼? 朝じゃないの?」
「ええ。そろそろ四時間目が終るくらいよ」
少し、自分の時間間隔にズレが生じていた。
まだ10時くらいだと思ってたのに。
「こっちよ。付いてきなさい」
サイルに案内されるままに、俺は食堂へと向う。
しかし、こっちの世界にいる間、現代世界ではどうなっているのだろうか?
やっぱり行方不明?
……まぁ、いいか。どうせ友人と呼べる奴なんて殆どいなかったし。
こっちで、そうさ、こっちで可愛い女の子と仲良くなってハーレム生活を送るのさっ。
眼鏡でひょろひょろの男共が集まってゲームの話で盛り上がる様な時代はもう終わったのだよ。
そう、俺は草食系男子からロールキャベツ男子へとクラスアップするのだ。
見てろよクラスメイトの男共、俺は、ここでお前らの羨む男になって見せるッ。
フフ、ハァーッハッハッハ。
「ちょっと、キモいっつってんでしょうが、何その鼻の下伸びた顔。北京原人かなにかの真似?」
北京原人なんてよく知ってたな。ああ、俺の世界の住人だっけサイルって。ある程度は知ってて当然か。
そうこうしているうちに目的の学食へとやってくる。
「へぇ、学食ってな元いた世界と殆ど変らないな」
「食券機ないのよね。注文はあそこのおばさんに言うの、今日は私の奢りだから勝手に決めるわよ」
あれ? 俺の好きなモノ頼ませてくれないの?
サイルはおばさんの前に向うと勝手に頼んでしまう。
オムライスセット頼みたかったのに。学食内で一番高いけど。
オークシチューとかミノタウカレーとか気になったのにな……
結局、やってきたのは一番安いタマゴサンドだった。
この程度では腹が膨れないと言いたいところだが、奢ってもらっている手前、さすがに何も言えなかった。
まぁ確かに美味しかったよ。ただのタマゴサンドよりは濃厚だったから。
何の卵かしらないけどさ。
「とりあえず、明日から学校に行く訳だけど。皆ある程度の魔法使えるから、使えないってことは言わないようにしなさい」
「なんで? 使えないくらい別に気になる程じゃ……」
「クラスにバカが多いのよ。パシリにされたい?」
「御免被る」
なるほど、魔法が使えるってことで優位に立とうとするヤツがいるのか。
どこの世界でもいるんだな不良系いじめっ子。
「特にカンガには気をつけなさい。苛つく上に魔法もそれなりに使えるから」
「了解」
「ならよし」
手早く食事を済ませ、サイルが席を立つ。
食堂のおばさんにトレイを返すと、席に戻ってきて俺を急かす。
さっさと食べなさいよという無言のプレッシャーをかけて来た。
仕方がないので手早く食事を済ませ、トレイを返しに行く。
※ 役に立たない豆知識
触り三百
ちょっと触れただけで三百文の損が発生するということ。
転じて大して親しくもない相手の頭を撫でてしっぺ返しを喰らう事。
触らぬ神に祟りなし、ともいう。