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画面には、いくつかのファイルアイコンが並んでいて、ホリちゃんは薄いピンクと白のフレンチネイルの施された人差し指で「保健室通信」をクリックした。
私の状態を、い・ち・お・う、考慮してくれた北原は、そのまま私を保健室に連れてきた。
照りつける太陽光を遮る白いカーテンがひかれ、ほどよく空調も効いていて、まさに天国。このまま補習も忘れてここにいたい。
はじめからこうなることを打ち合わせしていたのか、ホリちゃんは顔を見るなり手招きして、私をパソコンの置かれた机の前に座らせたのだけど。
「ホリちゃんの秘密のファイルを、特別しおりに見せてあげるわ」
マスカラののった睫毛でウインクするホリちゃんは、相変わらずのスタイル。
出るところがバッチリ出て、引っ込むべきところはちゃんと引っ込んだナイスバディを白衣に包んでる。そして、いやでも目をそらせない大きく胸元の開いたシャツからは、吸い込まれそうな谷間が見えた。
しかし、神はニ物を与えず、顔はイマイチ。でも、気さくで明るい性格から、生徒たちから通称「ホリちゃん」と呼ばれている<自称>人気者な保健室の先生、堀口都子。
私の姉とは同級生で親友、だから私もホリちゃんとのお付き合いは長く、仲良くさせてもらってる。
そして、私を監視するように見下ろしている北原とはイトコ同士だなんて、やっぱり私にはまだ理解できない。
パソコンの画面は黒く、英語がずらずらっと並び、カーソルが白いボックス内で点滅している。
「まるで映画に出てくる極秘ファイルみたいだね」
思ったままのことを言うと、ホリちゃんは私の耳元でがははと大きな声で笑う。
「そうよ、極秘ファイル。この学校の生徒のことがくまなく入力してあるの。もちろん、他の先生たちには内緒よ」
「へぇ……すごい」
感心して食い入るように画面を見た。
ホリちゃんはボックスに「attention 1」と入力し、ENTERキーを押す。すると、データ検索されたのか、いくつかのリストが表示された。
慣れた手つきでホリちゃんがリストのひとつをクリックすると、画面の左側には生徒の顔、右にはその人物に関するデータが事細かに書かれていた。
「これ、伊吹がプログラム作ってくれたの。すごいでしょ」
「えっ、そうな、んだ……」
「情報収集は私だけどね」
ホリちゃんは仕事上、ある程度生徒を把握しておくことは必然かもしれないけど。
こんなプログラムを組んでしまう北原の頭の中がコワイ。
ちらりと北原の顔を覗くと、いつもと変わらぬ表情で画面を見つめてる。
「はい、これね。川島くんの情報よ」
ホリちゃんの声に、私は画面に目を戻した。
そこにいるのは、間違いなく彼、私の上に落ちてきて、数日後には爆弾犯になってしまった三白眼の男の子。
川島貴文、一年一組、生年月日、血液型から性格、出席状況、得意教科に成績やら。
このデータ、はっきりいって恐ろしい。
「あれ……?」
私は画面表示に首をかしげた。
生まれた年が、私と同じ。入力ミス?
性格は「暗い・傲慢・意固地・口が悪い」、出席状態は「良好」、成績は北原ほどではないけれど、常に学年トップ10には入っている。
周囲からは「センパイ」と呼ばれている?
その他、いろいろ、よくもまあ、ホリちゃんもここまで調べたと思う。
感心するけど、ちょっと呆れた。
だけど、一番下、赤くゆるやかに点滅を繰り返す部分には、三日前の出来事を予測し、警告するような文章があった。
・高校浪人し、そのことでクラスメイトからいじめを受けている可能性有り。攻撃的な性格の為、自殺は考えられないが、要注意。
なるほど。
彼がセンパイと呼ばれていたのは、浪人だったからか。
「気にしてはいたのよ。でもまさか、あんなことになるなんて」
いつになく真剣な、だけど少し悲しそうな目で、ホリちゃんは画面の中で睨みをきかせている川島貴文を見つめている。
「川島は、たぶん誰も巻き込むつもりはなかったんだろう。集会はまだ始まったばかりだったし、よっぽどの偶然がなければ、被害者はゼロだ」
「だけど、そこにどういうわけかアンタ達がいたってわけね」
ホリちゃんは横目でちらちらと私と北原を見る。
「だから、ホリちゃん、私は保健室に来たかったの。でも、この子が、川島くんがいかにも何かやりましたっていうふうに『来るな』って言うから……」
「そうなの?」
「うん……それに」
彼がたぶん突き落とされて、私が巻き込まれたことをホリちゃんに話した。
そして、その時聞いた、彼の中で爆発し、私の中に降り注いできた強烈な意識のことも。
「何もないって思ってたけど、どうしても気になって。実際そこには、その時は何もなかったし」
「じゃあ、どうして中庭に?」
「それは……なんとなく」
私の答えに、北原は頭を抱えて大きく息を吐いた。
「っていうか、北原だってどうしてあの場所にきたのよ」
「関係ないだろ」
「ふーん」
「けど、伊吹がもしそこに行かなければ、本当にしおり、死んじゃってたかもね」
あはは、と大口を開けて笑うホリちゃんに私は呆れた。
そう、そうなのだ。確かに、北原のおかげで、私の頭はぶっとばなくて済んだけど。
「ここにも書いてあるけど、川島くんね、浪人してここに入ったのよ。落ちてしまった年はね、彼、体調が悪くて、保健室で受験したの。私もよく覚えているわ」
彼が浪人でいじめを受けているということ、たぶんホリちゃんだけじゃなく、もっと身近な彼の担任なんかは知っているはずだ。
それに、終業式にいなかったことも。
おまけに成績優秀な彼なら、ちょっとした時限爆弾をつくることなんてわけないことも気付いているだろう。
「ホリちゃん、彼、退学させられるの?」
「どうして?」
「どうしてって……」
「彼が本当に爆弾を作ったって証明、できないでしょ? それに、あなたたちふたりが彼の言動を証言しない限り、疑うことも危険よ。それに、そんなこと、ウチの学校の教師たちがすると思う?」
わざとらしく瞬きをして、首をかしげ、おどけたふりをするホリちゃん。
なんとなく想像がつくけど、大人の社会のことは、まだ信じたくない。
「全国でも屈指の進学校よ、卒業生にはスポーツ選手だっているのよ。そんな学校から爆弾犯が出たなんて、まさか口が裂けてもいえないわよ。できれば何事もなく、このまま卒業してくれればいいって思ってる」
「……うん」
「今回、もしよ、しおりが死んだとしても、学校側は犯人である生徒をかばったでしょうね」
「うっそ……」
後半の話は予想外だ。
そこまで、するのか。
私、とんでもない学校で勉強させられてるんじゃないだろうか。
「ま、でもそんなことになったら、私や伊吹が黙ってないから安心して」
にっこり笑ってくれるけど、そんな安心、いらないから!
大人に期待なんかしていない。
誰かが守ってくれるなんて、思ってもいない。
死んじゃえば、きっと何にもわかんないだろうし、むしろ、今の状況から解放されるならしあわせだ、なんて思うこともあるけど。
ほんのわずか、どこかで揺るぎないものと思っていた場所が、私の中で一気に崩れていく。
『全員殺シテヤル』
川島くんは、最後にそう言ってた。
だとすれば、今回のはその予行演習だったといえないだろうか。
「ホリちゃん」
「ん?」
「たとえば、彼が作った爆弾で、この学校の生徒全員が死んじゃったら、どうするの?」
私は嫌味と揶揄をこめて言ったのに、やっぱり大口を開けてホリちゃんは笑い飛ばす。
「ダイジョーブ、ここにエスパーしおりがいる限り、ねっ」