「confiture」 side Tak
「なるほどねー、たっくんに園芸なんて似合わないと思ったんだよ。ちゃんと理由があったわけだ」
「ちげーよ、うっせーな。さっさと部活行けよ、インハイもうすぐだろ」
「たっくん、つれないねー。そんなんだから俺以外の友達も彼女もできないんだよ」
「黙れっ!!」
つーか、てめーのことも、友達だなんて思ったことはねぇよ。
声を荒げて、マジで怒鳴ったって、目の前にいる優男はへらへら笑って俺の隣に並んで歩き出した。
「うぜぇ」
「またまたー、たっくんも、俺のこと好きっしょ?」
「その『たっくん』はやめろっ」
「じゃあ、川ちゃんとか? 川島だと固すぎるし、貴文も四文字でめんどいし。いーじゃん、たっくんで」
怒りを通り越して、コイツにはほとほと呆れる。
嫌で嫌で何度同じことを言ったって、結局こうやってコイツのいいようにされてしまう。
付き合って反論するのも、余計な熱量を必要とするのが勿体なくて止めた。
で、あきらめた俺を見て、そいつは長身に似合わない可愛い顔でにっこりと笑う。
寺沼颯、痩せ型に見えるのは手足がひょろりと長いからかもしれないけど、茶褐色の肌をもつ身体には、必要な筋肉が無駄なくついている。
一年の頃から同じクラスだったけど、この二年になってから、急に俺に話しかけてきて。
なんだか知らねぇうちに、いつの間にか隣にいて、今ではナゼだか昼飯も一緒に食うようになった。
まぁ、伊吹としおりを邪魔するみたいな存在だった俺にとっては、悪くない状況だけど。
伊吹と同じ類いの文武両道、コイツの場合は全国でもトップクラスといわれるテニスの腕前プラス、勉強だって常に学年で一桁台をキープしてる。
なんでそこまでの才能を与えられたやつに限って、こう、見てくれも上等なのか。
これはヒガミなんかじゃねぇ!
どうせ俺はチビで目つきも悪けりゃ、口も悪い。
けどしょうがねぇ、コレが俺自身を守る手段なんだから。
「なんでついて来るんだよ」
「だからー、たっくんの好きな人、見に行くんだよ」
「はぁ!?」
「彼氏がいても、忘れられなくて、だからって奪う気にもなれなくて、ただそばにいて見てるだけでいいなんて、ありえないじゃん。しかも、誰にも心を開かないようなたっくんが、そんなふうに思いを寄せる女性って、興味あるなぁ。俺も好きになっちゃうかも」
「てめー……殺す」
余計なこと、話すんじゃなかった。
いや、俺から話したわけじゃない。
インハイを前に、部活ばかりでストレスが溜まるから、たまには恋愛の話なんかしちゃおうよと、寺沼の色恋沙汰の話を延々と聞かされた。
見た目も良けりゃ、スポーツ万能、頭脳明晰とくれば、黙っていても相手は向こうからやってくるし、だから恋もたくさんしたらしい。
でも、どれもこれも本気で心から相手を好きになることができなかったのだとも。
なんて贅沢な話だ、俺なんて……そう、つい口を開いてしまった俺がバカだった。
「俺はもう、恋愛とか、そういう感情はいっさい無いんだからな。勘違いすんなよ」
「ふーん。じゃあ、もし、俺がその人を好きになっても、たっくんを悲しませなくて済むんだね」
「何言ってんの、オマエ」
「ん? たとえばの話だよ。あー、なんかドキドキしちゃうなぁ」
「……勝手にしろ」
盛り上がってる寺沼を尻目に、俺はさっさと温室へ向かった。
七月に入ると、殺人的な太陽光線が更にレベルアップして俺の肌に突き刺さる。
そんな炎天下で小さなボールを日が暮れるまで追っかけてる寺沼までとはいかないが、園芸部に入ってから、青っ白い俺の肌も、ほどよく健康的に見えるようになったと思う。
放課後の日が高いうちは、部室にはしおりしかいないはずだ。
伊吹は特授だろうし、寺沼がもし余計なことを言ったとしても、しおりだけならフォローできる気がする。
……たぶん、な。
それに。
どこかで俺は、自分が好きになった人を、誰かに自慢したかったのかもしれない。
どれだけ、素敵な女性かということを。
「川島くん?」
冷房の完備された涼しい部室で勉強しているだろうと思ったしおりは、長いストレートの黒髪をまとめて温室から出てきたところだった。
その細く白い首筋を、汗が伝う。
そして彼女の目は明らかに、俺の隣にいる寺沼を見て驚いたように瞬きした。
「はじめまして。俺、たっくんの友達の寺沼颯です」
「あ……あの、テニス部の、王子サマ?」
「えっ、俺のこと、知ってるんですか?」
「あ、う、うん、まぁ……」
寺沼が頭ひとつ分くらい小さいしおりに目線を合わせ、顔を近づけるから、しおりは慌ててその身を引いて頷いた。
反射的に俺は、寺沼の腕を引く。
「しおり、テニス部の王子サマって、何だよ」
「あぁ、女子の間でカッコイイって有名だから」
「俺のこと、見ててくれたんですね」
そうとは言ってないだろ。
どこまでも自分勝手な解釈ばかりする寺沼に、面食らったようにしおりも苦笑して首をかしげた。
そして、助けを求めるような目が、俺を向いた。
「も、もういいだろ、寺沼。早く部活行けよ」
「なんだよ、たっくん。彼女のこと、ちゃんと俺にも紹介してよ」
「っだーかーらー、コイツが園芸部部長の桜井しおり」
「しおりさん、改めまして、はじめまして。聞いていたとおりの美人な女性なので、俺も緊張してます」
「へ……?」
きょとんとしたしおりに、寺沼が握手を求めるように手を出したから、俺はその手を阻止して、寺沼の身体をしおりから引き離すように押した。
「ちょ、たっくんーっ」
「いーかげんにしろよ」
「ふーん、じゃあ今日はこれくらいにしとく」
俺を見下ろして、つまらなそうにそう言うと、寺沼は笑顔でしおりに手を振った。
「また遊びに来ます」
もう来んな!
振り返ると、何が起きたんだかわからない顔したしおりが、頬を引きつらせていた。
ごめん。
そんな顔させるつもりなんて、なかったんだ。
ただ俺がコイツの調子に乗せられて。
やっぱり寺沼に、しおりを会わせるべきじゃなかった。
大切な物は、自分の中だけにしまっておかなきゃだめだって、ずっと幼い頃に言われたのを今更思い出しても、もう遅かった。
俺は数日後、とんでもなく後悔させられることになる。
突然、クラスの女子がざわめいて、俺もなんとなく彼女らの視線を追うように後ろを振り返った。
「川島」
その声色が、いつもと違う。
伊吹は基本仏頂面で冷酷だけど、ただ名前を呼ばれただけで肌が粟立ったのは初めてだ。
身体が硬直して、思考能力もぴたりと止まる。
それでも伊吹には負けたくないと思うもうひとりの俺が、なんとか奮い立って、足を伊吹のそばまで動かした。
開かれたドアに左手を伸ばしたまま、伊吹は視線を教室内にぐるりと巡らせる。
そして、俺を見下ろした。
今まで見たことのない、凄んだ瞳に思わずごくりと喉が鳴る。
「な、んだよ」
「どういうつもりだ?」
努めて低く抑えた声が、尚更俺の恐怖心を増殖させ、冷たい汗が背中を伝う。
「何が……だよ」
「寺沼」
そのキーワードに、数日前、アイツをしおりに引き合わせたことを思い出して一気に血の気が引いた。
何か言おうとして口を開いたまま、伊吹に睨まれ言葉を失った俺は、このまま消えてしまいたくなる。
アイツ、一体何をしたっ!?
「失恋したから、慰めてくれるような女子がいないかって川島に相談したら、桜井を紹介されたって言ってたけど」
「違っ! それは、その、いや、俺はそういうんじゃなくて」
「今更確認するのもおかしな話だけど、オマエ、俺と桜井が付き合ってるって、もちろんわかってるよな?」
「わ、わかってるよっ!」
念を押すように一言一句、はっきり丁寧に俺に告げた伊吹は、返事をした俺にぐっと顔を寄せて。
……笑った?
「じゃあ、改めて聞かせてもらう。どういうつもりだ」
「ぐ、ぇ……」
俺、間違った、笑ってるんじゃない。
噛みしめた白い歯が、引きつった唇から見えているだけで。
それが怒りの表情なのだと、胸元を強い力で掴まれて気がついた。
……苦しい。
やべぇ、俺、マジで、マジで、伊吹を怒らせた。
シャツを掴む伊吹の拳が俺の顎を上に向かせ、指の関節が上手に頚動脈の流れを止める。
寺沼が一体何をしたのか、俺には想像がつかなかったけど、伊吹がここまで怒りを露にするのを初めて見た。
貴重で面白いものを見てしまった気がする。
とかなんとか、言ってる場合じゃない!
徐々に目の前に砂嵐が現れて、俺は胸元を掴んだままの伊吹の手を必死で叩いた。