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Don't Touch!  作者: 鳴海 葵
番外編
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「confiture」 side Ibuki

「お人好し過ぎるのも、いい加減にしろ」


 散々説教じみたことを言い放ち、最後に、つい余計なことまで吐き出してしまう。

 それが彼女の魅力でもあるというのに。

 だからこそ、俺以外に向けられるその気持ちが許せない。

 思ったことは言い合おうと約束したのはいいが、いつも俺の言葉は上から押さえつけるような口調になってしまう。

 あくまで冷静になって気持ちを伝えようとしても、話しているうちに感情が昂ぶって、こうだ。

 困ったように眉根を寄せ、それでも俺のすべてを受け入れようと真っ直ぐにこっちを向く瞳が、わずかに滲んだ気がした。


「ごめん……」


 小さな声で言ったあとの唇が、ぴくりと動いて前に突き出た。

 言い返したいことがあるなら、言えばいい。

 言い訳するなとは言ってない。

 桜井は一度瞼を伏せて、そして睨むように俺に目を向ける。

 最初は本当に俺を恨んで睨んでいるんだと思っていたけれど、どうやら見当違いだったらしい。

 人のことを言えた義理じゃないが、本人は睨んでいるつもりなど毛頭ないのだ。

 甘えたいけど媚びるのは嫌で、もともとの猫みたいな瞳の形が手伝って、まるで敵意を剥き出しにするような表情を作ってしまう。

 付き合い始めてからは、そんなことにも気付けるようになった。

 ずけずけ踏み込んでくるようで、肝心な時はしおらしく待っている。

 そんないじらしさを見たいがために、もしかしたら俺は彼女を責めたてるのかもしれない。

 夕暮れ時、夜が来るわずか前に、暗くなり始めた空が薄紅色に染まる。

 それでも日中の暑さを蓄えたままの温室の中で、俺はたまらず桜井を抱きしめた。

 ここ数日、見たことのない男がこのあたりでうろちょろしているのは知っていた。

 いや、見覚えはあった。

 そいつも俺と同じように、この学校のくだらない表彰式の常連だ。

 聞けば川島と同じクラスで、友達だという。


「北原」


 胸元で桜井の声が響いた。

 薄っすらと汗をかいた桜井のシャツが、いつもより彼女のぬくもりを近く感じさせる。

 暑いだろうと身体を離すと、薄く開いた唇が何かを求めているようで、胸を突かれた。

 それを与えることは簡単で、むしろ、俺のほうが。


「少し、言い過ぎたな」

「そんなこと、ないよ」


 私、どうしてこんなに鈍感なんだろうねと、桜井は照れたように笑って温室を出ようとした。

 これ以上触れ合えば、我慢できなくなりそうなのに。

 言葉よりも態度で示す方が伝わるような気がして、俺は思わずその手を引き寄せ、もう一度抱きしめる。


「北原……?」


 彼女の気持ちが揺らぐとか、そんなことは考えていない。

 ただ、その身にまた何が起きるんじゃないかと、心配でならないだけで。

 束縛なんて、そんなくだらないことをするつもりはなかった。

 だから、彼女があの男と話しているのを見ても、口を出さずにいた。

 でもやはり、男にはそれなりの魂胆があったのだ。

 それを知ってまで、ふたりの間を見守る余裕は、俺には無い。

 おそらく、これから先も、ずっと。


「いいよ。いいんだ。俺の気持ちさえわかってくれれば、いい」


 春先の一件から、桜井の能力が薄れてきているのだと、本人から聞いていた。

 今更ながら、口に出さずに気持ちが伝わったことが、どれだけ楽だったかと思う。

 無いものねだりで、我侭な自分に呆れて嫌になる。

 そして大学に合格するまで、これ以上何もしないと約束したことも。

 自分から言い出したのに、このままじゃ自制できそうにない。

 そうなれば、ダメになるのはたぶん、俺のほうだ。


「なーんだ。今日は北原先輩も一緒なんですね」


 なんとも間延びしてだらしない声に、一旦落ち着いた感情がぶり返す。

 俺と桜井は顔を見合わせたあと、こっちに向かって歩いてきた寺沼の姿を見つけた。


「今日は疲れたし、室内練習も面倒だから帰ろうと思って。最後にしおりさんの顔が見たくなっちゃって、たっくんにはもう会うなって言われたんだけど、来ちゃった」


 体型に似合わない無邪気な笑顔が、たぶん女子には受けがいいんだろう。

 でもそれは、おそらく化けの皮。

 そこまでの実力保持者なら、下に隠れている顔がどんなものか、同じ種の人間として想像がつく。

 やっぱり、川島から忠告させたところで、身を引くようなヤツじゃなかったか。


「やだなぁ、北原先輩、そんな怖い顔しちゃってさ。ねぇ? しおりさん」


 戸惑った声を上げて、俺を見上げる桜井の視線を感じる。

 まだ桜井に触れたままの俺の手を見やって、寺沼は悲しむような表情を作った。


「あー、なんかこういうの、ホント、やだなぁ。しおりさん、束縛されてるような気がしませんか? っていうか、北原先輩ってもっと余裕綽々な人かと思ってたんですけどね」

「あ、あのね、寺沼くん……」


 何か決意したように俺の手を払って、桜井は寺沼のほうに向き直る。

 その小さな両手を握りしめて、寺沼の顔を見上げた。


「私は、北原と付き合ってるし、寺沼くんの気持ちは嬉しいんだけど、その気持ちに応えることはできないの。だから……」

「じゃあ、北原先輩と別れればいいじゃん」

「えぇっ!?」

「俺の気持ち、嬉しいんでしょ?」

「いや、だから、それは……」

「別に今すぐとは言いませんよ。そんなの、絶対ムリっぽいし。だけど、少しずつでも俺のこと好きになって、で、結果、最終的に俺を選んでくれればいいなって。俺だってそこまで強引じゃないですよ」

「そんな……」


 桜井も、曖昧な言葉じゃなく、はっきりと言ってやればいい。

 言われたところで、フリはしたとしても、実際傷つくようなヤツじゃない。

 泣きそうな顔で俺を見上げる桜井に、思わず溜息が出る。


「恋愛って、そういうもんですよね、北原先輩」


 桜井を見つめる時とはまるで違う、挑発するような瞳が俺を見た。


「確かにね。でも、このままじゃ、逆効果だと思うけど?」

「それなら、それで。少なくも今は、嬉しいって言ってくれてるし、全く望みが無いわけじゃないでしょ。もしかして先輩、彼女を繋ぎとめておく自信が無いんじゃないですか?」


 勢いのある台詞に、笑いそうになる。

 そんなもの、あるとすれば、ただの驕りだ。


「このーっ、寺沼ぁっ!!!!」


 絶叫にも似た川島の声がしたかと思うと、三白眼をいつも以上に吊り上げ、息を切らせながら走ってくるのが見えた。


「テメェ……あれだけ、もうやめろって言っただろっ!」

「ごめん、たっくん。けどさぁ、俺やっぱ、しおりさんのこと好きなんだよねぇ」


 苦虫を噛み潰したような形相で、必死に掴みかかる川島を笑い、なだめるように肩を叩く。

 それでも吠えるように叫び続ける川島に、寺沼は大きく息を吐き、唇を尖らせた。


「わかった、わかったってば、たっくん。じゃあさ、こういうのはどう? 俺と北原先輩が勝負して、俺が負けたら、もう本当にしおりさんの前には現れない。けど、もし俺が勝ったら」

「……何バカな」

「勝ったら、しおりさん、俺と一日デートしてください」

「は!?」


 素っとん狂な声を上げたのは桜井じゃなく、川島のほうだった。

 顔を真っ赤にさせて、今までの勢いはどこへやら、寺沼に掴みかかったまま、一瞬固まった。


「たった一日くらい、貸してくれたっていいじゃないですかー。しおりさんは北原先輩だけのモノじゃないでしょ?」


 コイツの目的は、桜井だけじゃない。

 明らかにその敵意が俺を向いている。

 ……気に入らない。


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