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Don't Touch!  作者: 鳴海 葵
Lesson1
19/127

file4-3

 まだ小刻みに震えるままの口元をぐっと閉じて、ごくりと息をのむ。


「何、今の……」


 大きく息を吐き出すと、一気に全身の力が抜けた。

 私は芝生の上にごろりと横たわって、何度も深呼吸する。

 青空が目に痛い。

 仰向けになって、目を腕で覆う。

 さっきの一言で意識の鎖はぷっつりと切れたのに、苦しい気持ちが私の胸の奥を縛り付けたまま。


「しおりちゃん!!」


 その声に、私の体がびくりと震えた。

 重いはずの体を勢いよく起こし、振り返る。


「倒れたの? 大丈夫?」


 息を切らして駆け寄ってきた彼女は、私を見て、すごく悲しそうに顔を歪めた。


「どうしたの、何があったの? どうして泣いてるの?」


 私の横に膝をついて座ると、大きなかわいい目をくるくるさせながら、私の涙の訳を聞く。


「香奈……」


 自分が思うより、低く落ち着いた声が喉の奥から漏れた。

 少しずつ落ち着く鼓動。

 こぼれる涙を指ですくって、香奈に大丈夫だよと告げる。

 いつの間にか、授業も終わったんだろう、校舎の廊下の窓にもたくさんの人影が見える。


「北原くんと何かあったの? 何か言われたの?」

「……いや、そんなんじゃないよ」


 首を振ると、香奈の手が、私の腕を掴もうとして伸びてくる。

 思わず私は身を縮めた。


 触んないで。


 思わず叫びそうになる言葉を必死で押さえつける。


「しおりちゃん、本当に北原くんと付き合ってるの……?」


 ためらいがちに香奈が聞いた。

 そして、手が、私の腕に触れる。


『しおりちゃん、嘘つくような人じゃないよね』


「……どうして?」

「みんなはそう言ってるけど、なんか、変な感じだから」


 そう言って香奈は遠慮がちに笑った。

 つられて私も笑う。


『お願い、付き合っていませんように』


 香奈、どうしてそんなこと言うの。


「それとも、振られちゃったの?」


『それとも、私があんなことしたの、バレちゃったのかな。ううん、誰にも見られてない。見られてない。見られてない。でも、じゃあ、どうしてしおりちゃんはこんなに泣いてるの』

『どうして、しおりちゃんいつもみたいに否定しないの。やっぱり付き合ってるの。じゃあ、あの噂はどうなるの。あの人はやっぱり先輩が言うようにヒドイ人なんだ。ヒドイ人。ヒドイ人』

『やっぱりヒドイ人。先輩をあんな目に合わせて、しおりちゃんも、ホリちゃんも泣かせるようなヒドイ男。最低。最低、最悪、嫌な人。嫌い、嫌い』


『ダイキライ』


 その言葉と感情に、抑えきれずに、再び涙が溢れ出した。

 香奈の手を払うようにして、触れられていた方の手で、顔を覆った。


「しおりちゃん……」


 意識を読み取ったとき、それが「知っている意識」だとわかった。

 ただ、それが誰なのか。

 今、香奈の声を聞くまで、香奈に触れられるまで、わからなかったのに。

 不本意に止まらない涙は、目の前の香奈のせい。

 だけど、どうして、香奈が北原をそんなに嫌わなきゃいけない?


「しおりちゃん、こんな話、聞きたくないかもしれないけど」


 声のトーンを落とした香奈に私がゆっくりと視線を向けると、申し訳なさそうに、彼女は俯いた。


「北原くん、ちゃんと彼女がいるみたいなの。その、ホリちゃんでもなくって。……だから、付き合ってるならやめたほうがいいと思うの」

「……どうして、香奈、そんなこと、知ってるの」

「うん……ちょっと。それにね、その彼女も大切にしてあげてないみたいで。だから、もし彼女から北原くんを奪ったとしても、その、うまくいかないんじゃないかって」


 顔を上げると、まっすぐに私の目を見て香奈が言った。

 一体、どうなってる?

 どうして香奈がそこまで北原のことを知っていて。


 そして、どうして私のこと、そんなに心配してくれるの。


 私は心の中は、香奈に謝りたい気持ちでいっぱいだった。

 いつもの調子で軽々しく付き合っちゃえ、なんて言ってごめん。

 本当は香奈がつらい思いするの、誰もが知っていながら、誰も止めない。

 それを見てみないふりしてた私は、最低だ。

 香奈は、本当かどうかもわからないことで、私のことを真剣に考えてくれてる。

 真面目でひたむきで、一生懸命で。

 だから、あんなこともしたの?

 先輩のために?

 でも、どうして?

 香奈の質問に対して答えない私に、それ以上何も聞くこともなく、ただ黙って香奈は、私の涙が止まるまでそばにいてくれた。

 

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