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Don't Touch!  作者: 鳴海 葵
Lesson2
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file2-5

 周りの全てを信じることができない弱さを私は知ってる。

 私はマイナスの思考を彼のようにぶつけることなく、解放することなく今まで生きてきた。

 それは、自分自身を守るため。誰もが気に入らない、認めたくない個性を排除する世の中で、なるべく目立たないように、標的にされないように怯えていたから。

 叩かれた時の、反抗する能力を持っていないから。

 でも、彼ならどうだろう?

 流されない強い負の意志で、すべてを壊してしまうことなんて、彼にとって簡単なんじゃないだろうか。

 体中を棘に巻かれるような空気が少しずつ和らいで、私は深呼吸した。


「桜井」


 北原の声が、私の目を覚ましてくれる。

 何度か瞬きした後、ふと足元に転がるペンを見つけ、私はその場にしゃがみこんだ。

 太陽は束の間の休憩、薄い雲の向こうに顔を隠す。


「あっち、行って」


 振り返ると、つかず離れずの距離で立っている北原に言った。

 怪訝な顔をしながらも、私の言うとおり、彼は温室のほうへ戻っていく。

 それを確認すると、私は目の前のペンに向き直った。

 モノに残った意識を探すのは、この能力がよみがえってからできるようになったことで、まだ完全に読めるわけじゃない。

 以前、紙片から香奈の意識を見つけたときは、言葉よりも残された感情に自身が支配されて苦しかった。

 指先にペンを触れようとして、私は一度ためらった。


 彼の意思を知ったところで、何になる?

 正義の味方でも、ヒロインでもない私に、何ができる?


「何か、できるかもしれない」


 誰かを愛することよりも、憎むことは簡単で。

 でも、それを続けることは、容易じゃない。

 ココロが休まる時がないのだから。

 私は握った手のひらを、再びペンに近づけ、触れた。

 もしかしたら、これは川島くんのものじゃないかもしれないと、左手は彼が倒れていた地面に広げる。

 ペンをぎゅっと握り締め、私は目を閉じ、頭の中の扉を開放した。

 地面に残る複数の意識は、ストレスと憎しみの塊。

 ぶつかり合うもうひとつの意識を探せばいいのに、それが見つからない。

 これ以上広く深く探そうとすれば余計なものまで聞こえそうで、私は地面から手を離し、ペンを両手で握った。

 川島くんの意識、あの、階段でぶつかった時聞いたものと同じ波長。

 何か、残ってない?


『ドウシテ?』


 見つけた。

 想像していたよりも、ずっと弱々しくて、もろい。

 細く途切れそうな意識の糸を、ゆっくり探る。

 もっと、強烈で破壊的なものだと思ってかまえていた私は少しほっとした。

 だけど。

 その気の緩みがいけなかった。


『俺ヨリモ馬鹿ナクセニ◆×△Ⅹ√σ=×!ΠЖЯ年下ノクセニЖФ△ⅲ=×!?▼○а生意気◇△π=α×!?ЯЭ□ш●ウルサイ∑△▼Лζ=ξ×!√?□○目障リ△=×!△Ⅹ√σ=×!ΠЖ?□○馬鹿∑△▼Л△=×!?□Э○スグ手ヲ上ゲル低脳ナ集団△Ω=◆Ψш×√!Π?□Z∑!○全員馬鹿ダ△=×!?□○自覚ナシ△=×β!π=α×!?ЯЭ□ш?□○俺ガ思イ知ラシテヤルΩ=◆Ψ△=×!β!π?□○覚エテイロ△=×!?□○絶対二後悔サセテヤル△=△▼Лζ=ξ×!√×!?□○死ネ△=×!?□○全員死ネ△¥ЖФ△ⅲ=×=×!?□○殺シテヤル△=×!?□○コロシテヤル△=×!?□○コロシテヤル△=×!?□○コロシテヤル△=×!?□○!!!!!!!!!!!!!!!』


「いやぁっ!」


 私はすぐにペンを放った。

 まるで壊れたコンピュータプログラム。

 終わらない憎しみの言葉。

 頑なで重い塊は、私を黒く渦巻く闇に引きずり込む。


「う…あ…はぁ……」


 目を開いたのに、いつもなら鮮やかに緑色に映る芝生が、暗い色を帯びて見える。

 まだ、夜じゃないし、太陽は雲に隠れていたけど、違う。

 周りから迫る闇は、私の視界をどんどん奪っていく。

 

 苦しい。

 痛い。

 もう、やめて。

 お願い。

 お願い。


 両手から私の頭をめがけて駆け上がる幾つもの棘。

 指先から始まった震えは、やがて全身にまわり、体を包んでいたはずの熱が冷気に変わる。


「おい! どうした?」


 北原の声がする。

 今は、近くに来ないで。


「桜井!」

「こな…い……で」


 口に出した言葉が、北原まで届いた自信がない。

 こんなところ、見られたくない。 ゆっくりと近づいてくる足音。芝生を踏む音。

 闇の中へと奪われそうになる意識の中、私の中に入り込んだ彼の塊がこみ上げてくる。

 私が、私じゃなくなる感覚。

 そして、突然現れた、小さな光。


「『誰か、助けて』」


 私の口から放たれた、男の子のか細い声。

 今にも泣き出しそうで、悲しくて、淋しくて。

 闇から解放された私が落ちたのは、限りなく透明に近いブルーの海。

 底に沈んでいるのは、もうひとりの、川島くんだった。


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