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Don't Touch!  作者: 鳴海 葵
Lesson2
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file5-2

「なんとかしなくっちゃねぇ」


 本日も補習+追加授業が終了し、いつもなら温室か中庭に行くのだけど。

 私はなんとなくどちらに行く気もしなくて、自分の教室に戻り、窓からぼんやり外を眺めた。

 頭の中では川島くんのこと、爆破予告をなんとか止める方法をさがそうとするのだけど、心はずっと昨日の状態から変わることがなくて。

 よく香奈やクラスの女子が、失恋には新しい恋がイチバン! なんて言うけど、そうやって上手く切り替えできる彼女たちが、今は羨ましい。

 私、こんなんじゃなかったのに。


「……ああっ、もうやめやめ!!」


 また沈んでしまいそうになる自分を奮い立たせて、気合を入れて、鼻からふんと息を吐く。

 とにかく、夕方の水遣りをするために、私は中庭に向かうことにした。

 この時間になると、中庭の上部にある壁に夕日が当たり、そのオレンジ色が影の下にある中庭をセピア色に染める。

 生徒たちの賑やかな声が時折聞こえる廊下を抜けて、私は中庭にたどり着いた。


「あれ……」


 すでに開かれたガラスの扉の向こうに、人影を見つける。

 それは、愛しの倉田先生でも、憎い北原でもなく。


「川島…くん……?」


 後姿の彼が、ゆっくりと向きを変えようとして、私は思わず影に身を潜めた。

 予告された爆破の下見なのだろうかと、こっそり彼の様子を覗く。

 この世の全てを睨みつける目は、ぐるりと中庭を見渡し、そして、空を見上げた。


 どくん。


 体が強い衝動で揺れ、私は胸元を押さえる。

 大きな波のような波長。

 鳴り続け、空気を揺らすのは、私の心臓じゃなく、たぶん川島くんの鼓動だ。


 どくん、どくん、どくん。


 少しずつ早く震える心臓の音。

 それと同時に、川島くんの表情がわずかに歪み、唇を噛んだ。


『……シテヤル』


 閉じていても、無理やりに私の扉をこじ開けて入り込もうとする意識。

 感じられる確かな殺意に、私の体温が奪われる。

 このままじゃ、だめだ。


「あのっ!」


 突然現れた私に、川島くんは大きく体を揺らして驚くと、三白眼を見開いてこっちを睨んだ。


「あの……ですね、えっと……」


 どうしよう、どうしよう。

 何を言えばいいの?

 こういう時、北原だったら上手いこと言うんだろうけど、やっぱり私は思いつけない。

 警戒心剥きだしに睨まれると、なおさら何て言っていいかわかんない。


「……あの、もしよかったら、園芸部入りませんか?」


 何言ってんの、私!?

 笑ってるつもりだけど、上手に笑えてる自信なんて、もちろん、無い。


「私と生物の倉田先生で、この中庭と温室の両方をみてるんですけど、今、倉田先生もあまり学校に来れなくて、私ひとりで大変なので、もしよければ、勉強の合間に水遣りでも……」

「興味ない」


 だよね。

 次の言葉を探しながら首をかしげて愛想笑いすると、川島くんの表情は、ますます曇っていく。


「オマエ、一体何なんだよ。用がないなら行けよ」

「あ…そうなんだけど」


 川島くんはイライラしてるのか、不自然に体が揺れて視線も定まらない。

 私は意を決して口を開いた。


「あの、ここ、この中庭、私の大切な場所なの」

「……は?」

「だから…あの時みたいなことがあったら……」


 そこまで言うと、川島くんの動きがぴたりと止まり、その眼差しは鋭く私を射抜く。


「噂だって思ってる。予告とか、そういうの、単なる噂に過ぎないって思ってるから」


 川島くんは一度目をそらすと、次は口角を吊り上げてこっちを向いた。

 その微笑みは、北原が私を睨むのなんか比べものにならないほど恐ろしくて、残酷で、鳥肌が立つ。

 私は息をのんで身構えた。


「馬鹿じゃねぇ?」

「何、が……?」

「ここが大切な場所? オマエが作ったオマエの場所なのかよ? 理事長がぶっ壊すって言っても、泣きすがって抵抗すんの? 体張ってこの草と命を共にするわけ?」


 さも馬鹿にしたような笑い方で、私を指差した。


「そんなんじゃなくて」

「だったら、何だよ」


 むっとして言い返したものの、そのあとが続かない。

 言葉に出してしまったら、安っぽい同情にしか聞こえない気がする。


「オマエだけに教えてやるよ」

「え……」

「爆破予告はまだ先だけど、気が変わった。こんな学校、明日、ぶっ飛ばしてやる」

「えっ!?」


 威嚇する獣みたいに歯を食いしばり、強く手を握り締める。

 とても、私ひとりじゃ彼を止められないような気がする。


「どうして?」

「あ?」

「どうして、そんなことしようとするの?」


 あの時見た川島くんの中の世界では、決してそんなことを望んでいるようには思えなかった。

 そして、結果、再びひとりきりになってしまうことを知っているはずだ。


「うるせぇな。オマエみたいな馬鹿には関係ねぇよ」

「関係なくないよ」

「はぁ? ウゼェ」


 吐き捨てるように言うと、川島くんは私を通り過ぎて中庭を出ようとする。

 その彼の手を、私は思わず掴んだ。


「わかってるんでしょ。そんなことしたって、何にも変わらないって」


 大きく目を見開くと、強く私の手を振り払う。


「何にも知らねぇくせに」

「知ってるよ。だから」

「やめろよ!!」


 静かな廊下に川島くんの怒鳴り声が響く。

 私を睨みつける目も、彼を見つけたときみたいな殺気を感じない。

 むしろ、必死に弱さを隠してるみたいで。


「全部、消してやる」


 威勢をなくして震えた声でつぶやくと、川島くんは逃げるように駆け出した。


「待ってよ!」


 走り去っていく川島くんを追うことが出来ずに、私はただ彼の背中を見送った。


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