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Don't Touch!  作者: 鳴海 葵
Lesson2
45/127

file4 「bittersweet」

「じゃあ、しおりちゃん、いつも北原くんと何の話してるの?」


 相変わらずふくれっつらの香奈が、今日はミックスフルーツを飲みながら私に聞く。

 何の話をしているのかと言われても、一体どうやって答えたらいいのかわからない。


「別に、何を話してるってわけでもないんだよね」


 いくら香奈でも、川島くんのことは話すわけにはいかない。

 ましてや私の厄介な能力については、絶対に言えないし。


「あ、中庭にアゲハチョウの幼虫がいて、それのこととか」


 ちょっと後付けで嘘っぽくなったかなぁ。


「ふーん。やっぱり怪しいなぁ」


 案の定、香奈は疑いの眼差しを私に向ける。

 まぁいいや、適当に笑って誤魔化しておこう。

 あれから北原は同じ別棟でお勉強に励んでいる川島くんの様子を見ながら、『爆発予告』が本当に存在するのか、職員室で探りを入れてくれてる。

 私の場合、別棟にいるだけで誰からも怪しまれるだろうし、また能力を使って倒れでもしたら、数少ない理解者であるホリちゃんの存在を失ってしまうかもしれないってことで、今は全てを北原におまかせ状態。

 何もできないのは歯がゆいけど、何も起こらないことはシアワセなことだ。


「じゃあ、どうしようかなぁ」

「何?」

「うーん、だって、しおりちゃん、北原くんの写真も撮ってくれないし」

「……それは」

「ふたりが付き合ってるんだったら、もう、しおりちゃんにとって倉田先生なんてどうでもいいよねぇ」

「えっ!」


 白々しく窓の外に目をやりながら、香奈の口から発せられた言葉に、私は思わず身を乗り出した。

 すると、香奈は私を見て、まるで嫌いな北原みたいに、にやりと笑う。


「な、何、倉田先生がどうかしたの?」


 私は声をひそめて聞いた。

 先生とは、この前温室で会ったけど、相変わらず顔色は悪いし、元気がなくて。

 おまけに北原が現れたから、一緒にいられた時間はほんのちょっとだし。


「教えてほしい?」


 香奈も小さな声で、私に顔を近づけて聞くから、私はうんと頷いた。


「イトコのおばさんが、入院してるんだけど、その病院で倉田先生みかけちゃったの」

「え……」

「しかもぉ、女の人と一緒だった」

「女の人……?」

「可愛い人だったよ。仲良さそうだったし」


 北原の悪魔が香奈に乗り移ったのか、笑顔で私の胸にとどめを刺す。

 先生はもう33歳だし、そういうことがあってもおかしくない、むしろ当然のことなのだけど。

 私だって、いくら先生のことが好きだからって、付き合いたいとか、そんなことまで望んでたわけじゃない。

 ただ、あの優しい笑顔が、本当は誰かひとりだけのものなんだって知りたくなかっただけ。

 それに、女の人のことも気になるけど。


「病院って、どうしてだろう」

「うーん、誰かのお見舞いとか?」

「そう、だよね」


 いつも青白くて、ひょろひょろで頼りなくて、どこか体が悪くても当たり前みたいな外見は、私を妙に不安にさせる。

 まさか、入院とかしてないよね?


「大丈夫よ、しおりちゃん」

「へ?」

「ホラ、だって、その女の人だって、しおりちゃんと北原くんみたいな関係かもしれないじゃない?」

「………」


 香奈って、こんなに性格悪かったっけ?


「そうだね」


 精一杯笑って見せたけど、きっと表情は歪んでるに違いない。

 恋人同士って仕草も似てくるっていうけど、北原を好きになったばっかりに、香奈の性格もヤツに似てきたんだろうか。

 こんなふたりがもし付き合ったなら、ケンカするにも、静かな毒舌バトルになるのかな。

 私は恐ろしい妄想を振り払うように、小さく首を振った。

 変なこと考えてる場合じゃない。

 本当に、倉田先生は誰かのお見舞いで病院にいたんだろうか。

 誰かの看病をしなきゃいけなくて、学校に来ることができないのかな。

 例えば、家族とか……大切な人とか。

 考えれば考えるほど、私の失望感は大きくなっていく。

 期待なんかしてなかったはずなのに、いつの間にか、私も恋の妄想マジックにかかってたみたいだ。

 現実は、今聞かされたのが真実で。

 学校の中で、私は先生にとって存在感があったとしても、日常に戻ればきっとちっぽけなんだろう。


「ごめん、しおりちゃん。そんなに落ち込むと思わなかったから」


 困った顔した香奈が、私を覗きこんだ。

 私は首を横に振る。


「べつに、気にしてないよ。そんなの、あって当たり前だし」

「だよね、奪っちゃえばいいもんね」


 香奈の口から出た、思いもしない言葉に私は一瞬唖然とした。

 そーゆーんじゃないと思うんだけど。

 いろいろ言ってもわかってもらえない気がして、私は香奈に気付かれないよう、溜息をついた。


「じゃ、しおりちゃん、コレ、お願い」


 男の子誰しもが振り返りそうなベストスマイルで、香奈が私に差し出したのは、彼女の携帯電話。


「え?」

「だって、いつまでたってもしおりちゃん、北原くんの写真くれないんだもん」

「まさか……」

「そ、私ので撮ってきて、ネ」


 香奈の瞳から発射されるピンクのハートビームに眩暈がする。

 そして、私が反論する間もなく荷物をまとめて立ち上がると、やっぱり笑顔で手を振った。


「カッコイイ写真、楽しみにしてるね!」


 午後から講習のない香奈は、私とお弁当を食べながら「北原情報」を聞き出すと、さっさと帰ってしまう。

 もし、誰かから電話きたらどうすんのよ。

 私は手の中にある、ピンクの携帯電話としばしにらめっこした。


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