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Don't Touch!  作者: 鳴海 葵
Lesson2
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 友情とか、恋愛とか、そういうのは面倒だから大嫌いだ。

 うわべだけで、適当にあしらえたなら結構、それ以上、何にもいらない。

 なぜなら、どれだけそれらが私を左右して、喜びを与えるのか知っているから。

 そして、それを失った時の冷え切った心と、手に届かなくなった辛さや悲しみを、もう、これ以上知りたくないから。

 だけど。


『それでも本当に助ける気があるなら、俺もその同類になるけど?』


 今は川島くんに対して酷いことばかり言う北原だけど、あの時の言葉は、たぶん、本心だと思う。

 私は、もう一度、そういうの信じてもいいんじゃないかって思ってる。

 まだ子供で、不器用だけど、誰かと一緒なら、なんとか掻い潜ってでも続けていけるような、そんな気がするから。


 私は一度、深く息を吐いてから、口を開いた。


「こっちに、来て」


 川島くんにできるだけ近づいて、私は彼に手を伸ばした。


「私は……私は、ずるいんだ。ひとりになりたくなくて、自分に嘘つきながら、みんなに良い顔して。居心地なんて、ちっとも良くないのに。馬鹿でしょ」

「………」

「だけど、その中にも、自分をわかってくれる人が現れるんじゃないかって思ってた」


 諦めの中の、淡い期待。

 嘘をつきながらも、本当のことを話せる人を探してた。


「でも、それじゃあダメだってわかったんだ。私が本当のこと、本当の気持ちを話さなきゃ、相手だって受け入れてくれないって、わかったの。わかった今でも、上手にできるかって言ったら、そうでもないんだけど」


 だけど、ひとつひとつ、心を解いて、打ち明けたなら、きっと相手はわかってくれる。

 ホリちゃんも、香奈も、そして、ここにいる北原も、以前の私のままなら、横にいてくれなかったと思う。

 うつむいていた川島くんが、少し顔を上げた。

 その視線は、私の差し出した手を見つめてる。


「だから、川島くんの弱い部分、見せていいんだよ」


 川島くんのずっと奥に隠れてる、もうひとりの川島くん。

 青い透明な海に沈められて、閉じこもって、浮き上がることを知らない。

 本当は、そこから出たいと、飛び出したいと空を見つめているのに。


「ば、馬鹿馬鹿しい」


 ちらりと私の目を見ると、私を避けるように、川島くんは縁から降りた。


「あいつらの前で本当に飛び降りると思ったか? 弱い部分? なんだよ、それ…はは」


 感情のない笑い声のあと、川島くんが足を踏み出すと、力が抜けたように膝が折れて、地面に手をついた。

 その手が、ぶるぶると震えている。


「川島、いい加減、素直になれ」


 歩み寄って、彼のそばに北原がしゃがむと、川島くんと向かい合うコンクリートの地面に、黒いシミがぽつぽつと現れた。


「……っく」


 握り締めた拳にも、次から次へと零れる川島くんの涙。


「どこまで不器用なんだよ」


 呆れてる北原も、表情が緩んでる。

 私も川島くんの横に座ると、彼は泣き顔をゆっくり上げた。

 ただでさえ幼い顔つきが、涙のせいで尚、子供っぽく見える。


「桜井は知ってたかどうか知らないけど」

「え?」

「いつも、こそこそと俺たちのこと見てただろ」


 北原に言われて、川島くんは私たちから顔をそらし、腕でごしごしと涙を拭いた。


「俺たちがどれだけ本気か、命まで懸けるなんて、どうかしてるな」

「それ…どういうことなの?」


 北原の、あの川島くんの感情を逆なでするような行動や、川島くんが「わざと」ことを起こしたってことも、一体どういうことなのか説明して欲しい。

 小さな声で私が北原に聞くと、いつもの冷たい目線が、どうしてこんなこともわからないんだと言いたげに、こっちに向けられた。


「……俺は、…本気だった。」


 喉に何か詰まっているような、かすかな声で川島くんが言った。


「最初は本当にこの学校をぶっ飛ばすつもりだったし、あのまま、自爆しようと、どうなろうとよかった。……だから、最後に、確かめたくなったんだ。こんな俺でも、手を差し伸べてくれるヤツがいるのかどうか」


 その表情は、あの時、川島くんの心の底にある海の中で見たものと同じだった。

 ぼんやりと、どこか悲しそう。


「どうせこれから、俺を突き出すんだろ」


 空虚な瞳が、今は黄昏の中で赤く染まって見える。


「突き出す?」

「あの馬鹿教師どもか、ろくに犯罪者も捕まえられなくなった警察か」

「そんなことして、何になる。川島が言っただろ、俺たちは、学校から見捨てられてるって。上っ面さえ良けりゃ、死のうが、罪を犯そうが、かまわない。それなら、俺たちが川島を突き出したところで、学校も迷惑なだけだ。それに、川島のその才能がこんなことで失われるのは惜しい」


 淡々と話す北原に、川島くんも憮然として眉を寄せた。


「そのことで、またいろいろ聞かれるもの俺は面倒だし、桜井、お前も望んでないだろ?」


 突然話を振られて、私はただ頷いた。


「でも、偶然とはいえ、前の爆発で俺たちはケガをした。それについては責任を取れ」

「なっ……」


 北原の、いつもの駆け引きだ。

 どうするつもり?


「今日から川島は、この園芸部の会計に任命する」


 表情ひとつ変えず、そう言った北原に、私も川島くんも何を言われたのか把握できず、ぽかんと口を開けた。


「会計って……っていうか、園芸部は……」


 顧問の倉田先生と、自称部員は私だけ。

 だいたいそんなもの、本当は存在してない。


「部長はこの桜井」

「へっ!?」


 何それ!


「副部長は俺」

「は!?」


 い、いつの間に!?


「で、会計が川島。まぁ三人で仲良くやろうぜ」


 そんなの、聞いてないッ!!

 だけど、楽しそうな北原と、目の色を変えてこっちを向いた川島くんに、私の反論の余地はなかった。

 生きた色を取り戻したような川島くんの瞳は、もう他の色に染められていない。

 ふと、北原はポケットからケータイを取り出すと、どこかに短いメールを送信する。


「さて、じゃあ、新生園芸部、活動の1回目は、中庭の危険物完全処理と水遣りだな、部長」


 ディスプレイを閉じ、立ち上がった北原が私に言う。


「へ? ……あ、う、う、ん」

「川島も、行くぞ」

「……わかった」


 あっけに取られた私は、先に立ち上がった川島くんに遅れまいと体を起こし、バランスを崩してコケそうになる。


「頼りない部長だけど、よろしくな」


 その言葉にむっとする私をみて、にわかに川島くんが笑ったように見えた。


「なっ、何よっ。さっさと水遣りして帰るわよっ!」


 振り返ったふたりが、ふたりとも私を馬鹿にしているような気がして、急に恥ずかしくなった私は急いで階段へ向かった。

 そのとき、能天気な声で、訓練終了でーすっ! というホリちゃんのマイクを通した声がグラウンドに響き、生徒たちのブーイングが聞こえてきた。


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