file2-2
「北原伊吹」
マイクの声に、私は思わず反応する。
この額のかさぶたを作ったアイツ、成績優秀者として表彰されるんだ。
ホリちゃんが言ってたこと、本当なんだね。
相変わらず無表情で、睨まれるとこっちが石になっちゃいそうな怖い目をしてる。
だけど、宮元先輩の隣にならんでも、ひけをとらない雰囲気があった。
華やかなオーラはないものの、誰にも消されない強い影をもっている。
先輩と隣り合う姿は、白と黒、陽と陰。
『しおりちゃんも、先輩のこと見てる。だけど、先輩は私のものなんだから。誰にも渡さないから』
違うってば。
ステージ上から香奈に視線を移すと、不安そうに私を見ていた表情が、はっとしてまた笑顔になる。
人気者の彼女って、大変だな。
私だったら、嫉妬に狂って自滅するのが目に見えてる。
自分のポジションを確認するために、彼の心を覗き放題で、そんな自分を幻滅しそうだ。
だから、私は本当の恋なんてしない。
『面倒くせぇな』
ん?
あ、隣にいるヤツの声……か?
『早く帰って昨日のドラマのビデオ観なきゃ』
後ろの、彼女の声……?
『今日の予備校、面倒くせぇ』
『来月は、オレが絶対あの上に上ってやる』
『くだらねぇ、ムカツク』
『帰りにまた、あの店に寄ってこう。店員のオニイサンかっこいいのよねぇ』
『早く帰りたいよぅ。デートなのにぃ』
『あぁ、眠い』
続けざまに飛び込んでくる意識。
手首をつかんだままの香奈のものじゃない。
ざわざわと、まるでみんながお喋りしてるみたいに、聞こえる……。
「……何、コレ」
耳鳴り?
違う……頭を締め付ける、何か。
聞こえ続ける、ざわめきの塊。
少しずつ、増えていく、大きくなっていく。
思わず香奈の手を払って、両耳をふさぐ。
「………」
え?
香奈が口を動かして何か言ってるのに、聞こえない。
『どうしちゃったの、しおりちゃん』
代わりに脳に降る意識。
聞こえない、声が、音が、聞こえない。
激しくなる鼓動も、全校生徒、先生たちのすべての意識にかき消される。
「いや……」
聞こえるのは、みんなが秘密にしていたいこと。
聞かれたくないこと。
聞こえる私が、悪い……。
そんなのわかってるけど。
勝手に人の中に入ってきて、それ以上はダメなんて。
眩暈、気持ち悪い。
膨大な情報量に頭ん中がいっぱいで、風船みたいに膨らんでく気がする。
針を刺したら、今にも破裂しそう。
吐きそうだ。
前に深くかがんで、意識が朦朧とする中、ついには膝を突いて、座り込んでしまった。
ああ、嫌だ、みんな黙ってよ。
お願い、黙って。
『殺ス』
あ……あの、声。
誰?
頭の中をぐるぐる駆け巡る意識の中に響いた、強烈な声。
間違いなく、あの、保健室のドアノブに残っていた意識の持ち主。
『殺シテヤル』
強い、確かな思い。
私は重い頭を上げて、辺りを見渡した。
香奈が必死で私に話しかけて、クラスメイトも怪訝な顔で私を見下ろしてる。
先生の一人がこっちに向かってくるのが見えた。
そうだ、ステージの、アイツ、北原……。
『殺ス』
やっぱり、アイツ?
『何やってんだ?』
違う。
こっちに気付いてるけど、アイツじゃない。
『許サナイ。ドウシテワカッテクレナイ。アナタダケヲ愛シテルノニ。欲シイノハアナタダケナノニ……殺シテヤル』
見つ、けた。
それと同時に、真っ白い世界が私を視界を埋め尽くす。
眩しい強烈な光が、私の意識を奪っていった。