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まだ小刻みに震えるままの口元をぐっと閉じて、ごくりと息をのむ。
「何、今の……」
大きく息を吐き出すと、一気に全身の力が抜けた。
私は芝生の上にごろりと横たわって、何度も深呼吸する。
青空が目に痛い。
仰向けになって、目を腕で覆う。
さっきの一言で意識の鎖はぷっつりと切れたのに、苦しい気持ちが私の胸の奥を縛り付けたまま。
「しおりちゃん!!」
その声に、私の体がびくりと震えた。
重いはずの体を勢いよく起こし、振り返る。
「倒れたの? 大丈夫?」
息を切らして駆け寄ってきた彼女は、私を見て、すごく悲しそうに顔を歪めた。
「どうしたの、何があったの? どうして泣いてるの?」
私の横に膝をついて座ると、大きなかわいい目をくるくるさせながら、私の涙の訳を聞く。
「香奈……」
自分が思うより、低く落ち着いた声が喉の奥から漏れた。
少しずつ落ち着く鼓動。
こぼれる涙を指ですくって、香奈に大丈夫だよと告げる。
いつの間にか、授業も終わったんだろう、校舎の廊下の窓にもたくさんの人影が見える。
「北原くんと何かあったの? 何か言われたの?」
「……いや、そんなんじゃないよ」
首を振ると、香奈の手が、私の腕を掴もうとして伸びてくる。
思わず私は身を縮めた。
触んないで。
思わず叫びそうになる言葉を必死で押さえつける。
「しおりちゃん、本当に北原くんと付き合ってるの……?」
ためらいがちに香奈が聞いた。
そして、手が、私の腕に触れる。
『しおりちゃん、嘘つくような人じゃないよね』
「……どうして?」
「みんなはそう言ってるけど、なんか、変な感じだから」
そう言って香奈は遠慮がちに笑った。
つられて私も笑う。
『お願い、付き合っていませんように』
香奈、どうしてそんなこと言うの。
「それとも、振られちゃったの?」
『それとも、私があんなことしたの、バレちゃったのかな。ううん、誰にも見られてない。見られてない。見られてない。でも、じゃあ、どうしてしおりちゃんはこんなに泣いてるの』
『どうして、しおりちゃんいつもみたいに否定しないの。やっぱり付き合ってるの。じゃあ、あの噂はどうなるの。あの人はやっぱり先輩が言うようにヒドイ人なんだ。ヒドイ人。ヒドイ人』
『やっぱりヒドイ人。先輩をあんな目に合わせて、しおりちゃんも、ホリちゃんも泣かせるようなヒドイ男。最低。最低、最悪、嫌な人。嫌い、嫌い』
『ダイキライ』
その言葉と感情に、抑えきれずに、再び涙が溢れ出した。
香奈の手を払うようにして、触れられていた方の手で、顔を覆った。
「しおりちゃん……」
意識を読み取ったとき、それが「知っている意識」だとわかった。
ただ、それが誰なのか。
今、香奈の声を聞くまで、香奈に触れられるまで、わからなかったのに。
不本意に止まらない涙は、目の前の香奈のせい。
だけど、どうして、香奈が北原をそんなに嫌わなきゃいけない?
「しおりちゃん、こんな話、聞きたくないかもしれないけど」
声のトーンを落とした香奈に私がゆっくりと視線を向けると、申し訳なさそうに、彼女は俯いた。
「北原くん、ちゃんと彼女がいるみたいなの。その、ホリちゃんでもなくって。……だから、付き合ってるならやめたほうがいいと思うの」
「……どうして、香奈、そんなこと、知ってるの」
「うん……ちょっと。それにね、その彼女も大切にしてあげてないみたいで。だから、もし彼女から北原くんを奪ったとしても、その、うまくいかないんじゃないかって」
顔を上げると、まっすぐに私の目を見て香奈が言った。
一体、どうなってる?
どうして香奈がそこまで北原のことを知っていて。
そして、どうして私のこと、そんなに心配してくれるの。
私は心の中は、香奈に謝りたい気持ちでいっぱいだった。
いつもの調子で軽々しく付き合っちゃえ、なんて言ってごめん。
本当は香奈がつらい思いするの、誰もが知っていながら、誰も止めない。
それを見てみないふりしてた私は、最低だ。
香奈は、本当かどうかもわからないことで、私のことを真剣に考えてくれてる。
真面目でひたむきで、一生懸命で。
だから、あんなこともしたの?
先輩のために?
でも、どうして?
香奈の質問に対して答えない私に、それ以上何も聞くこともなく、ただ黙って香奈は、私の涙が止まるまでそばにいてくれた。