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Don't Touch!  作者: 鳴海 葵
Lesson4
107/127

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「泣くな」


 私だって、泣きたくて泣いてるんじゃない。

 言葉にできない感情が、どうしようもできないもどかしさが、涙になって溢れて止まらない。

 両手で涙を拭いていると、その手を北原の両手が、優しく包み込んでくれる。

 冷たかった指先が、北原に触れられることで体温を取り戻していくみたい。


「あまりにも桜井が鈍感だから、いじめたくなった」


 北原が、そんなことを言って笑った気がした。

 表情がわからないほど顔が近づいて、私はまだ涙の止まらない瞳を閉じた。

 柔らかな唇が触れ合うと、まるで魔法みたいに、涙がぴたりと止まる。

 私の手を放した北原の指が、頬に触れ、耳をすべり、髪に絡まっていく。

 一度唇が離れると、そこには優しくて切ない顔した北原がいた。

 頼りをなくして不安にさまよう私の手が、北原の背中にしっかりしがみつくと、私たちはもう一度キスをした。

 体温はどんどん上昇していくのに、身体が小刻みに震えてる。

 全身の力が抜けそうになったところで、北原の腕が私の身体を強く抱きしめた。


「桜井」


 耳元で名前を呼ばれるだけで、今はまた、泣いてしまいそう。

 泣かないように瞳を閉じて、私は北原の肩に顔を埋めた。


「俺を……不安にさせるな」


 抱きしめてくれる腕の中は、あの冷たい目つきから想像もできないほど熱い。

 このままその熱に溶かされて消えてしまうことが出来たら、どれだけしあわせだろう。

 初めてのキスは、もっとロマンチックで甘いものだと思っていたのに、今私の胸の中は、切なくて、苦しい。

 北原の腕が離れて、私たちは階段に並んで座った。

 正面の白い壁には、ふたりのでこぼこな影が淡い光に照らされて浮かび上がっている。

 そして、私の左手は、北原の右手にしっかりと握られていた。


「俺は、桜井のこと、信じてるよ。もし、桜井が本当に相沢が縛られてるのを見たなら、そうだったんだと思う。相沢がどうしてそのことを覚えてないのかは……わからないけど」

「……うん」


 頷くと同時に、握られた指に力が入ると、北原の指先がまたちゃんと握り返してくれる。

 私は少しずつ、昨日の出来事を北原に話した。

 香奈の呼ぶ声が聞こえたこと。

 それが、いつもとは違って、香奈の声だけが聞こえてきたこと。

 探しているうちに、偶然南海先生に会って、探すのに協力してくれたこと。

 そして、講義室で見た私の景色と、目覚めた香奈にその時の記憶がないという不可解な現実。

 ホリちゃんも私のことを信じてくれなくて。

 だけど、どうしても不安が消えなくて、また講義室に意識が残されていないか、確かめにここに来たこと。


「南海先生も、香奈がひどく泣いてたのは見てるから、心配してくれて。それで、何か手がかりがないかって、来てくれて」


 だけど、先生が私の能力を知っていることも、先生にも同じチカラがあるということも、北原に話すことはできなかった。

 じっとこっちを見ている北原に対する後ろめたさが、私をうつむかせた。


「北原にも、話そうと思ってたの。でも、ほら、忙しそうだし……」


 できるなら、北原が知らないうちに解決できればいいとも思ってた。


「気遣ってくれた?」


 そうなの! と顔を上げると、そう言えないくらいの冷たい瞳がこっちを睨んでる。

 その視線に身体は硬直したけど、いつもの北原に戻ったのだと、どこか安堵した。


「一応……」


 すると、表情をますます曇らせて、北原は大きな溜息を吐いた。


「よく言うよ。俺のことより、桜井は自分のことを心配しろ」

「う……」

「月末のテスト、大丈夫なのか?」

「それは……」

「もし、次も100位以内に入れなかったら」

「……入れなかったら?」


 私はごくりと息を飲んだ。


「別れる」

「えっ!?」


 思わず大きな声が出て、慌てて私は口を手で覆う。

 すると、北原は嬉しそうな作り笑いを浮かべ、すぐさま冷淡な顔に戻った。


「冗談」

「……はっ!?」

「手、痛いんだけど?」

「あわ…ご、ごめん」


 北原に遊ばれるように気持ちを振り回されて、いつの間にやら力が入り、その手を力いっぱい握り締めていた。

 慌てて力を緩めると、今度は逆にその手を引き寄せられる。

 再び北原の顔が目の前に現れて、心臓が大きく跳ねた。


「本当に馬鹿で、超がつくほど鈍感なのに、なんで好きになったのかな」


 真顔で、これだけ間近な距離で、そんなこと言われると正直むっとする。

 私だって、こんなに酷いことを次から次へと平気な顔して言っちゃうような北原のこと、どうして好きになったのかわかんない。

 言いたくても言わないようにと、唇ときゅっと結ぶと、北原の視線がその唇に向く。


「100位以内に入ったら、ご褒美にするはずだったのに」

「……何?」

「キス」


 さっき、してしまったことを思い出させる言葉に、一気に顔が熱くなって身体を引いた。

 それなのに、北原の顔との距離が変わらなくて、どうしていいかわからずに顔を逸らすと、意地悪な北原が追いかけるように顔を近づけてくる。

 絶対、面白がってやってるに違いない。


「もうっ。べ、勉強しよっ」


 両手を北原に向かって突き出すと、私はぎこちなくそう言った。


「そうだな」


 私が立ち上がると、北原も腰を上げて階段を降り始める。

 その背中を見て、ふと不安な気持ちが蘇った。

 近づいてしまったから、触れ合うことがあんなにもシアワセだと知ってしまったから尚更、離れるのが怖くなる気がした。


「北原」


 いつもの、冷静な表情がこっちを振り返り、私も階段を降り、北原の横に並んだ。


「変なこと、聞いてもいい?」

「嫌だって言っても、聞くんだろ」

「………」

「何だよ」


 唇を噛んで、面倒くさそうな北原の顔を覗く。


「ずっと、気になってたんだけど」

「……だから、何」

「北原、私が触るの、嫌じゃない?」


 例えば。

 北原自身が私に触れるとき。

 もし、私に何か聞かれないように苦しい思いをしてるなら。

 突然私に触れられるのは、きっともっと辛いはずで。

 なんて、私のマジメな想いは、北原の笑い声に無残に散った。


「な、なんでそんなに笑うのよっ。私は真剣に……」

「わかってるよ。わかってるけど、オマエって、ホントにバカだな」

「何よっ!」


 まさにバカなコを哀れむような表情で、北原はまじまじと私の顔を覗きこんだ。


「そんなこと、まだ気にしてたのか」

「だって……」

「キスまでさせといて、そんなこと聞くとは、ね」


 目を閉じて、大きく息を吐くと、次には刺すように鋭い視線が私の口を黙らせた。

 そして怒ったのか、さっきよりも早く階段を降り始める。


「ち、ちょっと、待ってってば」


 急いでついて行こうと、足がもつれそうになりながら北原を追った。

 ちらりと振り返った北原の顔が笑ってる。

 また私、遊ばれてるっ。

 そう気がついたけど、悪い気はしない。

 一階まで一気に駆け下りると、笑いながら北原が私に手を差し出した。


「部室、行くぞ」

「……うん」


 私たちは手を繋いで、部室に向かった。


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