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Don't Touch!  作者: 鳴海 葵
Lesson1
29/127

file6-4

 結局、にやけた香奈に見送られて、私は温室までやってきた。

 あんなこと言われると、妙に意識しちゃって変な感じ。


「はぁ……」


 意識しないようにすればするほど、鼓動が早くなって体が熱くなる。

 もう、どうしたらいいんだろう。

 やっぱり、今日は帰ろうかと思ったとき、いつものお気に入りの場所に、またアイツの姿を見つけて、倉田先生への恋心なんか忘れて駆け寄った。


「ちょっと」


 ソイツは相変わらずの冷淡な面持ちでイスに座り、参考書を広げている。

 声をかけた私に気付いて視線を上げたものの、まるで無視するみたいに参考書に目を戻した。

 くーっ、こんなヤツのどこがいいんだか…香奈のことがさっぱりわかんないよ。


「どいてよ。前にも言ったけど、そこ、私の場所なの」

「なんの権利があってここが桜井の場所なんだよ」


 ムカツク。


「権利とか、そんなの関係ないのっ」

「じゃあ、今日からここは俺の場所」

「はぁ!?」

「だって、権利なんて関係ないんだろ?」


 思わずキィーッと奇声を上げたくなるほど腹が立つ。

 ここは私が校内で癒される唯一の場所。

 そこをこの北原に侵されるなんて。

 イライラする私なんかにかまうことなく、北原は、私には理解できない問題を解くのに集中してるみたいだ。

 そのページをめくる右手の甲には、あの時の傷が、まだうっすらと残っている。


「桜井さん」


 声のするほうを見ると、温室の入り口で、倉田先生がもうひとつの丸イスを持って立っていた。


「せ、先生」


 今まで見ていた北原とは真逆な優しい表情と、香奈に言われたことを思い出して、私の声がオクターブひっくり返ってしまう。


「これ」


 そう言って、一度イスを持った手を上げると、そのイスを私の目の前に置いてくれる。

 そして、北原と私を交互に見て、いつもどおりにっこり笑った。


「今日は水やりはいいから。仲良く、ね」

「え? や、あの」


 そうじゃなくて!

 仲良くね、って、小学生でもあるまいし。


「あ、じゃあ、俺、そっちのイスでいいよ」


 北原は立ち上がると、先生が置いていったイスを持って、入り口を隔てた反対側に座り、私を見上げる。


「どうぞ」


 まるで譲ってやったとでもいうふうに、今まで占領していた私の場所を指す。

 なんなのよ、もう。

 このまま先生のあとについて、温室に入ったとして、今日の私はうまく先生と話せる自信がない。

 だからといって、今ここで促されたイスに座るのも癪に障る。

 どっちの選択もできなくて、とにかく落ち着こうと、結局私はさっきまで北原がいたイスに座った。


「っていうか、どうしてアンタがこんな所でお勉強してるの?」

「べつに」


 私にその訳を話すまでもないとでも言うのか。

 そうよね、私だってべつに知らなくたっていい。

 聞いて損した。


「彼女、元気?」


 参考書を閉じて北原が聞いてきた。


「香奈なら、元気よ」


 北原に、もうメロメロに惚れこんでるなんて言ったら、コイツ、なんて言うだろう。


「なんだか、もう好きな人ができたみたい」

「へぇ」

「誰だと思う?」

「興味ない」

「あ、そ」


 どうして私、こんな北原と話してるんだろう。

 空は快晴、柔らかな風が私の髪を揺らして頬に触れる。

 こんな日は、大好きな人と公園でデートしたりするのが楽しいんだろうな。

 香奈ほどそういうシチュエーションに憧れるわけじゃないけど、いつかそんなことができたらいいなって思う。

 何より、今の状況が嬉しくないから。


「宮元先輩も、変わったみたいだな」

「そうなの?」

「むやみやたらに女の子を連れて歩くようなことがなくなったって、ミヤコが言ってた」

「へぇ」


 あの時の先輩を見ていた限りでは、とても改心するようには見えなかったけど。


「彼女のしたことも、俺の怪我も、ムダじゃなかったってわけだ」

「そう、だね」

「あと『エスパーしおり』の能力もね」

「その呼び方、やめてよねっ」


 ああ、ああ、もう北原といると頭がおかしくなりそう。


「私、北原と話してると疲れるから帰る」


 もう、退散します。

 私の場所も、どうぞご自由にお使いくださいな。


「そう? 俺は楽しいけど」


 背を向けようとした私は、ぎょっとして北原を見た。

 どうせバカな私は、北原にとっていじめやすい人間だもの、楽しいわよね。

 笑ってる口元と私を石にさせるような眼差し。

 できるなら、香奈と代わってあげたい。


「それと、今日からここが俺の場所。間違えんなよ」


 そう言って地面を指す。


「わかりましたっ。もう勝手にしてよ。バイバイ」

「バイバイ、エスパー」


 振り返らなくても、嫌な笑顔でこっちを見てる北原が想像できる。

 何か言い返すにも、ぐちゃぐちゃにかき乱された頭じゃ、うまく言葉も浮かんでこない。

 これも、あの「いぶきくん」にしてしまったことへの報復なのかな。

 本当に私の平和な日々が戻るのは、まだまだずっと先のような気がして、私は青空に向かって大きく溜息をついた。



◆ Lesson1完結 Lesson2へつづく ◆


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