file1 「wake up!」
ああ、なんかダルイ、疲れた、眠い。
心の中でそんな風に思いながら、私はいつもみんなに向かって笑顔をふりまく高校生活を送っている。
「それでねぇ、宮元先輩って、本当は私のことが好きだっていってくれてぇ……」
えー、うっそぉ、と声をあげるコたちに混じって、私も同じような声を上げる。
だって、そうしないと、仲間はずれにされちゃうから。
恋してないと変人扱いされる恋愛至上主義なんてクソくらえだし、女子特有の集団意識も大嫌い。
だけど、私はその中にいないと不安になる。
ひとりだって平気。
だけど、そんなに強くもない。
だから、そつなくお付き合いをする。
好きでも嫌いでもない男子を好きだと言ってみたり、失恋したという彼女らに、ありきたりなドラマや漫画の中で使われるような、慰めの言葉をかけてみる。
それをすっかり友情だと勘違いしてくれて、私は彼女らに親友として認められる。
放課後には、雑誌を広げ、ケータイを片手に、ファーストフードのお店に入って、大人たちが怒り出すギリギリの時間まで、くだらないお喋りの繰り返し。
つまらないわけじゃない。
でも、楽しいわけでもない。
わかってる、それを楽しめない私が悪いんだって事は。
「でもさぁ、宮元先輩って、本命はホリちゃんだっていうじゃない?」
「えぇ? 保健室のババア?」
「大丈夫よ、あんなババアなんかより、香奈のほうが全然カワイイし、なにより若いじゃん」
「そうかなぁ……」
私は彼女らの話を、机に肘をついて、なんとなく聞いていた。
昼休み、お弁当を食べ終わってから、いつものお喋りタイム。
香奈は、ひとつ上、三年の宮元って先輩のことが好きらしい。
彼はサッカー部のFDで、さわやかフェイスに校則を無視したサラサラの茶色い髪、もちろん背も高くて、人気者になる外枠の条件をすべて兼ね揃えたような人だ。
あまりに誰もが彼のことを騒ぎ立てるから、私もそれなりに彼を知っている。
まあ、それ故に、晴れて彼女に昇格できる確率は、非常に低いというわけだ。
だけど、私の知ってる限りでも、一ヵ月に一度は、隣にいる女が違う女に変わっている、そんな人。
そんなヤツに「好きだ」って言われたって、なんの信憑性もないと思うんだけど、こんなこと今の香奈には言えないもんね。
「ね、しおりだって、そう思うでしょ」
いきなり話を振られて、私は肘をついていた手を下ろした。
そして、前かがみになって真剣な顔を作り、うん、と強く頷いてあげる。
「だよねー。香奈、もう先輩と付き合っちゃいなよ」
なんて無責任なことを言っちゃうかなぁ。
一ヶ月後に、香奈が泣いて私たちに慰められるのは、百パーセント目に見えてるっていうのに。
けど、そんな恋愛ごっこが楽しいんだよね。
振られたって、また次の日には、もっとかっこいい男の子を必死で探すんだ。
ああ、私もそうやって自由気ままに生きていけたらなぁ。
みんな、香奈と宮元先輩が付き合う話で盛り上がってる。
デートはどこがいいとか、先輩だったら、こんな風にリードしてくれるはずとか、話はとにかく尽きない。
私も面白おかしく例え話をして、みんなを笑わせる。
一緒に、こうやって、笑って。
いつからだろう、こんなに臆病になったのは……。
不意に、ズキン、と頭に痛みが走る。
それはまるで、鍵を掛けた扉を強引にノックするみたいに。
私は目を細めて、こめかみに指を持っていく。
その仕草に気がついた友達が、私の顔を心配そうに覗き込んだ。
「しおり、大丈夫?」
他の友達は、相変わらず妄想じみた話で盛り上がってる。
「うん、大丈夫」
「最近、よく頭痛くなるみたいだね」
「うん……」
わかりたくないけど、この痛みの原因は見当が付く。
風邪でもなけりゃ、偏頭痛でもない。
痛みは、確実に「開けたくない場所」を突いてくる。
追い払おうとしても、なかなかあっちへ行ってくれない。
少しずつ痛みが増してきて、私はぎゅっと目を閉じた。
「しおり……」
気遣ってくれる彼女の手が、私の腕を掴みそうになって、私はそれを避けて立ち上がった。
行き場を失った手が、さまよってから、彼女の胸元へと戻っていく。
私が立ち上がったのを、香奈が気付いてくれた。
「しおりちゃん、どうしたの?」
その声に、全員が怪訝な顔をして、私の方を向いた。
立ってうつむいたままだった私は、できる限りの笑顔を作って顔を上げる。
「頭痛いから、保健室行ってくるね」
その中の一人が、思いついたように「あ」と口を開けた。
「じゃあさ、しおり、あのババアに、これ以上宮元先輩に近づくなって言っといてよ。先輩は香奈と付き合うんだからってね」
自分が一番正しいことを言っているに違いない、と言いたげな彼女に、皆、そうだと続いて頷いた。
あのう、私、頭痛いんですけど、その辺はどう思ってんのかな……。
なんて、野暮な考えだよね。
「うん、わかった、私がガツンと言ってやるわよ」
私は心にもない言葉を吐いて、胸の前で右手の握りこぶしにぐっと力を込めて見せると、皆は私に声援を送る。
うるさい声を背に、私は教室を後にした。