8.愛しい子
泣き疲れたのか、カノンは腕の中ですやすやと寝息をたて始めた。
ぽんぽんと背を叩くのをやめ、そっとベッドに彼女を横たえる。
さらりと流れる金髪を梳く。カノンは髪質までレティと同じ。懐かしくなって撫でるのをやめられない。
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一目見た瞬間から、レティシアに似ていると思った。
柔らかな金の髪。意思の強そうな紅の瞳。レティシアの子供の頃はこんなだったのだろうと思えた。
魔力を少なく見せようと圧縮している姿はまぁ何とか様になっていたがなんとも可愛らしい試みだと笑ってしまった。
そんなの私の前では隠し通せるわけが無いのに。
すぐにカノンを引き取ることに決めた。
カノンは選ばれたことが不服だったのかブスっとしていたが、黙って私についてきてくれた。膨れている姿もレティに似ていてとても可愛い。
それにしてもただの使用人にしておくのは惜しい魔力量だと思った。上手く成長すれば私にも匹敵する魔法使いになるだろう。こんな才能を放っておいていいものかと悩む。でもリュートには使用人選んでくると言ったしなぁ。
悩んでいると準備を終えたカノンが小さな鞄を持って孤児院から出てきた。魔導車に乗せ向かいに座る。
ちょこんと座る彼女は愛らしく、髪を耳にかける仕草はやはりレティシアを彷彿とさせた。
幼児相手に発情するような趣味は持ち合わせていない。
が、レティシアに似た可愛らしい彼女を近くで見守りたいという庇護欲はありありと湧いてきた。
そうだ。弟子ということにして私の身の回りの世話をさせよう。
そうすれば一応は使用人を連れ帰るという約束は守られる。この子と自然に関わることができるし、リュートに怒られることもないだろう。
屋敷に連れ帰りリュートに予定の変更を告げるとやはりギリギリ怒られないラインだった。部屋の準備をしてくれるというリュートにそちらを任せ、私はカノンを抱き上げた。カノンはビクッと身体を強ばらせたが、抵抗することはなく、私のされるがままになっていた。
裏庭に出てカノンの資質を見て私は驚愕する。
……天才かこの子。
魔力のコントロールの精度は高いし、魔法に対する基本的な知識もしっかり備わっている。少し癖のある魔法も一度教えただけですぐに吸収してしまった。得意属性は光魔法のようだが他の属性魔法もそつなくこなせるようだ。何より魔力量が多い。
コントロールや知識はいくらでも鍛錬できるが、魔力量ばかりは生まれに左右する。さぞや能力の高い家系の生まれなのだろうと、家族について聞いてみると、父親は知らず、母親や祖母の事もほとんど知らないらしい。
年齢は八つだという。
レティシアが行方をくらましたのもそれくらいの時期だ。
「……母の名は?」
「レティシア」
その名を聞いて、私は目眩を起こすかと思った。本当に、本当に驚いた。だがまだ、まだ同名の別人かもしれないと、地を踏みしめる。しかし、このレティシアに生き写しの少女を見て、それが私の知るレティシア以外の人物だとは思えなかった。
レティシアは光魔法は得意だったが魔力は平均の普通の魔法使いだった。そしてあまり魔法は上手くなかった。光魔法以外の魔法が苦手で、光魔法を極める事で周囲から認められたようなそんな女性だ。
カノンのこの天才的な素質は何処から来た?
私はレティシアと愛し合っていた。魔力差があった分、子は出来にくいと思っているが、子ができていても全くおかしくはない。
それにあの頃彼女の傍に居たのは自分だけだった。と、思っている。
まさか、まさか、まさか―――。
考えれば考えるほどそうとしか思えなくて、頭が真っ白になっていく。
「私はどうですか?師匠の弟子としてやっていけるでしょうか?」
ハッと気づけばさっき教えた浮遊魔法をものにしたカノンが浮いている。しゅんと不安げにしている顔を見て、安心させるようにぎゅっと手を握る。
「大丈夫。君を国一番の魔法使いにしてあげるよ」
カノンにはその素質がある。
カノンをリュートに預けると私はすぐに王都の聖殿へ向かった。
聖殿には血縁関係を調べる魔導具が保管されている。一刻も早く真相を確かめたかった。
魔導具はここで使用するか、貸し出すか。そして貸し出しには神官の立ち会いが必要だ。
今日の聖殿の解放時間までは利用者が埋まっているだとか、貸し出しには神官の都合をつけないといけないなど色々と話され、次の利用可能な時は1週間後だと追い返された。が、どうしても早く事実を確認したい私は今日魔導具を使えるようにと話をゴリ押した。
結局夜の解放時間後に魔導具を使えるように許可をもぎ取った。心ばかりの寄付と共に。
魔導具を使うには対象者の髪の毛が必要だ。リュートにカノンの髪の毛を手に入れるように指示を出す。
夕食はカノンと共にとることにした。
カノンは見たことない料理を前に目をキラキラさせている。
可愛いなと思いながら夕食を口に運ぶ。
緊張で夕食の味は分からなかったが、カノンの様子を見ているとあまりの可愛らしさにほんわかしてしまう。
夕食を終え、聖殿の閉館時間を過ぎると私はすぐに聖殿へと飛んだ。
家令のリュートと騎士のアジャイルに立ち会い人として、一緒についてきてもらった。状況は簡単に説明していた。カノンが娘かもしれない、と。
王都までの三人の往復はかなり魔力を消費するが、疲れてなどいられない。
神官に自分の髪の毛とリュートに入手してもらったカノンの髪の毛を渡す。
こういう魔導具の使用には不正があってはいけない。だから依頼人と立ち会い人の目の前で作業は行われる。
結果が出るのは約一時間後だ。
ぼうっと神官の作業を見守る。
髪の毛は光の玉に入れられ、薬水につけられたり、蒸留されたり、複雑な工程を経ている。
「用意が整いました」
神官の言葉に前へ進む。彼は両手に試験管を手にしていた。中にはこれまでの作業で作られた液体が入っている。
「こちらが青く光れば父子の血縁関係があるという事になります」
神官は魔導具に、ふたつの液体を混ぜ入れかき混ぜる。
すると、魔導具からは強い青色の光が発せられた。
「父子の血縁関係が認められました」
神官はたんたんと事実を述べる。
がくんと膝から崩れ落ちる。
―――やはり、カノンは私の娘だった。
感謝を述べ聖殿を後にする。
リュートとアジャイルに支えられ、執務室に飛ぶ。
「……カノンを娘として迎え入れる。周知と準備を徹底しろ」
リュートとこれからの事を話し合う。が、途中からもう頭が働いていなかった。リュートもそれを察したのか「本日はもうお休みください」と休養を勧めてくれた。
部屋に帰り、入浴する気も起きず酒を取り出した。
レティシアの肖像画を眺め、酒を含みながらやっと緊張から解放された私はぐるぐると考える。
ずっと君を探していたんだ。
どこで何をしていたんだ。
何故私の前から居なくなってしまったんだ
君がいなくなって本当に辛かったんだぞ。
私を甲斐性無しだとでも思っていたのか。
身分の事でもきにしていたのか。
それでも子ができたというなら言って欲しかった。
どんな障害があっても君達を守ったのに。
何故言ってくれなかったのか。
相談くらいしてくれても良かっただろう。
私がどれだけ君を愛していたのか分からなかったのか。
どんなに考えても応えるものはいないのだと思うと胸が締め付けられる。
レティシアはもうこの世にはいないのだ。
あぁ。ダメだ。
ボロボロと涙が溢れてくる。
悲しみの感情に引っ張られて魔力の流れを止められない。
制御を失うくらいならと立ち上がり外へ飛ぶ。
裏庭に立つとありったけの魔力を込めて空へ雷を打ち放った。
しばらく落ち着くまで外の風に吹かれた。
魔力がカラカラだ。ここまで魔法を使ったのは久しぶりかもしれない。
カノンの顔が見たい。
魔力を使い果たした私はフラフラとカノンの部屋に歩いて向かった。
カノンの部屋の前でコンコンとノックをする。返事はなかった。
普段なら無作法と言われるだろうが今日ばかりは許して欲しいと思いながらカノンの部屋に入る。
カノンは眠っていた。
音をたてないようにすすむが、鏡台の上に見覚えのあるネックレスを見つけて立ち止まる。
このネックレスはレティシアとお揃いで拵えた物だ。
もう疑う余地もない。
カノンはレティシアの娘で、私の娘。
寝台に腰掛け、眠るカノンの顔を眺める。
さらりと流れる金髪を梳く。
カノンは髪質までレティと同じ。
懐かしくなって撫でるのをやめられない。
カノンが私の前に現れたのはもう運命だとしか思えない。
この大切な存在を護り、慈しみ、愛そうと心に誓った。




