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私は、敵はどこだと探し続けるような戦士じゃない。
劇的な一発でゲームオーバーになったわけじゃないけど、魔法しか通じない敵の前で、MPがゼロ、みたいな。
そんな、絶望的な感じ。
電源をオフにして、コントローラーを投げ出して、現実世界に戻りたいのだけど。
だけど、残念ながらコレが現実。
「しおり、大丈夫?」
横から覗き込むホリちゃんを睨んだつもりはない。
だけど、あまりにも具合が悪くて、ついでに目つきも悪くなったと思う。
「すごく、なんていうか……すごくキレイな人」
北原の元カノ、あやのさん。
どこかで見たことがあると思ったのは、愛美先輩を見ていたからじゃなくて。
「似てる、ね」
「似てる?」
「うん……」
もう、焦点も結べない瞳にぼんやりと浮かんできたのは、やっぱりアイツだ。
「北原と、似てる」
見た目や優しい笑顔だとか、そんなのは全然違うのだけど。
必要以上に踏み込めない、彼らがまとう雰囲気が似てると思った。
どんな大衆の中にいても、ふと目を奪われるような、そんな空気。
ホリちゃんは、否定も肯定もせず、私と同じようにソファにもたれかかり足を組んだ。
「あんなお姉ちゃんと比べられたら、そりゃあたまんないわよね」
「え?」
「あぁ、梅宮妹の話よ。彼女、たぶん相当なシスコンよ」
「そう、なの?」
「今、梅宮妹は、一生懸命あやのと同じ道をたどろうとして必死なのかもね」
私は、黙ってホリちゃんを見つめた。
同じ道をたどるって、どういうことだろう。
「あやのって、特別優等生ってわけでもなかったのよ。それなりに勉強はできたけど…そう、今の梅宮妹と同じくらいね。でも、その存在感は、やっぱりちょっと他の子たちとは違ってて、しおりも知ってのとおり、男子にとっては高嶺の花的存在だったわけ」
まわりと違う存在感。
たぶん、私が感じたものと同じだと思う。
あやのさんが、我が校きってのイケメンであるサッカー部の宮元先輩と別れて、北原と付き合っていたこと、そのことでちょっとした事件が起きて、私も巻き込まれたのはこの春の、つい最近の出来事だ。
「もちろん、それを鼻にかけるような子じゃなかったし、何をしても褒められるような、そんな子でね。妹が入学した時は、梅宮の妹がきたーって、もてはやされたのよ? でも、それもほんの一瞬だったわね」
「そっか……」
「しおりも、思い当たるふしがあるでしょ」
ホリちゃんに言われずとも、私の中にある出来事が蘇っていた。
中学に入ってすぐ、担任に、私の姉である香澄の話を散々聞かされたのだ。
天真爛漫で学級委員だの、生徒会だのをこなしていた姉と同じものを、私にも期待していると言われたのだけど。
どんなにがんばろうとしても、がんばりきれなかった。
人と接することが今よりも怖くて、ろくに友達もできない暗いヤツで。
だからせめて、成績だけは姉を追い越そうと必死になった。
その結果、レベルとしてはかなり姉の上をいく、この学校に入学できたのだけど。
私はあの忌まわしい中学を卒業して、燃え尽きてしまったのだ。
「嫌なこと、思い出した」
ダークグレーな気持ちに拍車がかかる。
そのころから、姉にも話せないことを、時々家に遊びに来る姉の友達、このホリちゃんに相談していた。
「ちょうどしおりの中学時代みたいな状況の、まさに真っ只中に、今、梅宮妹はいるわけ」
「ふぅん」
「ましてや、姉の存在を知ってるのは、先生方だけじゃなく、三年生全員プラス、二年の一部ってなると、かなりつらいと思わない?」
「……うん」
私にとって、姉は憧れの存在だ。
でも、もし、私が今の愛美先輩と同じ状況だったなら。
比べられる姉の存在が、同じ時代の同じ場所にあったなら、素直に彼女のことなんて認めることができなかったと思う。
きっと、疎ましかっただろう。
「だから、伊吹のことも、半分は姉に対するあてつけなのかもしれないわね。もちろん、半分は本気で好きなんだと思うけど」
私は、図書室で愛美先輩から聞こえた声を思い出していた。
あやのさんに負けない、北原を渡さないという意識は、どこか脆いもので。
複雑な幾つもの感情が、入り乱れていたのかもしれない。
私は小さい頃から、姉が持っていたものが羨ましかった。
人形や、洋服、化粧品、そして、その優しさや心の大らかさ。
形あるものはオサガリとして私に巡ってきたけれど、決して手に入れられないものもある。
私は少しだけ、愛美先輩の気持ちがわかるような気がした。
「はい」
ホリちゃんがやっと早退メモを渡してくれた。
「今日はまず、ゆっくり休みなさいね」
「はーい」
さっきから引き止めてるのはホリちゃんのほうだと思いながらも、返事をして立ち上がる。
明らかにいつもと違うダルい身体を動かしながら、保健室を出ようとした。
「しおり」
「?」
「もうひとつだけ忠告」
わざわざドアを開けてくれたホリちゃんが、私の顔をまじまじと見つめた。
「一番大切な人に、本当のことを信じてもらえなかったら、どう思う?」
「え……?」
「参考にならないかもしれないけど、私だったらショックで自暴自棄になって、相手が一番嫌がるようなことしちゃうかもね」
それって。
すぐにピンときて、私はホリちゃんから目を逸らした。
「でも、そんなふうになっちゃったら、ライバルの思うツボなのよねぇ」
返事をしない私の肩に、ホリちゃんがぽんと手を置く。
「逃げても、楽しいことなんか待ってないわよ」
「………」
そんなの、わかってる。
私が無言のまま頷くと、そっと背中を押された。
「じゃ、気をつけて帰るのよ」
保健室を出て振り返ると、ホリちゃんが手を振り、静かにドアが閉じられた。
わかってる、ホリちゃんが言うことは十分にわかってる。
だけど、どうしようもできない自分がいて。
原因は私の気持ちなのに、あのことを許す気になれなくて。
「とりあえず、今日は帰って寝よ」
いろいろなことがありすぎた。
目の前に現れた困難の壁を乗り越えるより先に、ぼろぼろな身体をなんとかしなくちゃ。
ふらつく身体を引きずるように、私は教室へと戻ることにした。