表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Don't Touch!  作者: 鳴海 葵
Lesson2
56/127

epilogue-2

「うぉりゃっ、くそっ!」


 川島くんの腕の中を鮮やかに、縫うようにすり抜けていく蝶。

 舞うような羽の動きに、つい見とれてしまう。

 こんなふうに、じっくりと蝶を見つめるなんて、本当に幼かった頃から、もう忘れていた。


「え……えぇっ!」


 だけど、その蝶の動きに、私は思わず声を上げた。

 真っ直ぐに、こっちに向かってくるんだもん!!

 確かに、大好きな倉田先生が大切にしていたこの子が羽化したんだし、それはきっと先生も喜ぶから私も嬉しい。

 でも、でも!!

 だから、この羽は好きだけど、胴体は、胴体は……。


「ひぃぃっ……」


 このままだと顔にぶつかってきそうで、思わず出た左手、私のその人差し指に、蝶は止まった。

 その幼虫の時とあまり変わらないだろうと思える胴体部分を見て、全身足元から頭のてっぺんまで鳥肌が立つ。

 

「桜井、蝶嫌いなのか?」


 私の様子に、横にいた北原が言う。

 反応したいのだけど、動くことすら出来ない私は、眼球だけ北原のほうを向けた。


「う、ん」


 泣きそう。

 北原でも、川島くんでもいいから、とにかくこの蝶を捕まえて!


「おまえって、本当に……」


 そう言って、北原が笑う。

 どうせ、馬鹿だなとか言うんでしょ!

 そんなことわかってるから、もういいってば。


「桜井、この蝶に、まだ飛ぶなよって言い聞かせろ。このまま外に行って放してやろう」

「!」


 意地悪。

 嫌いだって言ってるのに……。

 私たちのやり取りを不思議そうに見る川島くんも一緒に、三人で中庭を出て、廊下を渡り、温室前までやってきた。

 植物に語りかける時と同じように、指先から私の意思が伝わるよう心の中で話しかけてみたら、その間中、蝶は私の指先で、時々ゆっくり羽を動かしながら留まっていた。


「なぁ、しおりって、昆虫使い?」

「へ?」

「だって、こんなに大人しくしてるなんて、有り得ないだろ」


 もちろん私の能力については、香奈同様、川島くんにも内緒。

 疑いの眼差しで首をかしげた川島くんが、蝶に手を伸ばした時だった。


「あっ」


 ひらり、蝶が舞った。

 自由の、空へ。


「きれい……」


 ゆらゆら頼りないけれど、赤い空へ旅立つアゲハ蝶。

 生まれてきた意味を考える時間などない、はかない季節を過ごすために。

 私たちも、学校という名の箱庭から、いずれ旅立っていく。

 先の見えない、不透明な自由の世界へ。


「ところでさ」


 ちょっとセンチメンタル&ロマンチックな幻想に浸っていたのに、川島くんの声がそれを破る。


「おまえらって、付き合ってんの?」

「は!?」


 大声を出してしまった私は、すぐさま首を左右に振る。


「有り得ない、有り得ない、有り得ない」


 だから、どうしてみんなそんなふうに思うのよっ。

 川島くんの疑いの目が北原の方を向くと、私もつられるように北原を見た。


「そんなふうに否定されるのは、残念だな」


 えっ!? ちょっと、何よそれ。


「そうやって、北原が曖昧ではっきり言わないから、みんな誤解するんじゃないっ」


 私が必死で訴えても、北原は表情を変えないまま、こっちに視線も合わせない。


「ふうん。じゃあ、しおり、俺と付き合えよ」

「……な、な、な、何!?」


 立てた親指を自分に向けて、川島くんなりのキメ顔で私にとんでもないことを言ってくれる。

 一体何がどーなってんの!

 突然のことに、ぽかんと口を開けたまま、私はただ首をかしげた。


「冗談はこれくらいにして、川島、戻るぞ」


 川島くんより頭ひとつ分背の高い北原が、川島くんの襟元をつまむように掴むと、シャツの首が絞まった川島くんは白い歯を食いしばって見せた。

 身体を翻すと、得意の三白眼で北原を睨む。


「死ぬだろッ!」

「よく考えろよ」

「なんだよ。俺は本気だ」

「川島のレベルに、桜井がついていけると思うか?」

「………」

「馬鹿にレベルを合わせるのは、けっこう大変だぞ」

「……ああ、そうか」

「疲れる恋愛は長続きしないと俺は思うけど、それでもいいなら、応援するよ」

「………」


 そんな会話のあと、ふたり揃って私を見る。


「何なのよっ! もう、帰るっ!!」


 屈辱っ!

 もう、ふたりとも、いつか覚えてなさいよ。

 ……って、私がふたりに対抗できるかわかんないし、対抗したところで彼らに屈辱を与えるようなことができるなんて、考えられないけど。

 どこまでが冗談なのかわからない北原は、やっぱり私をみて笑ってるし、川島くんは北原に言われたことを真に受けて考えてるし。

 私はふたりからぷいと顔を背け、カバンを置いたままの教室へ向かう。

 けなされてばかりは、とても楽しいなんて言えないし、頭のレベルが違いすぎて違和感もあるけど。

 それでも、互いを探りあいながら、表面ではイイコトしか言い合えないクラスメイトといるより、ずっと気持ちがいい。

 私はふたりから見えなくなったところで、ちょっとだけ笑った。


 ◆Lesson2 完結 Lesson3へつづく◆ 




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ