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Don't Touch!  作者: 鳴海 葵
Lesson4
124/127

epilogue 「epilogue」

 くすぶっていた冬も終わり、やっと春が、来た。


『私にも、届いたよ!』


 メールを送信したあと、自分でもまだ信じられない結果通知が入った封筒を抱えて、はやる気持ちを抑えながら先週卒業した学校へ駆けつけた。

 そして、そのまま待ち合わせた温室へ向かう。

 本当は担任に真っ先に報告すべきなんだろうけど、そんなのはとりあえず後回し。

 息を切らしたままたどり着くと、先に来ていた北原が温室から出てきたところだった。


「ご、合格しちゃった……」


 おめでとう! ってすぐに抱きしめてくれると思ったのに、表情ひとつ変えず、北原は私の手の中にあった封筒を奪い取り、さっそく中身を確認する。


「間違い、ないんだな」

「そう、思うけど……」


 そんなふうに言われると、目の前にある事実すら疑いたくなる。

 何より私自身、結果が来るまで自信がなくて不安でしょうがなかったんだから。

 北原の顔色を覗くと、硬かった表情が綻んで、笑みがこぼれた。


「この一年、よく頑張ったな。おめでとう」

「……う、ん」


 頭を撫でられ抱きしめられると、思わず涙が溢れた。

 だって、これでやっと北原のスパルタ勉強塾から解放されるのだ。

 北原と同じ獣医学部はあきらめて、同じ大学の文学部を志望することに決めたあとは、とにかく血を吐くほどの勉強の日々。

 約束のハグはほぼ毎日してくれたけど、恋愛のいろいろしたいことは、すべて大学に合格してからと北原に忠告されて、灰色な一年間を過してきた。

 それが、やっと、今日で終わる。


「これで、春からもずっと一緒だな」

「うん」


 顔を見合わせて喜びをふたりでかみしめてから、私たちはもう一度抱き合った。

 一年前の南海先生との一件が終わってから、私の能力は、すっかり影を潜めてしまった。

 ふとした瞬間に、触れた人の声が聞こえることがあるものの、自分から聞こうとしても、脳がまるでその方法を忘れてしまったように機能しない。

 一体何が起きたのかわからないけど、おかげで勉強には集中できたし、余計なことに感情を左右されることもなく、心の中は平穏だった。

 北原との関係は相変わらず……甘い恋人同士を満喫することは許されなかったけど、私を本当になんとかして自分と同じ大学に行かせたいんだってことは、十分すぎるほどわかったし、これから先もずっと一緒にいたいと言ってくれたから、私も北原のことを信じて頑張れた。


「桜井に、見せたいものがあるんだ」

「え……?」


 導かれるまま北原の後をついて温室に入ると、私は息をのんだ。

 あの、花。

 倉田先生と私の願いを叶えて、そして、北原が譲り受けた不思議な名もなき花が脳裏をよぎる。

 ずっと前に北原が『桜井が、俺と同じ大学に行けますように』と願いをかけて、その後みごとに今まで花を咲かせなかったのだ。

 先月末にも花芽をつける様子がなくて、それ以降、見るのが怖くて忘れたふりをしていたのだけど。

 恐る恐る北原が指差す方に目を向ける。


「……咲い、てるっ」


 驚いて北原を見ると、得意げに微笑んだ。


「特別なことなんてしなかったのに、何日か前に蕾がついてた」


 私はプランターを手にとって、薄桃色の花を見つめた。

 この花を見るのは、三度目だ。

 そして、横にはもうひとつ蕾がついている。

 嬉しいけど、もう、この花とも、本当に大好きだった温室ともお別れなのだと思うと、卒業式には出なかった涙が込み上げてきた。


「桜井」


 私の手から花鉢を取り棚に戻すと、北原の手が私の頬を包む。

 近づく距離に、私は目を閉じた。

 そして、私たちはやっと二度目のキスを。


「伊吹! しおりっ! 合格おめでとうっ」


 しようとしたところで、やっぱり川島くんが現れた。


「川島、お前、タイミング悪すぎ」

「な、何だよっ。っつーか、ふたりとも合格したから温室に来いってメールくれたの伊吹だろ。それに、そんなこと、これから死ぬほどやりゃあいいじゃん」


 川島くんの言葉に、余計な妄想が頭の中を駆け巡って顔が熱くなる。


「ま、それもそうだな」

「えっ!?」


 平然とそんな返事をした北原に驚いたのは私だけで、川島くんも憮然としたままだ。

 ただでさえ、大学合格に舞い上がる私は、へらへら笑いそうになるのをこらえて、口元を両手で覆った。


「桜井」

「え、あ、な、何?」

「川島に、コレ、あげようと思うんだけど。いいよな?」


 北原は、あの花を再び手にとって私に聞いた。


「うん、そうだね」


 近くに来た川島くんに、北原が花鉢を差し出すと、川島くんはいらねぇよと唇を尖らせた。


「俺は、こんな花を頼らなくても、自分で願いを叶えてやるよ」

「川島、この園芸部を廃部させない自信、あるのか?」

「あ?」

「桜井みたいに時間のある部員がいないと、お前だってしっかり勉強できないだろ?」


 それ、どういう意味って突っ込みたかったけど、私は黙って川島くんの反応を待った。


「それに、こんな目立たない園芸部、顧問もさえない倉田、部長は目つきの悪い川島。去年も入部がなかったし、奇特な新入生が入らない限り、川島が卒業したら俺たちの思い出の園芸部も廃部だぞ」

「んなの、しょうがねぇじゃん」

「幸い、ここにはもうひとつ蕾がついてる。今、願いをかければすぐに叶うと思うけど?」


 口篭って目を吊り上げる川島くんに代わって、私が口を開いた。


「川島くん好みの、可愛い女の子の新入部員が来ますように」

「なっ、しおりっ! テメェ……」

「いいじゃない」

「ったく、余計なことしやがって」


 そう言いながらも、渋々花を受け取ってくれた。


「しおりちゃーん」


 外から聞こえてきた声に急いで温室を出ると、香奈が走ってくるのが見える。


「おめでとうーっ」

「ありがと」


 そばまで来ると、香奈は勢いよく私に飛びついてきた。

 合格通知が嬉しくて、学校に来る途中、香奈にもメールしたのだ。

 香奈も彼の楠木くんも、すでに合格発表も終わり、それぞれ地元の大学への進路が決定してる。


「ホントに、本当に良かったね」

「やだ、香奈、泣かないでよ……」

「だって、これで本当にしおりちゃんと離れ離れになっちゃうんだもん。合格したのは嬉しいけど、北海道なんて遠いし、すごく淋しいよぉ」

「うん……」


 私と北原が合格した大学は、修学旅行で行った北海道にある。

 来月の今頃には、親元も離れてのひとり暮らしが始まっているはずだ。

 背伸びしても届かなかった、自由という名の不自由の中に飛び込んでいく。

 涙顔の香奈の後ろに広がる校舎、ここで過した三年という月日は、これからの人生の中では、ほんのわずかな時間の一部にすぎないかもしれない。

 周りの友情や恋愛ゴッコなんて面倒で、自分が傷つくことが怖かった日々を越え、目に見えない、かけがえのないものをたくさん与えられた。

 私の力が解放されてしまったことも、そのことで出会ったみんなや、起きた出来事もすべて、必要なことだったんだと今なら思える。

 私は香奈に微笑んで、温室から出てきた北原と川島くんを振り返った。


「みんな、ありがとう」


 伝えたいことはたくさんあるけど、言葉はそのひとつしか見つからない。

 背後から、ホリちゃんの声がして振り返ると、倉田先生も一緒にこっちに向かってくるのが見えて、私は大きく手を振った。

 春の暖かい日差しが私たちを包んで、優しい風が吹いた。



 ◆ おしまい ◆

本編完結です。


次話は番外編になります。

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