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Don't Touch!  作者: 鳴海 葵
Lesson4
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file2-4

 暗闇の意識の中、正面から強い風が吹きつけ、私は真っ白な世界に飲み込まれた。

 授業中とだけあって、思いのほか雑音は大きくない。

 無数のラジオが極小さなボリュームで流れているかのように、誰彼の意識が、私の中に流れ込んでくる。

 その中から、あの香奈の意識を探せ。


「香奈……」


 嫌な汗が額に滲む。

 落ち着いて集中すれば、聞こえるはずだ。

 この学校の中でも、私が本人の物だと判別できる意識は極わずかだし、それを見つけ出すのは難しいことじゃない。


『助けて……』


 教室にいたときよりも、明確に聞こえる。

 やっぱり、香奈の意識に間違いない。

 閉じていた瞳を開き、私は辺りを見渡した。


「問題は、どうやってこの意識の発信源を探すか、よね」


 私は自分のチカラの範囲を知らない。

 実際に触れた人間の意識を読もうとすれば、たぶん、100%読めるだろう。

 物に残った意識も、なんとか読み取ることができるし、こうして脳内の扉を開放すれば、近くにいる人間の意識が、彼らの頭の中の独り言が、楽しいおしゃべりみたいに聞こえてくる。

 でも、実際その声が誰のものなのか、どこから聞こえてくるのか、見えない誰かを正確に特定することはできないのだ。

 おそらくこの校舎内から聞こえてくるのは漠然と予想がつくけど、右か左か、上か下か……。


「役立たず……」


 はがゆさに頭を抱える。

 こんなんじゃ、ただのいやらしい覗きにしかならない。

 私は唇を噛んだ。


「片っ端から当たるしかない、か」


 悩んでる暇はない。

 私は階段を駆け下りながら、無駄に金をかけて広い校舎を造った理事長を恨んだ。

 香奈に近づけば、聞こえる意識のボリュームは大きくなるはずだ。

 わずかに聞こえる声を頼りに、四階建ての校舎の三階から、ひとまず一階まで降りてみたものの、残念ながら声は遠くなる。


「ってことは、上、よね」


 ここまま、ひとりじゃ、とても探しきれない。

 北原の顔が浮かんだけど、授業中に呼び出すことなんてできないし。

 川島くんも楠木くんだって、今は無理だ。

 ホリちゃんに言えば大事になりそうだし……。

 まわりを注意深く見渡しながら、私は廊下を足早に抜け、特別教室ばかりの別棟にさしかかった。

 生徒達がいる教室で、香奈があんなに怯えた意識を発していることは考えにくい。

 職員室にいれば、故意に隠されてない限り、誰かが気付くはずだ。

 でなければ、この別棟にある誰もいない特別教室にいる可能性のほうが高い。

 

 でも、どうして香奈が。

 何の、ために。


 ふと、どこかで、自分自身が誰かに動かされているような気がした。

 あのこめかみを突き抜けるような痛みと、不思議な声が聞こえるようになってから、嫌な予感が、胸騒ぎが消えなかった。

 見えない誰かが、私を試しているのなら。

 だとしたら尚更、香奈を探さなくちゃ。

 私は理科系の教室が並んでいる一階のドア、一枚一枚に両手で触れ、目を閉じ、残された幾つもの意識の中から、香奈のモノを探した。

 額が熱くなり、冷たい汗がこめかみを伝う。

 自身の動揺で集中が途切れないよう、意識を読み取るたびに、大きく深呼吸する。

 最後のドアの意識を読み終えて、やはり一階は無駄足だったと、振り返り顔を上げると、向こうから小走りでこっちに向かってくる姿があった。

 マズイ。

 今の私は思いっきり挙動不審だし、保健室に連れて行かれて、ホリちゃんに事情を説明してる時間もない。

 だけど、こんな時に限って、隠れる場所もないし!


「桜井、さん……?」

「……はい」


 近寄ってきた影に、私は顔を上げる。


「こんなところで……どうしたの? 顔色、悪いよ」

「いや、あの……」


 しかも、よりによって南海先生だ。

 急いでいたのか、肩を大きく揺らしながら何度も大きく息をする。

 昨日のことがあった今日で、ばつが悪くて私はうつむいた。

 でも、それどころじゃないんだけど。


「……君にも、聞こえるの?」

「えっ……」

「助けを、呼ぶ声」


 思わず顔を上げ、真っ直ぐに先生の瞳を覗く。


 彼は、何て、言った?


「君にも、聞こえるんだね」

「何、が……」


 聞くまでもなかった。

 でも、そんなこと、あるわけない。

 このヒトにも、意識が聞こえるというの?

 身の危険を知らせるかのように、心臓が早鐘を打つ。

 一瞬にして口の中がカラカラに乾いて、上手く言葉が出なかった。


「僕も、君と同じ。桜井さんの声も、僕には聞こえてる。僕も、他人の考えてることが聞こえるんだよ」


 息を整えて、淡々と彼の口から語られたことを、私はすぐに飲み込めなかった。

 私と同じチカラを、普通の人間にはない能力を、目の前の南海先生が持っているなんて。


「嘘……」


 呟くように声を絞り出すと、唇が震えた。


「本当だよ。でも、詳しい話は後で。まずは、助けを求めてる声の主を探すのが先だろ?」


 私を安心させるために作られた笑顔は、残念ながら効力を持たなかった。

 だけど、南海先生の言うとおり、今は香奈を探すことが先だ。


「私の、クラスメイトの女の子で、三時間目から姿が見えなくなって……」

「桜井さんの友達?」

「はい」

「心当たりは? 他の誰かも、このことを知ってる?」

「いいえ……お昼休みに、香奈の…この声の子の彼が心配して私を訪ねてきたんですけど。彼もどこにいるのかわからないって。ケータイも繋がらないみたいで」

「そうか。おそらく、この別棟のどこかからだと僕も思うんだ。僕は二階を調べるから、桜井さんは、三階を頼むよ」

「……はい」


 階段を駆け上がる南海先生の背中が見えなくなる。

 もしかしたら、私は夢でも見ているのかもしれないと思った。


『た……す…けて……』


「……香奈」


 必死に訴え続ける声に、再び私は集中する。

 待ってて、すぐ、行くから。


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