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Don't Touch!  作者: 鳴海 葵
Lesson3
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file3-2

 私は、敵はどこだと探し続けるような戦士じゃない。

 劇的な一発でゲームオーバーになったわけじゃないけど、魔法しか通じない敵の前で、MPがゼロ、みたいな。

 そんな、絶望的な感じ。

 電源をオフにして、コントローラーを投げ出して、現実世界に戻りたいのだけど。

 だけど、残念ながらコレが現実。


「しおり、大丈夫?」


 横から覗き込むホリちゃんを睨んだつもりはない。

 だけど、あまりにも具合が悪くて、ついでに目つきも悪くなったと思う。


「すごく、なんていうか……すごくキレイな人」


 北原の元カノ、あやのさん。

 どこかで見たことがあると思ったのは、愛美先輩を見ていたからじゃなくて。


「似てる、ね」

「似てる?」

「うん……」


 もう、焦点も結べない瞳にぼんやりと浮かんできたのは、やっぱりアイツだ。


「北原と、似てる」


 見た目や優しい笑顔だとか、そんなのは全然違うのだけど。

 必要以上に踏み込めない、彼らがまとう雰囲気が似てると思った。

 どんな大衆の中にいても、ふと目を奪われるような、そんな空気。

 ホリちゃんは、否定も肯定もせず、私と同じようにソファにもたれかかり足を組んだ。


「あんなお姉ちゃんと比べられたら、そりゃあたまんないわよね」

「え?」

「あぁ、梅宮妹の話よ。彼女、たぶん相当なシスコンよ」

「そう、なの?」

「今、梅宮妹は、一生懸命あやのと同じ道をたどろうとして必死なのかもね」


 私は、黙ってホリちゃんを見つめた。

 同じ道をたどるって、どういうことだろう。


「あやのって、特別優等生ってわけでもなかったのよ。それなりに勉強はできたけど…そう、今の梅宮妹と同じくらいね。でも、その存在感は、やっぱりちょっと他の子たちとは違ってて、しおりも知ってのとおり、男子にとっては高嶺の花的存在だったわけ」


 まわりと違う存在感。

 たぶん、私が感じたものと同じだと思う。

 あやのさんが、我が校きってのイケメンであるサッカー部の宮元先輩と別れて、北原と付き合っていたこと、そのことでちょっとした事件が起きて、私も巻き込まれたのはこの春の、つい最近の出来事だ。


「もちろん、それを鼻にかけるような子じゃなかったし、何をしても褒められるような、そんな子でね。妹が入学した時は、梅宮の妹がきたーって、もてはやされたのよ? でも、それもほんの一瞬だったわね」

「そっか……」

「しおりも、思い当たるふしがあるでしょ」


 ホリちゃんに言われずとも、私の中にある出来事が蘇っていた。

 中学に入ってすぐ、担任に、私の姉である香澄の話を散々聞かされたのだ。

 天真爛漫で学級委員だの、生徒会だのをこなしていた姉と同じものを、私にも期待していると言われたのだけど。

 どんなにがんばろうとしても、がんばりきれなかった。

 人と接することが今よりも怖くて、ろくに友達もできない暗いヤツで。

 だからせめて、成績だけは姉を追い越そうと必死になった。

 その結果、レベルとしてはかなり姉の上をいく、この学校に入学できたのだけど。

 私はあの忌まわしい中学を卒業して、燃え尽きてしまったのだ。


「嫌なこと、思い出した」


 ダークグレーな気持ちに拍車がかかる。

 そのころから、姉にも話せないことを、時々家に遊びに来る姉の友達、このホリちゃんに相談していた。


「ちょうどしおりの中学時代みたいな状況の、まさに真っ只中に、今、梅宮妹はいるわけ」

「ふぅん」

「ましてや、姉の存在を知ってるのは、先生方だけじゃなく、三年生全員プラス、二年の一部ってなると、かなりつらいと思わない?」

「……うん」


 私にとって、姉は憧れの存在だ。

 でも、もし、私が今の愛美先輩と同じ状況だったなら。

 比べられる姉の存在が、同じ時代の同じ場所にあったなら、素直に彼女のことなんて認めることができなかったと思う。

 きっと、疎ましかっただろう。


「だから、伊吹のことも、半分は姉に対するあてつけなのかもしれないわね。もちろん、半分は本気で好きなんだと思うけど」


 私は、図書室で愛美先輩から聞こえた声を思い出していた。

 あやのさんに負けない、北原を渡さないという意識は、どこか脆いもので。

 複雑な幾つもの感情が、入り乱れていたのかもしれない。

 私は小さい頃から、姉が持っていたものが羨ましかった。

 人形や、洋服、化粧品、そして、その優しさや心の大らかさ。

 形あるものはオサガリとして私に巡ってきたけれど、決して手に入れられないものもある。

 私は少しだけ、愛美先輩の気持ちがわかるような気がした。


「はい」


 ホリちゃんがやっと早退メモを渡してくれた。


「今日はまず、ゆっくり休みなさいね」

「はーい」


 さっきから引き止めてるのはホリちゃんのほうだと思いながらも、返事をして立ち上がる。

 明らかにいつもと違うダルい身体を動かしながら、保健室を出ようとした。


「しおり」

「?」

「もうひとつだけ忠告」


 わざわざドアを開けてくれたホリちゃんが、私の顔をまじまじと見つめた。


「一番大切な人に、本当のことを信じてもらえなかったら、どう思う?」

「え……?」

「参考にならないかもしれないけど、私だったらショックで自暴自棄になって、相手が一番嫌がるようなことしちゃうかもね」


 それって。

 すぐにピンときて、私はホリちゃんから目を逸らした。


「でも、そんなふうになっちゃったら、ライバルの思うツボなのよねぇ」


 返事をしない私の肩に、ホリちゃんがぽんと手を置く。


「逃げても、楽しいことなんか待ってないわよ」

「………」


 そんなの、わかってる。

 私が無言のまま頷くと、そっと背中を押された。


「じゃ、気をつけて帰るのよ」


 保健室を出て振り返ると、ホリちゃんが手を振り、静かにドアが閉じられた。

 わかってる、ホリちゃんが言うことは十分にわかってる。

 だけど、どうしようもできない自分がいて。

 原因は私の気持ちなのに、あのことを許す気になれなくて。


「とりあえず、今日は帰って寝よ」


 いろいろなことがありすぎた。

 目の前に現れた困難の壁を乗り越えるより先に、ぼろぼろな身体をなんとかしなくちゃ。

 ふらつく身体を引きずるように、私は教室へと戻ることにした。


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