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Don't Touch!  作者: 鳴海 葵
Lesson3
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 中庭は、すっかり冬仕様で、クリスマスツリーのごとく、1メートルほどのゴールドクレストが幾つか並べられている。


「そういえば、伊吹にメルアド聞かれたから、教えといたけど」

「あ……そっか、川島くんだったんだね」

「は?」

「や、あの、誰が教えたのかなぁって」

「つーか、お前らがお互いのアドレス知らないとかって、ありえねぇんだけど」

「……はは」


 笑ったら、ものすごくわざとらしくなって、自分自身に頬が引きつった。

 そんな私を、川島くんの三白眼がぎろりと睨む。


「あのさ」

「な、なに?」

「コレって、何なんだよ。管理のしかた、さっぱりわかんねーんだけど」


 北原の事について聞かれるんじゃないかと思ってた私は、ちょっとだけ拍子抜けして、同じ分だけ安心した。

 川島くんが指差す先には鮮やかな黄緑で、三角に剪定されたゴールドクレストがある。


「理事長が来て、これは管理が難しいからしおりに聞けって。ついでに、でかいもみの木もそのうち持ってくるから、クリスマスの飾り付けするって言ってたぞ」

「ホント?」


 川島くんは面倒くさそうに頷くけど、私はテンションが上がった。

 去年は、このゴールドクレストに小さな飾りをつけて、玄関前にいくつか置き、生徒たちからも好評だったのだ。

 クリスマスツリーをの飾りつけは、いつだってなんだか楽しい気分になれる。


「理事長、水やるなって言うんだけど、どーすんの?」

「ゴールドクレストは、水をやりすぎると根腐れしちゃうし、かといって乾燥しすぎると枯れちゃうし、剪定のタイミングも間違うとダメになっちゃうから、管理はちょっと難しいみたい」

「ふーん」

「土が乾いて何日か経ったら、タイミングよく水をあげてね」


 川島くんが鉢土の表面を触ると、指に黒い土がついていた。


「まだまだ、だね」

「俺、無理。しおりに任せた」

「大丈夫だよ」

「そういう根拠のない『大丈夫』はいらねぇ」

「そんなことないってば」


 両手を頭の後ろで組んで、ちらりと私の顔をのぞくと、川島くんはベンチへ向かい腰を下ろした。

 去年は倉田先生とツリーの飾り付けをしたけれど、今年は川島くんや北原も一緒にするんだろうと思い、みんなの姿を想像すると似合わなくて笑えた。

 でも。

 もしかしたら、北原はいなくなっちゃうかもしれない。

 本当は、こんなところにいる場合じゃないのに。

 温室に、行かなくちゃいけないのに。


「伊吹、なんか、焦ってたけど」

「えっ?」

「余裕ないっつーか。らしくないような」


 私は川島くんの隣に座って、両手を膝の上に置き、大きく息を吐いた。


「北原、留学しちゃうかもしれない」

「えぇっ!? なんだよ、それ!」

「元カノが、迎えに来てるの」

「は? 何がどうなってんのか、全っ然、意味わかんねぇ」


 憮然とする川島くんに、私は黙って口を閉じた。


「あの、ウゼェ女の姉貴が帰ってきたってことか?」

「……愛美先輩のこと、知ってたの?」

「しつこく聞いたら、伊吹のヤツ、やっと言いやがった」

「私も、ホリちゃんから聞いたんだけど、ね」


 私はポケットの中からケータイを取り出し、時計を確認する。

 16:05。

 まだ、今ならまだ北原はいるはずだ。


「……もし、北原とあやのさんのふたりが再会した時、お互いの気持ちが変わってなかったら、またよりを戻そうって約束して別れたんだって」

「はぁ? そういうのって、女の妄想じゃん?」

「えっ」


 一応女の部類に入る私は、胸をぐさりと突かれたような気がした。

 思わず顔をしかめて川島くんを見る。


「だいたい、あの伊吹が、だぞ。そんなふうに待つタイプだと思うか? 縁が切れたらそれまで、はいサヨウナラって感じじゃねぇの?」

「うーん……」


 言われてみればそうなのだけど。

 あやのさんを目の前にした、今まで見たことのない北原の表情がふと浮かんだ。

 喜んだ様子には見えなかったし、ただただ驚いてるって感じだったと思う。


「てか、もし、女の後を追って留学なんてするようなヤツだとしたら、俺、伊吹のこと幻滅するな」

「どうして?」

「プライドなさすぎだろ。男としてかなりダセェ」

「そうかなぁ」

「そうかなぁ、じゃねぇよ。しおりはそれでいいのかよ?」

「あ……」


 そういうふうに話を振られると思ってなかった私は、言葉につまってしまう。

 今朝の夢、私は北原に行かないでと手を伸ばした。

 その手を掴んでくれなくて、遠くに行ってしまう彼に、どうしようもなく悲しかった。

 だけど、あれは、私一人の感情じゃない。

 他人の心の中なんかより、今、私は自分自身の気持ちが知りたい。

 胸に手を当てても、ぐるぐるした迷路の中で、途方に暮れてる私がいるだけで。


「遠慮なんかしてたら、あとからずっと後悔することになるぞ」

「うん……」


 相手が、望むようにしてほしい。

 たとえば、その結末が、私が望んだ未来と違ったとしても。

 ……でも、そんなの、自分の中のキレイゴトだってわかってる。

 ふと、中庭の空気が、温度が変わった。

 私は顔を上げて、引き寄せられるように彼女を見つけた。

 そして、私につられるように、川島くんも振り返り、小さな声を上げる。

 昨日とは違う、柔らかさとは対照的で、触れると壊れてしまいそうな儚さを纏い、ワンピースにジャケットを羽織った、あやのさんが立っていた。

 目が合うと、優しく笑う。


「楽しそうに話してるときに、ごめんね。桜井さん、だよね?」


 名前を呼ばれて、反射的に私は立ち上がった。


「はい……」

「少し、話を聞いてもらっても、いいかな?」


 断ることを許されないと思った。

 妹の愛美先輩とは違う、やっぱり北原に似た、その優しい表情から想像できない冷たいものが私を縛り付ける。

 真っ直ぐに向けられる、あやのさん意識が痛い。

 彼女と私のただならぬ雰囲気を感じ取ったのか、川島くんが立ち上がった。


「じゃあ、俺、教室戻るけど」


 そう言って振り返った川島くんは、私のことを睨みつけながら、負けんなよ、と低い声で呟いた。

 すでに負けそうだよ、と言いたかったけど飲み込んで頷いた。


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