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鈍く光る銀色の刃が、赤く染まる。
泣き喚く女の声。
何度も何度も、まるでシーソーが揺れるみたいに、振りかざした腕をそこへ突き刺す。
もう、すでに息の根を止めた身体が、赤い海に揺れる。
ずっと横でそれを見つめてた、女の大きく開いたままの口からは、もう悲鳴なんて聞こえない。
『次ハ、アンタダ』
「!!」
全身を襲う痛みに、私はもがいた。
身体が自由にならない。
足音が、近づいてくる。
「いやあぁぁっ!!」
「しおり! 大丈夫よ!」
ぎゅっと抱きしめられても、わけがわからずに、私は抵抗した。
「しおり、しっかりしてっ! ちゃんと、こっち向くの!」
その声が、聞きなれたものだと判断できるまで、いつもよりずっと時間がかかった。
肩を揺さぶられて、顔を上げる。
「ホリちゃん……?」
「まったく、もう」
ちょっと困った優しい顔で、笑ってる。
いつもの、ホリちゃんだ。
私が暴れるのを抑えたせいで乱れた髪の毛を、色気のある仕草で掻き揚げる。
「大丈夫?」
「………」
答えられずに、辺りを見渡した。
喉の奥がペッタリとくっついているような気がして、うまく呼吸できない。
白いカーテンと、ベッドが二つ。
あれ、ここは……。
「保健室よ、集会で倒れて、今さっき運ばれてきたところ。意識ないから、救急車呼ぼうと思ってたのよ」
そう、大好きな保健室の、いつも愛用しているベッドだ。
荒い息と鼓動が落ち着き始めると、自分のおかしな状況に気がついた。
それを見て、いつもみたいに、ホリちゃんが大きな口を開けて笑った。
「ベッドから落ちたのよ。びっくりしてきてみたら、大声上げて暴れるんだから」
そう、私は毛布をぐるぐる身体に巻きつけて、ミノムシみたいな格好で床に座ってる。
身体が痛かったのは、落ちたから?
じゃあ、あれは、夢……か。
そうだ、夢じゃなきゃ、困る。
「こんなに汗かいて……起きられる?」
私の額や頬にくっついた髪の毛を、ホリちゃんが細い指で払ってくれる。
背中にシャツがべったりとくっついて気持ち悪い。
瞬きを何度かしながら、記憶の糸を手繰り寄せる。
頭の中は、スッキリしてる。
むしろ、すっきりしすぎて空っぽになったみたいに。
「ホントに、大丈夫?」
私を心配そうに覗き込むホリちゃん。
身体中の力が抜けていくのと同時に、何かがはじけたみたいに、涙が出た。
あの、夢は、現実になる?
「ホリちゃん……ホリちゃん、殺されちゃう……」
「へ!?」
「どうすればいいの? どうしたら止められるの!?」
「ちょっと、しおり、いいから、落ち着きなさい!」
私の両腕をつかんで、少し怖い顔をして……。
ずっと昔の、小学校の時の先生に怒られたことがフィードバックする。
そうか、そうだった。
信じてなんか、くれないかな。
でも……。
「ごめん、ホリちゃん。でも、お願い、聞いて。私のこと、信じて」
「………」
だって、ホリちゃんは、私にとって大切な人だから。
「私、こうやって触れてる人の声が、心で思ってることが、聞こえちゃうの」
「え?」
「ねぇ、ホリちゃん、何か考えてみて」
眉間にしわを寄せたまま、ホリちゃんは口をつぐんだ。
私の腕をつかんだ、ホリちゃんの手から伝わるものが、すんなり頭の中に降ってくるのを待つ。
『ホリちゃんて美人』
「……そんなこと、言わないでよ」
「なんて、聞こえたの?」
「『ホリちゃんて美人』でしょ」
目を丸くして驚いたのも束の間、また大口を開けて、笑う。
「ええぇっ、嘘、冗談でしょ、何それ、アンタ、超能力者だったの?」
そう言って笑い続けるホリちゃんをみていると、今まで悩み続けてたのがバカみたいに思えてくる。
「じゃあね、次はこれ」
って、また黙る。
『スタイルも良くて』
「スタイルも良くて」
『街を歩けば誰もが振り返る』
「街を歩けば誰もが振り返る?」
呆れてホリちゃんの顔を見上げると、いっと歯を見せて笑ってる。
『高嶺の花でありながら、気取らない性格で、生徒からもしたわれて』
「………」
「あれ?」
「もうっ、おもちゃみたいに遊ばないでよ」
「あら、かわいいおもちゃじゃない」
相変わらずのふざけた態度のおかげで、今日ばかりは救われた。
涙はとっくに引っ込んで、私も思わず笑う。
ホリちゃんは、一体どうしてここまで巻きついたのかわからないほど私の身体を締め付けていた毛布を、一緒に解いてくれた。
毛布をたたんでベッドに戻すと、私は横のハンガーに掛けられていたブレザーを羽織る。