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Don't Touch!  作者: 鳴海 葵
Lesson2
55/127

epilogue 「begin」

「えっ……うそ」


 倉田先生から預かった植物の変化に、私は驚いて声を上げた。

 つい10日ほど前、ぐったりしていたはずの葉が、日に日に元気を取り戻してきたのは、気持ちいいほど目に見えてわかってたけど。

 その真ん中から伸び、首をもたげるようにした茎の先端に、小さなつぼみが付いている。

 嬉しくて、私は思わずにっこり笑った。


「良かったね」


 葉を撫でると、私の言葉に答えるように、小さな粒子が指先から伝わってくる。

 それは、初めて触れたときよりずっと生命力を増して、きらきら輝いてるみたい。

 本当に良かった。

 だけど、この子を触るたびに、倉田先生と彼女のことを思い出す。

 川島くんの一件が落ち着いてから、私の夏休みはいよいよ地獄の様相を見せ、太陽がとっくに落ちても帰れない日が続いていた。

 その間、倉田先生は時々ここに来てたみたいだけど、会うことが出来なくて。

 たとえ会えたとしても、彼女のことを直接聞けるわけがなくて。

 彼女の病状はよくわからないし、だけど、この子みたいに元気になってくれることを祈ってた。

 あと少しで夏休みも終わる。

 結局私は、去年と同じように『休む』ことなく、追試漬けの毎日。

 今日はまだお天道様を拝める時間に、監獄ともいえる教室から解放された。


「中は終わった」

「あ、ありがとう」


 温室から出てきた北原は、こめかみから流れる汗を拭う。

 そうなのだ、あの日、北原が言ったことは冗談だと思っていたのに、本当にここの植物たちの世話をしてくれるようになったのだ。

 温室の中にある植物の水遣り担当、副部長。

 私にとって、学校内唯一の癒しの場を、どうしてコイツと共有しなくちゃいけないんだッ!

 有難迷惑とは、このことだよ……泣きたい。

 それに、部員募集なんかした覚えないし、なにより副部長だなんて。

 苦笑する私の横に来て、北原はつぼみを付けた名もなき花に顔を近づけ凝視する。


「見事な回復だな。咲くのか、これ」

「うん、たぶん」


 体勢を戻すと、ふーんと呟き、腕を組む。

 北原の冷たい目で見つめたら、この子、また枯れちゃいそうだよ。

 そんなことを考えながら、北原を下からちらりと睨むと、逆に見下ろされて視線がぶつかり、咄嗟に目をそらす。

 あぁ、ヤダヤダ。


「そういえば、倉田先生の彼女、順調に回復してるみたいだって都子が言ってた」

「えっ?」

「詳しいことは知らないけど、手術も無事に終わって、倉田先生もほっとしてるって」

「本当! よかったー」


 私は大きく息を吐くと、先生から預かった鉢を両手で包む。


「よかったね、もうすぐ、帰れるよ」


 その頃には、先生が言ってたみたいに、ちょうど500円玉くらいの花も開いているだろう。

 だけど、胸の奥がちくりと刺されたみたいに痛い。

 自分勝手な感情が、どこかでまだ倉田先生への想いを断ち切れなくて。

 好きな人が幸せになるっていうのに、自分自身に呆れてしまう。

 私は北原に気付かれないように、小さく溜息をついた。


「川島、遅いな」

「あ、中庭、行ってみようか」


 北原だけじゃない、あれから川島くんは園芸部、会計係。

 だいたい部費もないのに、会計って何だ……と思ったけど、これで接点の出来た私たちは、毎朝、ここで顔を合わせてる。

 私の来られない夕方には、北原と川島くんとで、手分けして水遣りをしてくれている。


「あ、こら! 待て!!」


 北原とふたりで中庭に着くと、もがくように両手を空中で振り回し、声を上げながら、川島くんが何かを追いかけていた。


「お、伊吹、しおり、お前らも手伝えよ!」


 相変わらず三白眼を吊り上げた川島くんの視線の先にあるのは。


「あっ、アゲハ……」


 ひらひらと頼りない導線を描きながらも、川島くんから優雅に逃げ回ってる。

 黒に縁取られた鮮やかな黄色。

 朝、気付かなかったけど、羽化してたんだ。

 どれだけ追いかけていたのか、息を切らした川島くんが私たちの目の前に来ると、膝に手をついた。


「捕まえちゃうの?」


 私が聞くと、川島くんは顔を上げて、うんざりした呆れ顔で私を睨んだ。


「しおり、やっぱりオマエ馬鹿だよな」

「う……何よ」


 なぁ、と川島くんは北原に同意を求めるように聞けば、北原がいつもの冷静冷淡無慈悲な顔で頷く所が、くやしいけど想像がつく。

 つい前に出てしまう唇を引っ込めて腕を組むと、川島くんが話を続けた。


「あのなぁ、このままこの中庭っていう小さな箱の中で、アイツの一生終わらせるのは可愛そうだろ?」

「え、だって」


 力説する川島くんをよそに、私は吹き抜けの天井、空を指差した。


「馬鹿なしおりに教えてやろう。蝶の通る道は、だいたい地上2~3メートルの高さだといわれてる。最高でも17メートル、建物でいうなら四階くらいまでしか飛べないんだよ。わかるか? この学校は四階建てだ、しかも、この箱庭は風も通らない。空が見えるのに届きそうなのに届かない、井の中のカエルと同じ。考えてみろよ、地獄だろ」

「はぁ……そ、そうなんだ……」


 きっと、今私は、川島くんや北原から見ると、相当マヌケな顔をしてるに違いない。

 川島くんは、最初の2、3日は無口だったものの、打ち解けてみたら、素直すぎるほどよく喋る。

 ホリちゃんのリサーチどおり、口が悪いのは変わらないけど。

 あんなことを言った北原とも上手くやってるみたいだし、怒りっぽいところはあるけど、それも彼の個性だと思うことにしてる。

 ただ、北原にしろ、川島くんにしろ、私を「馬鹿」扱いすることに変わりないわけで。

 ……自分でも認めてるけどっ! ちょっと居心地が悪い。

 だけど、だからって川島くんをもうひとりぼっちにしようだなんて思わない。

 北原いわく、『類は友を呼ぶ』んだそうだ。

 私はこのふたりの類だとは思いたくないんだけど、ね。


「あ」


 北原の声に、私は彼のほうを向いた。


「え?」


 北原が指差すほう、私の正面を向き直ると、川島くんが再びオーバーアクションでアゲハ蝶に飛びかかっている。


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