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「なんとかしなくっちゃねぇ」
本日も補習+追加授業が終了し、いつもなら温室か中庭に行くのだけど。
私はなんとなくどちらに行く気もしなくて、自分の教室に戻り、窓からぼんやり外を眺めた。
頭の中では川島くんのこと、爆破予告をなんとか止める方法をさがそうとするのだけど、心はずっと昨日の状態から変わることがなくて。
よく香奈やクラスの女子が、失恋には新しい恋がイチバン! なんて言うけど、そうやって上手く切り替えできる彼女たちが、今は羨ましい。
私、こんなんじゃなかったのに。
「……ああっ、もうやめやめ!!」
また沈んでしまいそうになる自分を奮い立たせて、気合を入れて、鼻からふんと息を吐く。
とにかく、夕方の水遣りをするために、私は中庭に向かうことにした。
この時間になると、中庭の上部にある壁に夕日が当たり、そのオレンジ色が影の下にある中庭をセピア色に染める。
生徒たちの賑やかな声が時折聞こえる廊下を抜けて、私は中庭にたどり着いた。
「あれ……」
すでに開かれたガラスの扉の向こうに、人影を見つける。
それは、愛しの倉田先生でも、憎い北原でもなく。
「川島…くん……?」
後姿の彼が、ゆっくりと向きを変えようとして、私は思わず影に身を潜めた。
予告された爆破の下見なのだろうかと、こっそり彼の様子を覗く。
この世の全てを睨みつける目は、ぐるりと中庭を見渡し、そして、空を見上げた。
どくん。
体が強い衝動で揺れ、私は胸元を押さえる。
大きな波のような波長。
鳴り続け、空気を揺らすのは、私の心臓じゃなく、たぶん川島くんの鼓動だ。
どくん、どくん、どくん。
少しずつ早く震える心臓の音。
それと同時に、川島くんの表情がわずかに歪み、唇を噛んだ。
『……シテヤル』
閉じていても、無理やりに私の扉をこじ開けて入り込もうとする意識。
感じられる確かな殺意に、私の体温が奪われる。
このままじゃ、だめだ。
「あのっ!」
突然現れた私に、川島くんは大きく体を揺らして驚くと、三白眼を見開いてこっちを睨んだ。
「あの……ですね、えっと……」
どうしよう、どうしよう。
何を言えばいいの?
こういう時、北原だったら上手いこと言うんだろうけど、やっぱり私は思いつけない。
警戒心剥きだしに睨まれると、なおさら何て言っていいかわかんない。
「……あの、もしよかったら、園芸部入りませんか?」
何言ってんの、私!?
笑ってるつもりだけど、上手に笑えてる自信なんて、もちろん、無い。
「私と生物の倉田先生で、この中庭と温室の両方をみてるんですけど、今、倉田先生もあまり学校に来れなくて、私ひとりで大変なので、もしよければ、勉強の合間に水遣りでも……」
「興味ない」
だよね。
次の言葉を探しながら首をかしげて愛想笑いすると、川島くんの表情は、ますます曇っていく。
「オマエ、一体何なんだよ。用がないなら行けよ」
「あ…そうなんだけど」
川島くんはイライラしてるのか、不自然に体が揺れて視線も定まらない。
私は意を決して口を開いた。
「あの、ここ、この中庭、私の大切な場所なの」
「……は?」
「だから…あの時みたいなことがあったら……」
そこまで言うと、川島くんの動きがぴたりと止まり、その眼差しは鋭く私を射抜く。
「噂だって思ってる。予告とか、そういうの、単なる噂に過ぎないって思ってるから」
川島くんは一度目をそらすと、次は口角を吊り上げてこっちを向いた。
その微笑みは、北原が私を睨むのなんか比べものにならないほど恐ろしくて、残酷で、鳥肌が立つ。
私は息をのんで身構えた。
「馬鹿じゃねぇ?」
「何、が……?」
「ここが大切な場所? オマエが作ったオマエの場所なのかよ? 理事長がぶっ壊すって言っても、泣きすがって抵抗すんの? 体張ってこの草と命を共にするわけ?」
さも馬鹿にしたような笑い方で、私を指差した。
「そんなんじゃなくて」
「だったら、何だよ」
むっとして言い返したものの、そのあとが続かない。
言葉に出してしまったら、安っぽい同情にしか聞こえない気がする。
「オマエだけに教えてやるよ」
「え……」
「爆破予告はまだ先だけど、気が変わった。こんな学校、明日、ぶっ飛ばしてやる」
「えっ!?」
威嚇する獣みたいに歯を食いしばり、強く手を握り締める。
とても、私ひとりじゃ彼を止められないような気がする。
「どうして?」
「あ?」
「どうして、そんなことしようとするの?」
あの時見た川島くんの中の世界では、決してそんなことを望んでいるようには思えなかった。
そして、結果、再びひとりきりになってしまうことを知っているはずだ。
「うるせぇな。オマエみたいな馬鹿には関係ねぇよ」
「関係なくないよ」
「はぁ? ウゼェ」
吐き捨てるように言うと、川島くんは私を通り過ぎて中庭を出ようとする。
その彼の手を、私は思わず掴んだ。
「わかってるんでしょ。そんなことしたって、何にも変わらないって」
大きく目を見開くと、強く私の手を振り払う。
「何にも知らねぇくせに」
「知ってるよ。だから」
「やめろよ!!」
静かな廊下に川島くんの怒鳴り声が響く。
私を睨みつける目も、彼を見つけたときみたいな殺気を感じない。
むしろ、必死に弱さを隠してるみたいで。
「全部、消してやる」
威勢をなくして震えた声でつぶやくと、川島くんは逃げるように駆け出した。
「待ってよ!」
走り去っていく川島くんを追うことが出来ずに、私はただ彼の背中を見送った。