棚から牡丹餅
少女に連れられてやってきたのは、教会の様な外装の校舎だった。
校舎中央には屋上に金色の鐘が取り付けられ、その下の壁には丸い時計が取り付けられていた。
なんだろう、この現代世界とファンタジーが組み合わさったような校舎は。
ほら、こっち。と案内されたのは時計のはるか下に存在する正面玄関。
ぼぉっと校舎を見上げていた俺に苛ついたような声を掛けて、少女はさっさと正面玄関に入って行く。
見上げ過ぎて迷子になっても困るので、外観見学などは後々に回し、慌てるように少女を追った。
硝子戸のそこからは、下足場が見える。
扉を開いて下足場へ。
この辺りは現代の学校に共通したものがあるな。
さすがに最新式の学園という感じではないけれど。
靴を脱げと言われたので、指定された下足箱に入れておく。
靴下のまま廊下へあがり、少女の後を付いて行った。
廊下は木製で古めかしい感じがする。
所々が歪な木のためか、歩くたびにキュッキュッと音が鳴る。
思わずその場で足踏みしたい気分になったが、少女の歩くスピードが速いので、後の楽しみにとっておくことにした。
っと、一部異常に凹むぞ。この辺り踏む時は注意だな。踏み抜く危険がある。
少女に案内されたのは、校長室と書かれたプレートのあるドアだった。
そこまで着くと、俺に振り向き、入るよう促してくる。
彼女の案内はここまでらしい。
促されるまま校長室へと足を踏み入れる。
一歩踏み出すと、板張りの床から一転、グレーの絨毯が敷き詰められた部屋に入る。
校長室など滅多に入らない場所なので思わず見回してしまう。
入口から右にあるのは校旗だろう。
その横にはゴールドカップや優勝盾がケースに保管されている。
その横には二つほどの高級本棚。重そうな本がずらりと並んでいる。
さらに上の方には歴代校長の顔写真が入った額縁。
左から三番目のはネタか? バカな殿様みたいな顔してるぞ?
八番目はどうみても犬だし。しかもブルドック。
入口から左の壁には表彰状がかけられ、こちらの床には何も置かれていなかった。
そして、入口から真正面、一つの厳かなチャコールグレイのデスクに手を付き立っている白髪の男がいた。
デスク後ろの窓から差し込む日差しを見つめながら、右手には本を抱えている。
無駄にダンディだ。ちょっとドキッとした。
って、俺はそっちの趣味はねぇ。ウホッとか言う気はさらさらねぇぞ。
やばい、なんか一瞬、やらないか? とか言われるかと思った。
こちらに視線を向けた校長が無駄にシブメンすぎる件。
「君だね、異世界から来たのは」
「え? は、はい。たぶん?」
うぉい、いきなり異世界とか言っちゃったよこの校長。
声まですげぇダンディだし。
なんかこう、お前の行動は全て分かっていると言われても納得できそうな容姿と声を持つ男だった。
こうなると思って用意しておいた。とか言われてぇ。
「この魔法学校デルモニアウムの十六代目校長、モートスだ。初めまして」
「あ、はい初めまして」
「まず、何が起こったか理解できていないだろうが、落ち着いて聞いてほしい」
「はぁ……」
「まず、君はこことは別の世界から来た。理由は……君を案内してきたサイル君の魔術ミスだ」
……はぁ?
「ちょ、え? 何、魔王を倒せとかじゃ……」
「ないな。すでに魔王は倒された」
「世界を征服する手伝いをしろとか?」
「ありえんな。平和だよ、魔物は出るがね」
「実は俺はこの世界の王子で、異世界に捨てられてた、とか」
「そろそろ、現実見つめようか」
すごく残念そうな子を見るような眼で諭された。
「詳しい話はサイル君にしてもらうとして、君には明日からここで過ごしてもらう。現実世界に戻ってもらうにも、いろいろと準備が必要でね。しばらくはこちらで過ごしてもらうことになる」
おいおい、ただの召喚失敗ってどういうことだよ。
……まぁ、ぐだぐだ言っても始まらないか。
現実問題この異世界とやらに来てるのは確からしいし、一度くらいは俺だって異世界という響きに憧れている御年頃。
混乱するよりも危険がないなら楽しもう。という思いが強い。
まぁ、後々戻れるのなら問題無いか。
「はぁ。そういうことなら。了解っす」
「あと、食事を終えたらすぐにここに来たまえ。君用の魔法書を作っておくよ」
魔法書っ!? 俺も魔法使えんの!?
すげぇ。すげぇぞ魔法世界。
やはり神は俺を見捨てちゃいなかった。
やはり神は魔法をここで覚えて現代世界でハーレム王国を創れとのお達しなのですねっ。
「では、サイル君、後は頼むよ」
「……はい」
校長室の外から、消え入りそうな声が聞こえて来た。
そうか、あの女の子がサイルって名前で……俺をここに喚んだ張本人かっ。
校長の話が済んで、俺は校長室を退出する。
「えっと、君がサイルなんだよな」
「ええ。悪かったわね。いきなりこんな場所に連れてきて」
ふてくされた様な顔で謝られても誠意など伝わってこなかった。
どうやら俺をこちらに呼んだことで相当怒られたようで、まるで親の仇でも見るように睨まれた。
俺、悪くないよな?
「寮まで歩きながら説明するわ」
「ああ」
こっちが不機嫌になりたくなるような声で案内されながらも、俺は付いて行くことにした。
※ 役に立たない豆知識
棚から牡丹餅
思いがけず幸運が転がってくること。
転じて異世界に来た事で魔法書を手に入れること