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Don't Touch!  作者: 鳴海 葵
Lesson2
32/127

file1-3

 手に持っていたはずのプリントが北原の向こうに落ちている。

 さっさと拾って提出しに言って、北原からも離れよう。

 立ち上がろうとすると、全身を強く打ったみたいで体中に鈍い痛みが走った。

 思わず前のめりになる体を支えようと、ちょうどそこにいた北原の腕をつかもうとしたのに、彼はひらりと私が伸ばした手を避ける。

 バランスを崩しそうになって、私は慌てて横にある壁に手をついた。

 体がいうことをきかない方向に曲げたことで、油の切れた機械がきしむような、そんな感覚になる。


「うぅ…それが怪我人にする仕打ち?」

「桜井には触られたくないからな」

「く……」


 それを言われると私は何も反論できない。

 私は生まれたときから他の人とは違う感覚をもっていた。

 見る、話す、聞くことと同じように、自分に触れている人の心の声が聞こえてしまうのだ。

 あまりにもあたりまえだったその感覚は、幼い頃、私以外の誰もが持っているものだと疑わなかったし、そのことで様々な人を傷つけ、私もまた傷ついた。

 北原は幼少時代、私のその能力によって心を傷つけられた被害者の一人。

 私の心無い言葉(当時はそれが許されると思ってたし、彼のためになると思ってたんだけど)で、彼は逆に自分の心が誰にでも見られているんじゃないかという錯覚に陥り、悩み苦しんだんだという。

 ってことで、この人が私に触られたくない理由は、よーくわかる。


「だけど、最近はちゃんとセーブできるようになったのよ。よっぽど準備がないときは聞こえちゃうけど、普段は聞こえないようにしてるんだから」


 私のこの変な感覚を知っているのは北原と保健室のセンセー、ホリちゃんだけ。

 だいたい、こんなのバレちゃったら友達ひとりもいなくなっちゃうもん。

 それに、聞こえてくる言葉たちは残酷で裏切りがほとんどで。

 しばらくは閉じ込めておいたはずのこの感覚も、今じゃすっかり蘇って、ともすれば触れてなくても強烈な意識は私の頭の中に矢のように降り注ぐ。

 こっちのほうが気が狂いそうで、なんとかどうにかコントロールできるよう、現在は練習中。


「どうだか」


 人知れず苦労してる私のことなんか無視して、北原はこっちを睨んで床に落ちていた私のプリントを拾った。

 そして、まじまじとその内容を読んでいる。


「返してよっ」


 痛い体を引きずって手を伸ばすものの、私より頭ひとつ分くらい背の高い北原は、私の手の届かない場所に高く掲げてしまう。

 無駄な抵抗だと悟り、こんなときばかりは家族全員160センチに満たない我が家の家系を恨んだ。

 やがて、目の前にプリントが差し出される。


「楽しい夏休みになりそうだな」

「あはは」


 私はわざとらしく笑うと、彼の手から奪うようにプリントを取り返す。

 絶対、コイツは私をけなして楽しんでると思う。

 なんとなく、彼を過去に傷つけたという後ろめたさがあるから、悔しいけど思いっきり反論することもできないし。

 とにかく、 私がやってしまったことはどうしようもないんだけど、この極悪非道な目つきと態度が嫌!

 一見、クールなイケメンであり、香奈はそれプラス事件当時の心理状態もあって好きになっちゃったのかもしれないけど、私には考えられない。

 北原に背を向けて歩き出すと、ぎこちない歩き方の私をさっさと知らん顔で追い越して、北原も職員室の中に消えていく。


「このっ……」


 腹が立って、プリントを持つ手が震えそう。

 あんなヤツの写真なんて撮ったらケイタイが壊れそうだよ。

 あぁ、本当に夏休み中も顔を合わせなきゃいけないのかな。

 ただでさえ憂鬱なのにと考えただけで、がっくりと肩の力が抜けた。

 溜息をついて再び歩き始めると、腰のあたりがずきずきと痛む。


『殺シテヤル』


 ふと、私の上に落ちてきた彼のことを思い出した。

 彼の心の声は、そう叫んでた。

 つい1ヶ月前にも、同じようなことを強く思っていた人を知ってるけど、彼は誰も傷つけることもなく、ましてや殺すなんてことはしなかった。

 心の中で思っていることを本当に実行できる人間なんてごくわずか。

 だから、たぶん、大丈夫だ。

 いじめられてるんだとしても、何も知らない私にはどうすることもできないし。

 何より、私はそれどころじゃない。他人を助けるほど暇でもないし、心だって寛くない。

 できることなら、もうしばらくそういうことは懲り懲り、遠慮したい。


「失礼します」


 たどり着いた職員室で、担任から厳しい目で懇々とお説教をされた。

 ああ、もう、ついてない。

 そんなに遠くないところから、北原がこっちを見ているのがなんとなくわかる。

 これもネタに、また嫌味を言われるんだろうと思う。


「はぁ」


 私はいまの状況を忘れて、溜息をついてしまう。


「桜井、溜息つきたいのはこっちのほうだぞ」

「あ、はいっ。……すいません」


 担任にちょこっと頭を下げると、泣きたい気分になった。

 青春が待っているはずだった、高校生活二度目の夏休みは、頭の中の想像だけで終わってしまいそうで。

 エアコンの冷たい風は、私の体温を、楽しみにしていた夏を奪っていくようで恨めしい。

 自業自得の結果を責任転嫁したいけど、その矛先さえ見つけられない。

 冷たい空気を保つために職員室内のブラインドはすべて閉じられ、外からの光はシャットアウトされている。

 本当に息が詰まりそう。

 ……助けて!


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