file3 「rest time」
「ホント、冗談じゃない」
伸びすぎたポトスの蔓をばっちんばっちん音をたてて切ってやる。
切る瞬間ごと、私は今日あった、ありすぎたいろんなことを思い出しながら、いっと歯をくいしばった。
「そんな風に切ったら、かわいそうだよ」
その優しくて柔らかい、透き通ったような声で我にかえると、隙間ないくらい、こんもりと茂っていたはずの目の前のポトスが、いつのまにかハゲになっていた。
「あ……」
ハサミを止めると、急に胸が苦しくて、悲しくて、溢れそうな涙をこらえるために唇を噛む。
本当に、このたった一日でいろんなことがありすぎた。
頭ん中も、弱虫な胸の奥も、全部パンクしそうで。
私が切り落とした蔓を拾い上げて、彼は私にそれを差し出した。
白衣姿の男は、さえない生物教師、倉田恭輔。
生徒からは、ダサいオカマの33歳と言われてる。
弱っちょろい細い体型に、色白。
男のクセに、長いまつげをたたえた細い目を、眼鏡の奥に隠して。
いつも、ちょっと寝グセのついた頭。
すっごく優しいけど、それだけの人。
気が弱くて、物をはっきり言えなくて、生徒からだけじゃなく、先生たちからも、ちょっとバカにされてるみたいだ。
ホリちゃんが、そんなことを前に言ってた。
私は、倉田先生が拾ってくれた蔓を受け取る。
みんなはいろんな風に言うけど、私は先生のことが嫌いじゃない。
「でもね、大丈夫だよ。この子は生命力が強いからね、すぐまた新しい芽を出すから。ただ、桜井さんの気持ちは、この子に伝わるからね。そんな意地悪なことしたら、嫌われちゃうよ」
「うん……」
「切ったのは、挿し木しようね」
ここは、校舎の裏にある、小さいけれど、立派なガラスの温室。
理事長の趣味で作られたこの温室の中には、大小色とりどりの花や熱帯の植物がところ狭しと並べられている。
入学式の帰りにここを見つけて立ち寄った。
中に入った瞬間、張り詰めた緊張感から解放されて、この子たちに癒されたのを、いまでも忘れない。
生徒のために作られたものでもないので、ここに出入りするのは、理事長から世話を頼まれているこの倉田先生と、自称園芸部員の私くらいで。
あの状況でみんなと一緒に帰るのがいやで、結局こっちに逃げてきた。
この子たちが、私の頭の中を空っぽにして、ゆっくりと心の奥を鎮めてくれる。
私は、切りすぎて数枚しか残っていない、ポトスの葉を撫でた。
「ごめんね」
指先から伝わる、何か。
この子が人間の言葉を話せたら、なんて言ってるんだろう。
かわりに頭の中に降り注ぐのは、きらきら光る、粉雪みたいな粒子。
降っては溶けて。
許してあげるって、言ってくれてるのかな。
「きっと、すぐ伸びるよ」
後ろで、軍手をつけて、理事長が作った挿し木専用用土をずるずる引っ張ってきた倉田先生が、優しく微笑んで、すっかり寂しい姿になったポトスを見つめてる。
「桜井さんが手をかけた子たちは、不思議と成長が早いからね」
そう、どういうわけか、私が育ててる観葉植物は大きくなるのが早くて。
その分、植え替えやら、手入れに手間がかかるのだけど、私には可愛くて仕方ない。
「理事長は、自分の土の配合と、肥料のタイミングがいいって言ってましたよ」
私がそう言うと、倉田先生は、あははと声を出して笑ったっきり、何も言わなかった。
そして二人で、小さな黒いビニールポットに茎を植えていく。
ただ、黙々と。
私は、この温室で倉田先生と過ごす、静かな時間が好き。
ずっとここに、二人でいられたら、幸せなのに。