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Don't Touch!  作者: 鳴海 葵
Lesson1
22/127

file5 「true or false」

 心の中にモヤモヤしたものを抱えたまま、時間だけがゆっくりと過ぎていく。

 私たちの間で広がる噂なんて、いつの間にか消えてしまったり。

 また思い出したときには、歪められた事実となって新たな噂になる。

 

「NEW北原くん情報~☆


 大変だよぉ、しおり! 北原クンって、略奪愛しちゃったことあるんだって。

 相手は今年卒業したサッカー部の元マネージャーで、なんと、あの宮元先輩の元カノ!

 超ビックリだよ~。 3年生の間じゃ有名な話らしいんだけどね。

 めちゃ愛し合ってたふたりだったのに、彼女が海外留学決まって別れちゃったんだって。

 で、そこに現れたのがしおりってわけだ。

 淋しい北原クンをこれからも癒してあげて、お幸せにネ~☆  みゆ」


 そんなメールを美優から受け取って、私は口から煙を吐きそうだった。

 だから、私は北原を癒してなんかいないっ!

 なにより、私のストレスの根源がヤツだっていうのに。

 それにしても…この内容が本当なら、これが先輩と北原、そして香奈を結ぶ線だろう。

 香奈が言ってた本命の彼女っていうのが、この別れた彼女のことだとしたら、つじつまが合う。

 

 ホリちゃんのストーカーは宮元先輩

  ↓

 北原は過去に宮元先輩の彼女を略奪

  ↓

 北原とホリちゃんが付き合ってる?

 

 再び好きな人を奪われると思って、宮元先輩は北原を恨んでるんだろうか。

 あ、違う、北原を恨んでいるのは、香奈なんだよね。

 もしかして、香奈、先輩に指図されてるとか…?


「まさか。あぁ、もう、私考えすぎだよね」


 昼休みも終わる頃、私は保健室の前まで来て、溜息をついた。

 最近、気がつけば彼らのことばかり考えている。

 なんか、もっと、こう、面と向かって話し合えばいいんじゃないのと思ってしまう。

 そんなこと、できっこないってわかってるんだけど。

 言葉が足りなくて、人は傷つけあう。

 でも、言葉が余計にありすぎても、それは心を傷つける。

 大人になりかけの私たちは、言葉を操るには、まだ不器用すぎる。


「そうだ、しばらくホリちゃんが休みだって、担任が言ってたっけ」


 だから具合が悪くなったら職員室に来るようにと、朝のHRで言われてたのをすっかり忘れてた。

 ドアノブに手をかけて、鍵がかかっていることに、私は肩を落とした。

 いつもの頭痛なんかじゃなく、今日は間違いなく風邪だと思う。

 頭が重くて、熱っぽい。

 職員室じゃ、ゆっくり休めるわけもないし。


「どうしよ……」


 このまましゃがみこんだら、動けなくなりそうだ。

 とりあえず職員室に行って、早退しようかなぁ。


「今日は、堀口先生、休みだよ」


 誰の声かわからずに、私はそっちを振り向いた。


「ついでに、北原も休みだって、知ってた?」

「……いえ」


 そう返事をするのが精一杯だった。

 具合が悪いせいじゃない、目の前に現れたのはあの宮元先輩だから。

 突然の登場に、私は驚いて目をいっぱいに開いて、何度か瞬きをする。

 いつもよりぼんやりした頭で、相変わらず先輩は格好いいな、なんて、私はのん気なことを考えていた。


「ふたりで、どこに行っちゃったと思う?」

「さぁ……」


 ふたりで? って、どういうこと?

 曖昧に返事をしておきながらも、頭の中でまたホリちゃんと北原が密会している想像をしてしまう。

 でも、どうして先輩がそんなこと知ってるの。


「昨日、ふたりが先生の車でどこかに行くのを見たってやつがいてね。気にならない?」


 そんなことを話す先輩から、いつもの爽やかスマイルが消えていた。


「私は、別に……」

「嘘だ。だって桜井さんは北原と仲がいいんでしょ?」


 そんなこと言ったヤツ、誰だ。

 少し腹が立ったけど、たぶん、香奈じゃないかと思う。

 早くみんなの誤解をとかなくっちゃいけない。


「ねぇ、桜井さん」


 ふと視界が薄暗くなって、私は顔をあげた。


「な……」


 近いっ!

 先輩の顔が異常に近くて、思わず声を上げて後ずさろうとすると、とっさに腕をつかまれた。


「なんですか…!」

「北原と付き合ってないんなら、俺と付き合ってよ」


 どうして。

 そう叫ぼうとした瞬間、つかまれた腕から強烈な意識が頭の中を突き抜けていく。


『俺が手に入れたいものを、次から次へと奪っていくなら、今度はオマエのそばにあるものを全部奪って壊してやる』

『何もかも完璧なのは俺のほうだ』

『許さない、許さない、壊してやる、全部壊してやる』


 言葉の意味よりも、伝わる意思が痛烈に頭の中に突き刺さっていく。

 本来なら正しい方へ向くはずのプライドや情熱が、捻じ曲がり、歪んだ黒い刃となって、私を切りつける。

 だめ、このままじゃ、私、本当に。


 ……壊れる。

 

 遠のきそうになる意識を強引に引き戻して、先輩の腕を振り払おうとするのに力がうまく入らない。

 黒い意識は激しく脈打つように、頭の中に注ぎ込まれる。


「いやです……」


 無理やり搾り出した声でそう答えた。


「どうして?」


 先輩の隠しているだろう憤りが、わずかに声を荒げさせていた。


「だって、先輩、香奈とつきあってますよね」

「もちろん、別れるよ。きみが好きだからね」


 この人、最低。

 どれだけ香奈が先輩のこと好きなのか、全然わかってない。

 心の中を占めるのは自分のことばかり。

 だから、恋人だって去っていくんだよ。

 思いきり先輩を睨んだつもりだった。

 霞んでいく視界で、先輩は北原よりもずっとコワイ、歪んだ顔で微笑んでるような気がした。


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