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開いた口がふさがらないとは、こういう状況のこと?
目を大きく見開いて、何度か瞬きをする。
「じいちゃんの葬式のとき、先生から聞かされたよ。一部の奴らが俺と先生が付き合ってるって勘違いしてるのが面白いってさ。まったく、あの人は何考えてるんだか。おかげでこっちは教科書もジャージもボロボロ。で、今目の前にいる桜井にもわけのわかんない八つ当たりをされるわけだ」
いつものコワイ目で睨みつけられても、その口から出てきた真実を、私はすんなり理解できない。
「イトコ……って、どうして黙ってんのよ」
「どうして、いちいちそんなこと報告しなきゃならないんだよ」
それも、そうだ。
じゃあ、私たちはそんなふたりの関係を知らずに、さんざん振り回されてたってわけ?
ああ、眩暈しそう。
「葬式終わって学校に戻ったら、訳のわからない噂が盛り上がってるし、今の状況を楽しんでるミヤコはその噂を否定しないし。そういう意味で巻き込まれたって言えば、俺も桜井と同じだ」
「……うそ」
一気に脱力して、私はそのまま芝生に座り込む。
じゃあ、何、私たちはホリちゃんのいう、スリルとサスペンスな高校生活ゲームのコマのひとつにされてたってこと?
白い歯をいっと見せて笑うホリちゃんが眼に浮かぶようだ。
誤解が誤解をよんで、そこから新たな感情が生まれて。
「バカみたい」
つぶやいて、大きな溜息が出る。
「バカなんだよ、俺たちは、みんな」
その声に顔をあげると、どこか少し淋しげな表情の北原がいた。
「まっすぐすぎる感情は、曲がることも、ブレーキをかけることも知らない。ぶつかって砕け散るってわかってても、それを止められない。ミヤコはそれを見て楽しんでたんだろうけど」
鼻で笑って、私を見下ろす。
だけど、いつもみたいな威圧感はない。
「誰かが止めなきゃ、まずいんじゃないの」
「……え?」
私に、宮元先輩の感情を止めろって言うの?
もしかして、宮元先輩と私が付き合うなんて噂、北原も聞いてるのかな。
でも、どうしたらいいかわかんないよ。
嫌な顔をして首を振ると、北原はおもむろにポケットから白い紙を取り出した。
「こんなの、もらったんだけど」
四つ折りの紙を広げると、そこには可愛い字でこう書かれていた。
『三時間目の途中で、視聴覚室の前に来てください。
お話したいことがあります』
「愛の告白だと思う?」
わざとらしくそんなことを言う北原に、私は首をかしげた。
「っていうか、これって今の時間じゃないの」
「そ、これから俺はノコノコと罠にはまりに行ってきます」
「罠って!?」
声を上げる私を、北原が笑った。
って、笑い事じゃないでしょ。
「もう、いい加減、終わらせたいんだよ。桜井、堀口先生に話して、宮元先輩呼び出して。で、全員で視聴覚室前に集合」
そういうと、再び紙をポケットにしまい、立ち上がった。
「ちょっと待ってよ、一体どうするつもり?」
「とにかく、全員が面と向かって言いたいこと言わなきゃ、何にも解決しない。再起不能なまでに潰れる直前で、全部終わらせるんだよ」
「再起不能って」
「それとも、本当に誰かが犯罪者になるまで、待つか?」
慌てて立ち上がった私は、次に言おうとした言葉を忘れて、そのまま口を閉じた。
犯罪者、なんて。
恋愛感情のもつれで犯罪が起きてしまうこともあるけど、それはどこか違う場所の話で。
ドラマとか、マンガとか、ありえない次元で。
だけど、完全にそうやって否定できない自分がいるのも確かだ。
「俺が刺されたってかまわないけど、向こうに目の前で死なれちゃかなわないからな。だから、遅れるなよ」
「やだ…やめてよ」
そんな、わけない。
香奈が、そんなこと、するわけないよ。
「別に逃げたっていいけど。だけど、決定的な終わりがなければ、彼女の苦しみを引き伸ばすだけだ」
そう言うと、北原は校舎に向かって歩き出した。
たぶん、北原、大げさなことを言ってるだけだ。
私はざわめく胸の奥を落ち着かせるために、自分に言い聞かせる。
お願い、本当にそんなこと、起きませんように。
北原の後を追って、私も校舎に向かった。
とにかくホリちゃんのところに行って、先輩を呼び出してもらって……。
何も言わずに遠ざかっていく北原の背中を見送りながら、私の不安はどんどん増加していく。
無意識に走り出した私は、慌てて目の前に現れた保健室の扉を開いた。
「ホリちゃん!」
もう、ちゃんとホリちゃんが先輩に本当のことを言ってくれてたなら、こんなことには。
「ん?」
焦る私の心とはうらはらに、のんびりした声が返ってくる。
頭の後ろで手を組んで、口にはポッキーをくわえたままの姿に、思わず頭を抱えそうになる。
「ナニ、どうした? しおりも食べる?」
「もう、ホリちゃんのバカっ! そんなことしてる場合じゃないんだから」
「どうしたのよ、血相変えて」
ポッキーを食べながら、にっこり笑って首をかしげる。
ああ、どうしてこの人って、こんなんなんだろうっ。
「とにかく、宮元先輩呼び出してください。で、ホリちゃんも一緒に視聴覚室前に来て!」
「へ?」
「じゃないと、香奈が……北原くんが、大変なの」
一通り名前を挙げると、何かひっかかるものがあったのか、ホリちゃんの顔から笑みが消えた。
そして、大きく息を吐くと、おもむろにケータイを開いた。
「まったく、伊吹は余計なことするんだから」
器用に親指を動かしながら、左手ではポッキーをもう一本口に運ぶ。
メールを打ち終えると、立ち上がって不機嫌そうに腕を組む。
「ま、これも青春よね」
くるりと表情を変えて、今度は大きく口を開けて笑う。
どうしていつもこんなに余裕綽々でいられるんだろう。
ホリちゃんの笑顔につられて私の頬が引きつってる間に、机の上にあるケータイの着信音が鳴った。
ディスプレイを見つめ、ホリちゃんは楽しそうに画面を私に向ける。
「準備完了」