7.レティシア母様
夕食の時間になってくるとどこかに行っていた父様が帰ってきたようだ。父様の魔力は分かりやすい。そこらの人とは質も量も全然違う。マナーのお勉強にも飽きてきたし、魔法の授業にならないかな〜とちょっとソワソワしていると怪訝な顔をしたリュートさんに覗き込まれる。
「お嬢様。どうかされましたか?」
「いえ、なんでもないです!」
今は食堂でお皿とカトラリーを並べてあれやこれやと説明を受けていた。お貴族様はルールがいっぱいあって大変だなぁとこのお勉強の時間だけでもありありとわかってしまった。
金持ちの養子を目指していたが、こんなことなら召使いの方が楽だったかもしれない。
夕食の時間が来ると前に並べられた練習用のカトラリーセットは片付けられ、本番用のカトラリーセットが並ぶ。
「それではお嬢様。今日の夕食はおさらいですよ」
「分かりました」
「分からないことがあったら私に尋ねてくださっても構いませんからね」
「はい!」
そんな会話をしていると父様が食堂にやって来た。朝見た服とは違うまたちょっとザ・貴族様って感じの服になっている。着替えたのかな。父様は私を撫でると自分の席に座った。
父様が座ると料理が運ばれてくる。
食前のお祈りをして目の前の皿に視線を移す。今日はオードブルというものかららしい。お皿にちょこっとづつ色んな料理が並んでいる。なんか可愛い!
貴族様のマナーでは食事の時に音を立てるのは良くないらしい。あまりガチャガチャ言わさないように慎重にフォークを動かす。
これでいいのかなとちょっと疑問に思いながら食べていると、ちょっとフォークではどうすればいいのか分からない食べ物に遭遇した。生ハムとチーズとなんだろう……焼かれたきゅうり?がピンに刺さっている。フォークとナイフで音を立てずピンを取るという難易度の高い事が出来るだろうか……。
チラリと父様を見るとピンを手に取ってパクリと食べていた。
そうか父様の真似をすればいいんだとピンをつまむとパクッと口の中に入れた。きゅうりと思っていたものはもしかしたらきゅうりじゃないのかもしれない。でも柔らかい食感の美味しいものが生ハムの塩味とチーズの濃厚な味わいと混ざってとても美味しかった!
オードブルのお皿が下がると次に来たのはメインの料理だ。これは、白いソースの乗った……魚だろうか……?
魚を食べるなんてはじめてだ。魚が売られているのを見たことはあるがちょっぴり高級品なのだ。クレイトニー婆ちゃんは魚を買ってはくれなかったし、孤児院で出てくることもなかった。
じいっと父様がどう食べるのかを見つめる。お貴族様のマナーは右から食べるとか左から食べるとかそういうルールも多いらしい。私は忠実に父様の真似っ子をした……つもりだったのだが、あれ、なんだこれ。ナイフを入れれば入れるほど身がバラバラになってしまう。わぁぁなんでぇ?父様は綺麗に切り分けられてたのに。
「魚はナイフを押すように切ると綺麗に切れるのですよ。身がバラける方向を見極めるのもコツです」
見かねたのだろうリュートさんが後ろから教えてくれた。私からナイフをとると、ストンと魚を切り分けた。おーなるほどぉ。
「分かりました!」
ふんすっと改めて魚に向き合う。今度は教えて貰った通りにナイフを動かさず力だけを入れ、切り分けた身を口に運ぶ。塩味と、なんだろうソースに入っている甘酸っぱい味が口の中に広がる。魚を食べるのは初めてだったが面白い食感で嫌いではないかもしれない。
出来たっ!とリュートさんの方を振り向くとニコニコしながら「お上手ですよ」と褒めてくれた。
デザートはフルーツの盛り合わせだった。これはあんまり悩む必要はないだろうなとは思ったけどお貴族のマナーだ。何がダメになるか分からないと父様を見ながら父様と同じ順番でフルーツを食べた。
「はぁ〜可愛い」
父様はまた私を見て可愛いと鳴いている。ちょっと自分が可愛い自信がついてきたかもしれない。
「可愛いカノン。今日はどう過ごしたんだい?」
食事が終わると父様がそんな事を聞いてきたので、今日の行動を話す。
「午前中はいっぱいテストを受けました。午後は商人さんが来て服とか靴とか……山のように買ってもらって、それからはテーブルマナーのお勉強をしました!」
「そうか!今日の夕食のマナーは素晴らしかったぞ!」
そう言って父様は褒めてくれた。昨日の夕食は見ていられなかったのだろうか……ちょっと悲観になりつつ雑談をした。
父様は今日は王城に行って色んな手続きをしていたらしい。
ここから王城までは結構距離があると理解しているが、まさかあの距離を移動魔術で飛んでいるのだろうか。魔力の消費高そうだなぁとぼんやり考えていたが父様は疲れた様子は無さそうだ。
「カノン?今日はパパと一緒に寝よう!お風呂に入ったら私の部屋においで」
正直えぇえと思った。私だって女の子だ。しかも八歳だ。よく分からないが世間的には私くらいの年頃の女の子って父親と一緒に寝ることないのではないだろうか。
それに家族とはいえ昨日まで他人だった成人男性と一緒に寝るのはちょっと恥ずかしい。
ただ、キラキラとした目を向けてくる父様を前に嫌ですとはとてもとても言いにくい雰囲気だ。
「……分かりました……」
自分の部屋に入ると、マリーさんとチエルさんがやってきて、お風呂に入れてくれた。相変わらず身体中を磨かれるのには慣れないが、お貴族様では普通のことらしい。
今日買ってもらった薄水色のパジャマに着替えるとモコモコのスリッパを履かされて父様の部屋に案内される。
チエルさんがコンコンと父様の部屋をノックする。
「レイン様。カノン様がいらっしゃいました」
「入りなさい」
父様の部屋に入るのは初めてだ。私にあてがわれた部屋は白と金を基調とした女の子の部屋という感じの部屋だったが、父様の部屋は黒を基調とした落ち着いた部屋だった。壁の装飾は飴色のウッドで織り成され、無駄な物が無い。
テーブルの上にはお酒とお水だろうかが乗っている。そしてお香をたいているのか木の匂いがした。
「今日買ったのかい?可愛いねカノン」
父様は私の手を引くと、壁にかけられている絵画の前に立った。
「見せると約束しただろう?これが君の母様。レティシアだよ」
そこには一人の女の人が座っていた。くすんだ青色のドレスを身にまとい、私と同じ金色の髪に紅い瞳をしている。よく分からないが顔だちが似ているといえば似ているのかもしれない。父様はよく似てると言ってくれた。
「レティは嫌がったんだけどね、私が頼み込んで一度だけ一緒にパーティに出席したんだ。その時の彼女が綺麗でね。すぐに絵を描かせた」
父様はこんなのもあるよと宝石箱から透明な丸い石を取り出すと、それに魔力を込めた。
ぶわっと石から光が溢れると、父様の部屋はどこかの花畑に変化した。変化といっても魔力の波が物を形作っている感じだ。実態はない。少し離れたところに濃い緑色のローブにズボンをはいた女の人が座っている。髪は金髪でポニーテールをしていた。彼女の周りではうさぎが警戒心もなく飛び跳ねている。彼女は膝の上に乗ったうさぎを撫でているようだ。
背筋をピンとはったその姿はどこか凛々しくそれでいて小動物に囲まれている姿は愛らしかった。
ふと、女性は顔をあげる。真っ直ぐな瞳は紅色。母様だとすぐに分かった。
母様はムッとこちらを睨むと口を開いた。
『ちょっと。何撮ってんのよ変態』
『ごめんごめん。あんまりにも貴重な光景だったから』
母様の声。永遠に聞くことはないだろうと思っていた。
もう1人の男声は父様のものだろうか。
母様は立ち上がるとつかつかとこちらに歩いてくる。背も高い。ビクッとして後ろに下がると父様の前でふっと映像が消えた。
「ツンツンしてる人だった」
父様はそう言って笑った。
透明な石は映像石というのだそうだ。周囲の光景を魔力で映像石に書き込むとずっとその光景を保存しておけるのだそう。
他にも映像石はあった。さっきの絵に描かれていたドレスを着た母様や、森の中で日光浴してる母様、誰かに撮ってもらったのか父様と一緒に映っているものもあった。
十個くらいだろうか、映像を見ていて思ったことがある。
父様、母様の事大好きだったんだなぁ。
きゅと、隣の父様の手を握ると優しく握り返された。
母様はなんで父様のもとから居なくなってしまったのだろう。映像の中の母様はとても幸せそうに見えた。
もし、母様が父様と結婚して暮らしていたら、早死になんかしなかったかもしれない。お貴族様の事だ。医療にも力を注いでいただろう。
そうしたら、そうしたら私は父様と母様とずっと一緒だったかもしれない。父様とも今のようなぎこちない関係ではなかったかもしれない。
そんな事を考えているとポロポロと涙が出てきた。
父様は私を抱き上げるとぽんぽんと背を叩く。
「大丈夫だ。これからは私が居るからね」
そう言われてはもうダメだった。私は父様の腕の中でわんわん泣いた。
「きゅうりみたいなもの?あぁ。こちらはズッキーニと言うのですよ」
「ズッキーニ」
覚えたぞ。美味しかった。




