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Don't Touch!  作者: 鳴海 葵
Lesson1
6/127

file1-3

『コンナニ愛シテルノニ』

『モット近クニイタイ、モット知リタイ』

『誰ニモ渡サナイ、触レサセナイ』

『許サナイ』

『殺シタイ、殺シテヤル』

『殺ス』


 次々と降り注ぐ、誰ともわからない、愛と憎しみに溢れたその声を、意識を拒むことができずに、呼吸が乱れて身体が震えだす。

 やがて、ゆっくりと扉は閉じた。

 そして、私の目には、白く無機質な天井が写る。

 まだ震える身体を両手で押さえるように抱きしめて、私はそのままその場に座り込んでしまった。

 目の前にあるドアノブ。

 愛から強烈な憎悪へと変化していった声を思い出し、冷たい汗が頬を伝う。

 乾いてカラカラなはずの口を閉じて、あるはずのない唾をゴクリと飲んだ。

 

「どうして……」


 今まで、ずっと閉じ込めておくことができたのに。

 鍵を掛けていた扉が、ついに、開いてしまった。


 目で見て、耳で聞いて、その臭いを感じ、触れてみて、言葉を発する。

 それと同じように、私は自分に触れた人の心が聞こえた。

 まるで当たり前だったその感覚は、他の誰もが同じように持っているものだと信じて疑わなかった。

 

 いつからだろう、まず、大人が私を嫌った。

 変な子だと言って、私を避けるようになった。

 小学校に入る頃には、友達にも不思議がられた。

 最初は皆、面白がっていたのに、自分にとって都合の悪いことを聞かれると、私を避けた。

 もしかしたら、自分だけがみんなと違うのかもしれないと思ったのは、いつからだろう。

 でも、確信したのは、あの事件以来だ。

 悲しくて、悔しくて。

 でも、仕方ないんだ。

 だって、こんなものを生まれ持った私が悪い。

 

 少し落ち着いた鼓動を確かめて、大きく深呼吸する。

 顔を上げると、そこにあるのは、幾人もが触れて、白く薄汚れた銀色のドアノブ。

 最近頭が痛いのは、扉が開こうとしているのだと、自分でなんとなくわかっていた。

 幼い頃のおまじないは、そろそろ使用期限切れで。

 だけど、違う。

 物から声が伝わってきたのは初めてだ。

 それも、すごく強烈に、鮮やかに、ひどく強引に。

 とりあえず、また扉は閉じたみたいだけど。

 でも、このドアノブに触れるのは、怖い。

 突然、私の目の前の景色がぶれたと思うと、勢いよく開かれたドアが、私の額を直撃した。


「痛いっ!」


 ガツン、と音をたてて、あまりの衝撃にドアが微妙に振動している。

 ちょうど角だ、角、ドアの角が私の額に当たったに違いないっ。

 割れたような痛みに、思わず両手でそこを押さえると、次に、ぬめっとした感触が手に伝わった。


「あ、ごめん」


 私の衝撃に対して、真逆ともいえるほど冷静な声が上から聞こえてきて、ちょっと腹が立った。

 額に当てた手をゆっくり離すと、少しだけ血がついている。


「やだ……もう」


 悲しくなってきた。

 ただでさえ、さっきまで頭が割れそうに痛かったのに。

 こんな仕打ちをしたヤツの顔を見てやろうと、顔をゆっくり上げると同時に、静かにドアが。

 閉まった。


「は!? ちょっと!!」

 

 人を怪我させておいて、何なのよ。

 何か一言文句言ってやんなきゃ気がすまない。

 私は立ち上がり、危うくドアノブに手を掛けようとして、やめた。

 これに触ったら、またあの意識が入ってくるかと思うと、怖い。

 ためらっていると、再び勢いよくドアが開き、またぶつかりそうになるギリギリで、辛うじて避けた。


「あら、どうしたのよ、そのおでこ」


 白衣姿の養護教諭、ホリちゃんこと堀口都子ほりぐちみやこ先生が現れて、私の前髪をかき上げ、額の傷を見る。


「ホリちゃぁん……」


 ホリちゃんを見ると、安心して涙がこぼれてきた。

 158センチの私の目の前に、グラマラスな胸の谷間が見える。

 開襟の白衣の下には、黒い襟ぐりが大きく開いたカットソー、短めのタイトスカートからは、白く柔らかそうな細い足がのぞく。

 モデル並みの小顔に、長身、メリハリのきいたボディ、黒く長いカールされた髪。

 学校の養護教諭としては、完全に不適切だけど、抜群のスタイルだ。

 だけど、顔のパーツが、イマイチ。

 おしい。

 明るく、気さくでサバサバした性格は、生徒の誰からも愛されて、みんな「ホリちゃん」って呼んでる。


「何泣いてんのよ、いじめられた?」


 口を大きく開けて笑うと、一番奥の銀歯までのぞいて見えた。

 立ち尽くす私の手を引いて、保健室の中にある、黒いくるくる回るイスにの前まで連れて行かれた。

 そして、肩に手を置いて、押さえるように私を座らせる。

 だけど、良かった。

 触れられても、ホリちゃんの感情は私の中に入ってこない。

 私は大きく息を吐いた。


「なあに、溜息なんかついちゃって。どうしたのよ」

 

 そうだ、うっかり忘れるところだったけど、この傷をつくった張本人がここにいるはずだ。

 あまり広くない保健室を見渡すと、窓際で、まるで景色と一体化したように存在感を失くしている男がいる。

 細身で背が高く、端正な横顔は、目を細めて、窓の外に広がる曇り空を、うっとおしそうに見つめている。


「あの人!」


 顔は見てないけど、間違いない、アイツがドアを開けたんだ。

 私が叫んでソイツを指をさすと、消毒液を塗ろうと私の前髪を上げたホリちゃんが、ちらっと彼のほうを見る。

 そして、ヤツがこっちを向いた。

 それはものすごい威圧感と傲慢な視線で、上から弱者を蔑むように私を見た。

 表情は無く能面のような顔に、一瞬私は鳥肌が立った。

 まるで萎れるように、差していた指をゆっくり引っ込める。

 彼を責める準備をしていた口を、開くことすらできない。

 ひどく冷たい雰囲気が彼から伝わってくる。

 思わず私は目をそらして、目の前にいるホリちゃんの方を見た。


「今、ここに入ろうとしたら、ドアが急に開いて……いてて」

「強く当たっちゃったのね、うーん、結構深く切れちゃってるかも」


 消毒液が傷口からガンガン染みて、私は再び涙ぐんで、甘えるように上目使いでホリちゃんを見た。


「そんな甘えた顔しない!」

「いでっ!」


 さっきから、私の頭は痛みのトリプルパンチ。

 痛みに悶える私を笑いながら、ホリちゃんは、ガーゼを適当な大きさに切り、傷口にあてると、大きな紙テープを張った。


「はい、お客様、これでいかがですか?」


 そう言って、美容師さんみたいに、私に大きめの手鏡を渡す。

 鏡の中をのぞくと、私の額の真ん中には、白いガーゼが大げさに張られている。

 なんで保健室に来てまで怪我をしなきゃいけないんだ。

 と、鏡の中で、私の後ろを通り過ぎる影が写って、私は振り返った。

 さっきまで窓際に立っていたアイツが、ドアを開けてここを出て行くところだった。

 

「あ……」


 先に声を掛けたのは、ホリちゃんだった。

 その声に、アイツは相変わらず冷淡な顔で振り返る。


「わかってます」


 そう言うと、彼は静かにドアを閉めた。


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