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「バカだ、私」
今、自分がしていることに、情けなくなって自嘲する。
温室に来た私は、何かが残っていないかと必死で探してる。
もう、それはどうしようもなくて、抑えきれなくて。
そこに答えがないとわかっていても。
開いたノート、倉田先生の書いた一文字一文字、私は指で辿って意識を探した。
でも、聞こえてくるのは私の心の雑音だけ。
先生は筆跡も柔らかく優しく、細い。
その文字すら、愛おしくなる。
スピードを上げて加速していく先生への気持ちは、とめどなく膨れ上がってブレーキが利かない。
このまま、正面衝突を避けて、私は路肩で大破する。
……そんな、気がする。
「もう、やめ」
大きく息を吐いて、ノートを閉じた。
蒸し暑い温室で必死になっていたから、顎からぽたりと汗が落ちて、私は手のひらで汗を拭った。
「熱中症になりたいのか?」
「……いたの?」
振り返ると、北原が入口で偉そうに腕を組んで立っていた。
私は何事もなかったようにノートを元の場所に戻すと、温室を出る。
傾いた日差しは、まだまだ暑いけれど、温室内に比べればずっと涼しい。
「倒れたとしても、桜井の王子サマは助けに来ないよ。もう、俺も保健室まで連れて行くのは懲り懲りだ」
「ご心配おかけしましたっ。このとおり大丈夫です」
「………」
「……『王子サマ』ってなによ」
売り言葉に買い言葉で勢いよく返事をしたものの、最初に言った王子サマって誰のことだ。
……助けに来ないって、どういうことだ。
憤りが不安に変わっていく私を見て、北原はいつものイスに座った。
「その話は後だ。まずは、爆破予告のことがわかったから話しておく」
「うそ、何かわかったの?」
ただ睨みつけるだけじゃない、いつもと違う北原の眼差しに、私もイスに座って息を吐いた。
気持ちの切り替えは完全にできないけれど、こっちは大勢多数の生き死にに関する話。
余計な私情は置いとこう。
「俺たちが遭ったあの爆発の後、ある先生宛に、メールで爆破予告が届いたらしい。この学校をブッ飛ばすってね」
「先生たちは、川島くんが犯人だって知ってるの?」
「そこまでは、さすがに聞き出せなかったよ。ただ」
「………」
「爆破予定はあと一週間後。場所は、またあの中庭だ」
一瞬で、頭の中にあの爆発の衝撃が思い出されて、額に嫌な汗が浮かぶ。
「川島自身に変わりはない。声をかけても、逃げてくから話にならない」
そのへんは、川島くんに同情する。
だって、いきなりこの冷酷そうで威圧感たっぷりの北原に話しかけられたって、香奈じゃなきゃ、喜んでおしゃべりしようなんて思わないはずだ。
妙な所で納得していると、北原に睨まれて、私はわざとらしく咳払いする。
「もしかしたら、川島くんをいじめてる誰かが、いたずらに予告メールを送ったって可能性もあるよね」
「無くはないな。爆発予告の噂は、一年の間では有名らしい。先生たちから漏れたと考えるのが妥当だろうけど、意図的に誰かが流したものかもしれない」
「まさか、誰かに爆破するよう指示されてるとか?」
「いや、アイツの場合、それはないだろう。誰かの言うことを聞くように見えるか?」
「見えない、けど……」
私は川島くんのアンバランスな心の中を思い出していた。
表にある激しく周りを憎む意識と、ひとりは嫌だと、ひっそり泣きながら助けを求める意識。
「すごく、淋しそうだった」
「え?」
「川島くんの中。酷い言葉でバリケード作ってるけど、その中は孤独で淋しそうだった」
意地張って強がって。
だけど、本当は誰かと一緒にいたいって思ってる。
「北原は……淋しくないの」
聞くだけ無駄かもしれないと思った。
案の定、北原は呆れ顔で首をかしげた。
「自分の気持ちに嘘吐いて誰かと一緒にいるくらいなら、ひとりでいる方がずっといい」
「ふーん」
「それとも」
体をぐっと前に倒して、北原が私の顔を覗きこんだ。
「淋しいって言ったら、慰めてくれるのか?」
なっ……!?
「ば、ば、馬鹿じゃない、何言ってんの!?」
「少なくとも、桜井より馬鹿じゃない」
「……信じらんない」
「真に受けてるほうが信じられないよ」
「う……」
表情ひとつ変えない北原に対して、私は顔が熱いし、いつの間にか立ち上がっちゃってるし。
握り締めた両手に込めた力の行き場がなくて、息を吐くと同時に無理やり脱力する。
いちいち北原の挑発に反応することないのに、と自分に腹が立つ。
「一週間ずっと待つより先に、手を打たないか」
「どうするのよ」
話を戻されて、ふくれっ面のまま、私は再びイスに座る。
「それは桜井が考えろ」
「え!?」
「今回は俺の問題じゃない。桜井が川島を助けたいんだろ?」
「あ、うん……そうだけど」
そうなのだけど。
一体どうしたら彼を救えるんだろう。
あなたの気持ち、わかるから、だから止めて、なんていきなり言ったって、なんの説得力もないし、むしろキモチワルイよね。
うーん……。
「ついでに聞いた話だけど」
「へ?」
「王子サマには、婚約者のお姫サマがいて、彼女は入院中。しかも、容態が悪化したらしい」
「……なによ、それ」
「俺には、倉田先生のほうがよっぽど病人に見えるけどな」
それって。
川島くんのことで頭がいっぱいだったはずなのに、倉田先生の名前が出たことに、一瞬で私の中が真っ白になった。