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凶行

地味な女だな⋯

目立たない地味な女、パーシーは夜会で初めてその女に気が付いた時そう思った。

だが条件が良かった。まだ婚約者のいない伯爵家の一人娘。

貴族家の次男にとって一番楽に立場を維持する方法は婿入りする事だ。

それに地味だが()だと思った。

パーシーは今迄まわりの異性をだと思う事が余り無かった。

オーレリア・バレン伯爵令嬢

まわりに名を教えられ、父親に婚姻の交渉を依頼してみた。

早晩承諾が得られ交際が始まったがこれが案外良かった。

気働きが出来るし煩くもない、何より一緒にいるのが楽だ。

これは買得だったかもしれないと思っていた頃、

フレドリクのヴィクトリアとの婚姻が決まった。

執着している女はどうするのか。

とは思ったが所詮他人事(ひとごと)だったから何げなくオーレリアに「フレドリクの結婚が決まったよ、相手はスペンサー家の御令嬢だそうだ」

と言うと、驚いた様に目を見開いたあと「⋯そうですの」と目を伏せて言った。

パーシーは衝撃を受けた。

この女も兄に惹かれていたのか⋯と思った事では無く、

そう思った時に激しい不快感⋯嫉妬心を抱いた自身に。

女を気に入り過ぎたのだ、こうゆう感情が嫌で条件だけで選んだ筈だったのに⋯。

狼狽えたパーシーはオーレリアと距離を置こうと冷たくあしらう様な事もしたが

結局は自身に抗う事を諦めた。

どうしたって惹かれる気持ちが抑えられなかったからである。

結婚してからはその気持ちが益々膨れ上がっていった。

オーレリアが愛しくて可愛いくて仕方が無くなってしまったのだ。


「避暑に行くのはどうだろう⋯」

白い結婚の件で裏切られたフレドリクはラッセル邸に全く顔を見せなくなっていた。今迄ヴィクトリアを同行させていた行事等も体調を理由に参加しない。

広い邸に独りのヴィクトリアはパーシーの言葉に癇癪を起こした。

「避暑?ふざけないで!あの女はもう赤児を生んでしまったというのに私はこんな身体で⋯いったいどうすればいいの!?」

「⋯腹の子を自分の子だと思わせる。事実はどうでも良い、必要なのは夫婦二人きりの時間帯だ。帰って来ない男とどうやってその時間帯を作るかだ。出来るだけ早く、腹が目立ってくる前に早産だと言い訳の効くうちに⋯」

パーシーは一通の手紙を見せて言った。

「これは僕が書いた文章だが君の字で書き写すんだ。それをフレドリクに届ける」

『親愛なるフレドリク様へ

貴男様の意向を無にする行動をしてしまい申し訳無く思っております。

しかしどうか私の気持ちもお察し下さいませ。

私は貴男様を深くお慕いしておりました。

何故過去形かと申しますと、あれから辛い思いで熟考致しました結果、

貴男様を諦める決心をしたからです。

ですがただ一つだけお願いが御座います。

私が貴男様を諦めるかわりに貴男様もどうかクラリス様を正妻になさる事だけ

諦めて頂けないでしょうか?

お子は私が生んだ子として届け出れば嫡子となりましょう。

クラリス様は世間的にだけ乳母となさって下さい。

そして三人でラッセル邸へお戻り下さい。

私は正妻と言う立場さえ頂ければ

スペンサー家の別荘にでも移り住む事にいたします。

もし、ご承諾頂けるのであれば今後の打合せと親睦を兼ねて

御一緒に避暑ても如何でしょうか。

幸いバレン伯爵のご厚意で美しい場所を提供頂ける手筈になっております。

どうか私をお許し頂き御一考頂ける事を願っております。

ヴィクトリア拝』

「何よ!これ⋯!!」憤るヴィクトリアに「もし正妻に子が生まれれば話は違ってくるさ」とパーシーは話し始めた、

バレン伯爵のカントリーハウスにある麻酔薬とそれを使った方策を。

「外泊の時ゲストが夫婦だとホストは同部屋を提供する、バレンの屋敷でも当然フレドリクと同室だ。寝酒にでも上手く薬を混ぜるんだ。酔った勢いで、と言う事にすれば疑いはしても否定は出来ない」

はたして暫くのちにフレドリクから承諾の返事が来た。

ただし既に生まれている子の嫡子の届けは即日行う、という条件がついていた。

フレドリクは生まれた子を余程庶子にしたくないようだ。

これが気に触ったヴィクトリアがまた癇癪を起しかけるのに「あちらでは常に笑顔で対応しなきゃならない。優しいふりをお願いするよ」

とパーシーは皮肉気に笑った。


「思った以上に警戒されているな⋯」口を手で隠してパーシーが言う。

隠しても笑ってるのくらいわかるわ本当に嫌な男⋯

ヴィクトリアは焦っていたし腹も立っていた。

酔を冷ます振りでバルコニーに出てパーシーを呼び出した。

屋敷での計画が上手く行かないのだ。

バレン家に招かれてフレドリクとは確かに同室だった、だが着替えの時くらいしか彼は部屋に入って来ない。

夜ですらいつも赤児を抱いたクラリスとサロンで過ごす。そして昼間にサロンのカウチで仮眠を取るのだ。やんわり酒を勧めても丁寧に断られる。

そんな時クラリスが勝ち誇ったような目でこちらを見てくる。頑張って作った笑顔が崩れそうになって強張るのだ。

「分かった。僕から酒を勧めてみよう」

「だって、彼が部屋に入らなければ意味がありませんわよ」

パーシーは庭を見ながら言った。

「外で勧める。気を失わせてから部屋へ運び込む、君はそれに付き添うんだ」

でもあの女が離れる訳ない⋯「どうせあの女が付き添いますわ」

「なぜ?妻が居るのになぜ主人に乳母ごときが付き添うんだ?バレン屋敷の使用人は常識を弁えているよ。部屋へ入ったら鍵を掛けてしまえば、たとえ乳母が何を言おうと朝までくらい大丈夫だ」

明日にでもピクニックに誘うという。

ヴィクトリアはそれに従う事にした。だってもう我慢の限界だったのだ。

「フレディ、(わたくし)喉が乾きましたわ」

「ああ。今水を持ってこさせよう」と言って頬に口付け、

「フレディ、庭の花がとても綺麗ですわ⋯」

「ああ、君の髪に似合いそうだ。切ってこさせよう」と髪を撫でる。

そのたび自慢げにこちらをチラッと見るクラリス。悔しくて惨めで心が氷った。

首尾良くピクニックに出掛けたが草地での昼食の時そのヴィクトリアの我慢が限界を超えてしまった。

クラリスが「フレディ、(わたくし)の嫌いな野菜が入っていましたわ」と自分の食べかけのサンドイッチを彼の口元へ差し出した。

「ああ⋯」と彼は何でも無いように流れるようにそれを口に入れたのだ。

憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。

たちまち目の前が血の色になって気が狂いそうだった。

フレドリクが気を失って寝入り、暫くしてパーシーが合図の目線を送って来た時。

(わたくし)ボートに乗ってみたいわ」

ヴィクトリアはもう憎しみが抑えきれなかった。


「いったいどうゆうつもりなんだこんな時に⋯時間が無いんだぞ」

ボートのもやいを解きながらパーシーが文句を言う。

「だってもう⋯あの女にもう我慢がなりませんのよ!」

クラリスから赤児を受け取るオーレリアを見遣り

「このままだと運び込む前に目覚めてしまう。赤児を抱いたオーレリアを放って一人で使用人を呼びに行く事も出来ないじゃないか」

「オーレリア、あの女も余計な事を⋯」呟いたヴィクトリアを睨むように見るパーシーに「いえ⋯仕方無いわ。なるたけ急ぐから時間がギリギリになったら合図して」早口で言う。

クラリスがもう橋桁を歩いて来ていた。

湖に向かい溜息を吐いたパーシーはやがて顔だけをこちらに向け「お言い付けのままに⋯」と言ってボートに乗り込むヴィクトリアを補助する為に手を差し出した。




王都へ向かう馬車の中ヴィクトリアはずっと呟くようにパーシーを罵っていた。

「人殺し⋯人殺し⋯この人殺し」


鍔広の帽子が湖を揺蕩って行く。

「クラリス様そちらからなら手が届きそうですわ。拾って下さらない?」

(わたくし)の言葉だわ。

迷惑そうに眉を顰める女に「お願いいたします」と笑う。⋯これも(わたくし)

仕方なさそうに腰を浮かし手を伸ばす女。



助けを求め虚空を掴むようにあげた手だけ湖の上に出して水を飲み水飛沫をあげながら沈んで行く女。

いくら手を伸ばしたって誰が悪魔の汚い手なんか掴んで引き上げるものですか。⋯⋯(わたくし)が言っている⋯



湖はやがて静かになり悪魔退治が出来てホッとして岸を見た。

よろめくように橋桁を進む男性がふいに消えた⋯え?

⋯あれはフレドリク⋯?なぜ⋯


ボートが近づいて来た。パーシーだわ⋯パーシーが私のボートにロープを繋いだ。

どんどん⋯どんどん⋯岸が近づいて来る⋯


橋桁から草地のラグが見える⋯寝ている筈のフレドリク⋯が⋯いない?

⋯いない⋯なぜ?

いいえ⋯知っているわ。わかったもの⋯この男が沈めて殺した。

(わたくし)のフレドリクを⋯この男が殺したのよ。

「⋯⋯⋯ひと⋯ひと殺し⋯人殺し!」

パーシーを睨め付けて叫んだ。

叫んだつもりが衝撃と溢れ出た涙で喉が詰まって嗚咽にしかならない。

掴みかかろうとした手が激しく震えていた。

パーシーは邪険にその手を払い泣き伏すヴィクトリアの耳元で言った。

「全てあなたが招いた事だ。

これ以上オーレリアの前で何かしたらあなたも消すからね⋯」


ヴィクトリアは一昨夜から殆ど眠らず繰り返し繰り返し同じ記憶を反芻していた。

今日の午前中にパーシーに引き摺るようにしてこの馬車に押し込められ

揺られるうちに声が出るようになった。

「人殺し⋯人殺し!フレドリク⋯私のフレドリクを⋯この人殺し!」

「フレドリクはクラリスを助けようとして溺れたんだ⋯それにあなたに言われる筋合いでもないね。計画通りにしていたら今頃は皆無事であなたの腹の子の父親はフレドリクだったんだ」

パーシーは窓枠に肘を掛け手で頬杖をつきながら見下す様な視線を向けた。

「違うわ⋯皆無事な必要なんか無い⋯あの女、あの悪魔は要らないのよ、あの悪魔さえ居なければフレドリクは(わたくし)の元へ帰って来るものっ!」

「あの女がいなければフレドリクかあなたを愛するとでも?⋯お花畑もいい加減にしてくれ」はっきりと侮りが混じった声だ。

「⋯人殺し!この人殺し!」

泣き伏すヴィクトリアにパーシーは溜息まじりに言う。

「だから⋯あなたに言われる筋合いは無い」


自分を人殺しと罵った女が離してくれない。

王都に着いて随分経つのに離れようとすると暴れて泣き叫ぶのでおちおちバレン邸(じぶんのうち)にも帰れない。

流産もしかかった。それは正直どうでもよかったが他人(ひと)に何か口走られても困る。

結婚式の時バレン伯領で見つけた薬が数年経った今、行ったところでまだある確証は無かった。もし無ければこの煩い女の方を何とかする手もあるか⋯と思っていた。しかし薬は同じ場所に埃を被ったままあった。

それならば平和裏に物事を進めるべきだろう。

その時そう思った自分をパーシーは今更恨んでいた。

時間が(かなめ)だったのに⋯女の愚かさで全て破綻した。

夫婦の部屋以外で⋯

人目に触れる場所でフレドリクの意識が戻ってしまえば、事が表沙汰にでもなってしまえば⋯⋯

あれが考えうる最善の方法だった。

この女のあれ程の愚かさを見抜けず計画を立てた自身の失敗。

自業自得か⋯。

ただひたすら、まだバレン伯領の筈のオーレリアを抱き締めたかった。















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